シリウス・イントルーダー・ロード〜暗黒神に見染められた前作のラスボスは異世界で猛威を振るう〜

アンジェロ岩井

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魔界侵略編

計画の第一段階

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ライジアは向かい側の長椅子に座る自身の元に現れた新たな部下の例え話に熱心に耳を傾けていた。
シリウスは目の前で澄ました顔で自身を見つめる駒の前で油売りから大名へと成り上がった斎藤道山の事を話していく。
斎藤道山の話はライジアも彼女の側の長椅子に座る執事のインフェットも興味を持って聞いていた。
シリウスは油売りから大名に成り上がり、息子の義龍が彼に反旗を翻す場面に差し掛かると、シリウスは道山をライジアの父である現魔王に、息子、義龍をライジアに見立てて話していく。
話の過程で彼が強調したのは「運命」という言葉と「命運」という言葉であった。
そして、彼が話し終わると、ライジアは手元のカップを手に取り、小さな手を使ってお茶を口に運んでいく。
お茶を飲み終えるのと同時に、ライジアは小さくて形の良い口から小さな息を吐き出し、目の前に座る男の両目を真剣な瞳で見つめて、
「分かりました。道山は殺される運命にあった……そしてそれはお父様と言えども例外ではない……」
「その通りです。もし、あのお方が我らの敬愛する神、ベリアドルの定められた神前試合にあなたを出すのを拒否なされたらどうなさいますか?」
「……。道山と同じ末路を辿ってもらうしかない。そういう事でしょう?」
シリウスはその魔王の娘の考えを首肯した。
「その通りです。義龍は道山を討ち取った後も美濃国を立派に治め、その生涯を終えました。それが神の定めし「運命」だったのですよ」
その言葉を聞くと、ライジアは長椅子から立ち上がり、側に立つインフェットに何やら耳打ちをする。
インフェットは一瞬、両眉を上げたが、直ぐに頭を下げ、書斎から姿を消し、次に白い薬の入ったガラス瓶を持ってきた。飾りの無い小さな瓶であるため、その中にあった白い粉が妙に目立つ。
「この薬をお父様にお出しして、お父様とまともに戦っても勝てる筈がないもの」
「……ライジア様!?」
「毒は古来より用いられた手段よ。これを食べ物に混ぜなさい。食中毒に見せかけるの」
インフェットが頭を下げかねていると、シリウスが席を立ち上がり、彼女の小さな肩に右手を置き、
「こんな言葉を聞いた事があるな『未来を創るのは老人では無い。若者だ』という言葉がな、キミはどうする?先の無い老人の味方をして、主人の『未来』を奪うか?それとも、キミは若い主人に同調し、先の無い老人を始末するか?それはキミに任せよう。最も、キミはどちらに付くかは大体検討が付くが……」
竜の子供のように険しい目を向けるシリウスに対し、彼女は半ば反射的に目を逸らし、その両目を地面のカーペットに落とす。
彼女は毒の入った小瓶を持つお盆を両手で震わせながら、自分の考えを纏めていく。
自分はどうしたらいいのだろう。自らの主人であるライジアの役に立ちたい気持ちは本当であるし、何より魔界の王には彼女がなって欲しい。
これは、インフェットのなぜ、魔界には女王が居ないのという昔からの疑問を解決し、そして今後、自分のような人物を一族から出さず、今後も魔界の王に女の王を出す際に用いられる前例となるだろう。何よりも……。
彼女は本能を退け、もう一度自分の肩に手を置く死人のように冷たく白い手をした男の顔を見上げる。
自分がこの方法を断ったとするのならば、自分は即座にこの男に始末されるだろう。
自分の力でこの男を退けるのは不可能のような気がしてならない。
男の風格が、視線が、何より、男の周囲から漂うただならぬ気迫が自分と男との格差を表しているような気がしてならない。
インフェットはもう一度協力を要請する男の返答に対して首を縦に動かす。
「よし、よく決断してくれた。お前は魔界の女王の即位を手助けした賢明な従者として名を残すだろう」
インフェットは顔全体の筋肉を緩ませて、口元を吊り上げ、もう一度、肩に手を置かれた事により、緊張を押し留める堰が崩壊してしまったのだろう。
彼女は慌てて頭を下げ、書斎を後にした。
シリウスはそれを見ると、緩んだ口元をますます緩めていく。
彼はあの場でインフェットに口を出さなかったが、本来はこう言ってやりたかったのだ。「国の歴史上に残る愚かな王女に従った愚かな執事」だと。
シリウスの作戦『国盗り物語』の続きは今、書き直されたのであった。
妹にさえ話していない計画であるが、この後にライジアは不慮の事故で死んでもらう予定なのだ。
彼女は自分が神前試合の代行人として臨み、その代わりに『摂政』として腕をふるい、その後に彼女を不慮の事故に見せかけ殺害する計画であったのだ。
勿論、その前に彼女が王位をシリウスに渡すと記さなければならない。
合法的且つ、魔界と呼ばれる南部の大衆の支持を得るためにはこの計画は外せない。
予定ならば、彼女は寝る前に暖炉の火を始末し忘れた『火の不始末』で死んでもらう。
シリウスはその時になれば、お姫様の始末の役割を殺人鬼のリッジーに、証拠隠滅と火によって死んだと見せかけるための役割を放火魔のアルパークに渡す予定である。
それまではせいぜい“女王様”として利用させてもらおう。
シリウスは再度、顔に笑いを浮かべ、長椅子に軍人として活動していたためか、程の良くくびれの付いた腰を下ろす。
そして、魔王来訪の報告以来、書斎の窓から窓の側で生い茂るクルミの木を眺めていた妹を手招きし、自身の隣に座るように指示を出す。
シリウスは妹を自身の長椅子の側に寄せると、自身の目の前に座る未来の傀儡に笑顔を向ける。
「作戦名『国盗り物語』上手くいくといいのだけれど……」
「心配は要りません。あの執事は口を割らないでしょうし、万が一口を開くとするのなら、老齢のクローでしょうが、いざとなればインフェットが足止めをするでしょう。それでも無理ならば、私か、妹があの老人を始末するでしょう」
老齢の執事、クローは右足の傷が元で現在は自室に療養している身である。
彼が何をしたとしてもクローが動く事は不可能な筈である。
駒は全て揃った。シリウスは確信した。ここからはこの世界の光の神やその神が操作する運命とチェスゲームをする事になるだろう。
だが、シリウスはこのチェスゲームを勝ち抜ける自信があった。
かつて、地球に生きていた時代に帝国の特殊部隊として国内や海外で忌々しい皇帝のために危険な任務を妹と共に果たしていた事、明治の時代に赴いた際に忍びの里を支配し、その忍びを自由自在に操り、日本を乗っ取る一歩手前までいった事が彼に自信を与えていたのだ。
その自信が心の内で彼をナポレオンやアレクサンダー大王のような征服者じみに擬え、彼の心に中に何とも言えない高揚感を与えていた。
そのためだろうか。シリウスがこの後に飲んだ紅茶はいつもよりも美味しく感じられた。
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