シリウス・イントルーダー・ロード〜暗黒神に見染められた前作のラスボスは異世界で猛威を振るう〜

アンジェロ岩井

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序章

地獄編 第二歌 可憐なる斧使い

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ケイトはこれで全ての殺戮が終わった事を確認した。彼女の目標である農夫風の茶色の麻布を纏った若い男二人の死体と自身と同じような緑色のドレスを着た女の死体が森の中に転がっている事がその証拠だろう。
彼女にとってこの三人は殺しても殺したりない存在であった。
ケイトは森番の娘である。彼女は昔話の童話に出てくる少女のように不相応な恋をしたために帝国の臣下達から報復を受けたのでもなく、また、理不尽な強奪をして男を奪い魔女と罵られた訳でもない。
彼女は恋をしただけだ。それも、村でも冴えない男と。
一体何がいけなかったのだろう。彼女は切り株に腰を下ろし、胸元でドレスを纏わせている黒い糸を抑えながら考えた。
彼女は友人“だった”女に裏切られ、目の前で恋人を殺されなければならなかったのか。
理由は分からない。必死に命乞いする屑どもが命乞いの際にそんな事を言っていた気がするが、汚物の言葉など聞く耳を持たなかったのだ。
彼女は初めて、人間の形をした豚の言う事を聞かなかった事を後悔した。
だが、過ぎた事だ。そう思って、彼女は深い草の中に斧を放り投げた。
地面に大きく沈む音が彼女の耳に響く。
ケイトは短い黒い髪を人差し指で弄り、溜息を吐く。
夜が明ければ、自分は逮捕される事は間違いない。ルーベルラント帝国の法律では人を一人でも殺せば斧による斬首刑は確定だ。彼女は自分の首が斧で跳ねられる場面を想像し、思わず涙を流す。
ボロボロと宝石を思わせる黒い瞳から透明の液体が溢れていく。
どうして、帝国は人を殺した人間には簡単な裁判しか与えずに首を跳ねるのだろう。
死にたくない。そんな思いが彼女の頭の中に過ぎる。
走馬灯のようにこれまでの光景が浮かんでいく。子供の頃、楽しかった記憶が浮かぶたびに彼女は泣いていた。
そして、暗い森の中に朝日の輝きが姿を表すのと同時に彼女は当てもなく森の中を歩き始めたのだった。
人の手が入らない森の中は朝や昼間は陽の光が差し込むとはいえ、多くの草や木に囲まれているためか、木が殆ど生えない村の方と比べるとどうしても暗く感じてしまう。
ケイトは不安を感じながらも、ふらふらと森の中をあてもなく歩く。
そんな光景がずっと続いた。森の中であるので、食料はともかく、水があるとは言えない。彼女の体は彼女の脳に向かって喉の渇きを訴えていたが、彼女はそれに応える事なく、歩いていく。
だが、そんな彼女の命令についに体は反逆行為を犯し、彼女を地面の上で倒れさせた。
短い黒髪の見た目麗しい若い女性は突如、ゼンマイの切れたおもちゃのように歩みを止め、森の中の新鮮な草と土の上に倒れ込む。
ケイトは死を覚悟をした。死ぬのならば、怖くは無い。
だが、未練があった。彼女は自分を苦しめ、魂を殺した世界に復讐がしたかった。
そのため、復讐を果たせぬまま死ぬのが残念でならなかった。
だが、生態機能は彼女の希望を叶えてはくれないのだろう。ケイトは喉の渇きと飢えに苦しみながら、無念の涙を流して死亡した。












「エイロム、エッサイム、我は求め訴えたる。エイロム、エッサイム……」
シリウスは目の前で両目から涙を流す女性の懇願する視線を無視しながら、地獄転移の術を唱え続けていた。
目の前で拘束された女性は恐ろしさのために何度も何度も声を上げようとしたが、その前に彼女はシリウスの手下である降魔霊蔵の手により、猿轡を咥えさせられていたために声を上げる事が出来なかったのだ。
紅色のスカートに白色のシャツを着た女性は涙を流し、奇妙な衣服を着て、奇妙な髪型をした男の前に殺された恋人の死体を眺める。
だが、彼女がいくら目で懇願しても、恋人は二度と彼女のために戦ってくれないのだ。
実際に、彼女が拘束される前に恋人は自分を守るために、木こり用の斧を使用して、男に立ち向かったのだが、斧を振り下ろすよりも先に、あの男の形の良い見た事も無い程に斬れる剣の前に体から大きく血を吹き流して死亡したのであった。
彼女が恋人の事を思い出し、もう一度両目から涙を零していると、体のあちこちから何かが自分の体を突き破るように激しく動いている事に気が付く。
彼女は苦しさのために激しい声を上げようとしたが、彼女の口に咥えられている猿轡の前にその声さえも殺されてしまう。
そして、彼女がアッと叫んだかと思うと、白く目を剥き、次の瞬間に意識が無くなっている事に気が付く。
それも、そうだろう。彼女の体は森の地面の中に飛び散り、木や草の養分となってしまったのだから。
たまたま真夜中に恋人と逢引を行っていたために囚われ、殺された哀れな女の代わりに現れたのは森の中でのたれ死んだ筈のケイトであった。
ケイトは辺りを見渡し、この森が自分の住んでいた村の近くの森であり、同時に自身の所属する帝国とその帝国と敵対するもう一つの帝国との境目に存在するギラニア王国との境目の森である事は間違いない。
彼女が辺りを見渡すと、そこには短い金髪の髪の美男子とその男と同じくらい美しい古代文明の彫刻のモデルとなった女神を思わせるような美しい顔をした長い金髪の女性、そして、その女より顔は少しばかり劣るが、美しい顔をした帝国の鎧を着た女騎士。その隣に立つのは見慣れるぬ柿色の服を着た両頬に傷を付けた気色の悪い男の姿とこれまた見慣れぬ服を着て、見慣れぬ髪をした男の姿。
彼女は自分を取り囲んでいるのは何者だろうと首を傾げている途中に、例の短い金髪の髪の男が優しく彼女の顎を軽く持ち上げて、
「お前を呼んだのは私だ。お前の犯した犯罪をお前の村の住民に聞いてな、私の役に立たせるために、お前の魂をあの世から引き戻した」
「どうしてあたしを?」
「お前の斧の腕だ。お前の斧の腕は正確だ。かつて、お前を辱めたーー」
ご主人様マスター!!」
シリウスが言いたい言葉を強い口調で遮ったのは例の女騎士だった。
女騎士は体に付けている鎧を鳴らしながら、彼の元に近寄り、
「それ以上言う必要がありますか!?ただでさえ傷付いているんです!それ以上の事を言うのならば、例えあなたでもーー」
それ以上言おうとする女騎士をシリウスは空いていた左手の掌を広げて、
「お前の言う事は分かった。確かに、私も無神経だった。で、次にお前だ」
シリウスは再びケイトに向き直り、
「私に仕えないか?私達の手でこの社会を打ち破ろうでは無いか」
差し伸ばされた右手をケイトは受け取り、自身の主人となる男と手を結ぶ。
シリウスは口元の右端を吊り上げて、
「お前の名は?」
「……。ケイト、本名はケイトリン。苗字はパンプシャー」
「ケイトと呼んでも良いか?」
主人の言葉をケイトは首肯した。
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