シリウス・イントルーダー・ロード〜暗黒神に見染められた前作のラスボスは異世界で猛威を振るう〜

アンジェロ岩井

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序章

地獄転移

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「今より、地獄転移の儀式を始める。各々準備は良いな?」
暗い地下の部屋の中、壁に架けられた蝋燭のみが照らす暗黒の世界で、見た目麗しい長い金髪の女性が満面の笑みで首肯するのに対し、二人組の木こりの男は涙と否定の言葉を叫ぶばかりであった。
だが、シリウスはそんな男二人の悲鳴など聞こえないとばかりに魔術書を開いていく。
それもそうだろう。この部屋は地下深い上に、この近くは森が広がるばかりなのだ。この二人がここに迷い込んだ事も奇跡と呼べる段階であるのだ。そんな場所にこの木こりを助けるための助けが来る確率は限りなくゼロなので、彼は相手がいくら泣こうが叫ぼうが、淡々とした様子で『地獄転移』の準備を進めているのだ。
『地獄転移』それは死体を使用して、地獄から死者を肉体ごと蘇生させる魔法であった。
『地獄転移』はシリウスがたまたま目を通した黒魔術の本に書かれていた禁断の召喚術であり、たまたま迷い込んだこの二人が居なければ、この術を試すのは不可能であったろう。
彼は自分と妹二人の守護神に感謝の念を頭の中で伝え、『地獄転移』の儀式を進めていく。
『地獄転移』は生贄を捧げる事以外は『異界干渉』の術と同じなので、準備に時間は掛からなかった。
地下室に描かれた白い線の占星術と足に致命的な怪我を負わされた農夫二人の前で彼は魔術書に書かれた呪文を述べていく。
地獄から死んだ死者を召喚し、その後は相手が何処にいても呼び出せたり、元のいた場所に返すという特典のある便利な術だという事もあり、不気味な詠唱だとは思いながらも、便利な手駒が増えるという欲求には抗えなかったのか、彼は呪文を呟きながら考えた。
死者復活の呪文を唱えるうちに農夫の体に変化が見え始めた。
農夫の体は醜く歪み始め、二人の体が真っ二つに割れ、血飛沫と血肉を周りの壁へと吐き散らし、醜悪な姿となった彼らの肉体は西瓜でも破るかの様に割れ、真っ二つに割れた体から二人の男から這い出してのであった。
ここに、シリウスは二人の農夫の命と引き換えに、彼はかつて、明治の世で使役していた下僕を再び得たのであった。
二人の農夫の体を割って現れたかつての下僕は地獄から再び現世に転移した事に戸惑い、自身の手やら足やらを眺めていたが、シリウスとシャーロットの姿がその視界に映るなり、半ば反射的に頭を下げて跪く。
シリウスは頭を下げ、臣下の礼を取る二人を見下ろし、氷を思わせるような冷たい声で、
「久し振りだな、霊蔵、誠一郎」
シリウスは流暢な日本語で彼にとっては異国人である筈の日本人の男二人に対して再開を喜ぶ言葉を与えた。
通常ならば、本当の日本人のように日本語を使いこなしている外国人に対し、思わず目を丸くしてしまう所かもしれない。だが、二人の男は眉一つ動かす事なく、話を続けていく。
「頭領も相変わらず壮健な様で私は嬉しゅうござりまする」
両側の頬に傷を負った男は大袈裟な言葉を好んでいたらしく、顔に太陽の眩しい笑顔を貼り付け、わざわざ胸に右手を当てながら言っていた。
「……。久し振りでございます。頭領」
もう片方の侍というべき袴の男は固い挨拶を述べて返す。
シリウスは二人を見て、かつて明治の時代にて彼ら二人を使役していた時の事を思い返す。
あの時から、この二人は自分に対し、常に忠実な部下であり続けた。だからこそ、彼はわざわざ地獄から二人を呼び出したのであった。
シリウスは跪く二人にまずは労いの言葉をかけ、次にシャーロットが二人の前に現れ、兄に代わり、兄が昼間に考えた自身の計画を話していく。
その計画を聞いて、降魔霊蔵は両目を輝かせ、時雨誠一郎は何かを考えているらしく、無言で彼女と自身の頭領を眺めていた。
その誠一郎の様子を見たのか、シリウスは彼に目を向け、何を言おうとしたのかを尋ねる。
「誠一郎、先程からお前は私の顔ばかりを眺めているが、私の顔に何か付いているのか?」
誠一郎は主人の問い掛けに慌てて首を横に振り、否定の言葉を口にしたが、シリウスは右手の掌を広げて、
「嘘は良くない。私と君とはもう一度主人と臣下の関係となるのだ。嘘を吐くというのは互いのためにならないのではないか?」
シリウスの指摘に誠一郎は再び頭を下げ、短気な殿様に進言する侍のように両肩を震わせて、
「いいえ、頭領のお姿が見慣れぬ姿でありましたので……」
と、声を震わせて言った。そんな誠一郎の肩にシリウスは優しく右手を置いてやり、
「成る程、君が気に病むのも無理はない。今の私の姿はかつて、ユニオン帝国竜騎兵隊を率いていた時に着ていた軍服だからな、質問はそれだけか?」
シリウスは両目を細め、見えない圧を掛けながら誠一郎に言った。
と、ここで誠一郎が目を逸らすのと、霊蔵が右手を挙げて、シリウスに向かって挙手をしたのは殆ど同じタイミングであった。
シリウスは熱心な生徒を気にいる教師よろしく、優しい微笑を浮かべて、霊蔵を当てる。
当てられた霊蔵は相変わらずの笑顔で、
「私を当ててくださりありがとうござります!では、私の頭の中に浮かんだ疑念を質問させていただきましょう!率直にお伺いします!ここは何処なのでしょうか?」
シリウスは霊蔵が悟った事を知り、口元を綻ばせて、
「よくぞ、分かった。褒めてつかわそう。そうだな、ここは我々の住んでいた異なる世界だと言うべきだろう。現代の世に蘇ったのでもなければ、かつての私と妹のようにタイムトラベルをしたのでもない。我々は暗黒の神々の導きにより、地獄からこの世界を混沌へと導くために派遣されたのだ」
『混沌』と言う言葉か或いは『地獄』という言葉に彼の理性は吹き飛ばされたのだろう。彼は鼻息を荒くして、両目を輝かせながら、
「誠でござりまするか?ならば、今回こそ頭領の計画が結ばれるかもしれないと?」
霊蔵の質問をシリウスは首肯した。
「やりましたなぁ!では、私も頭領のために一肌脱がせてもらいまする!どういたしましょう?まずは周辺の集落を襲いますか?それとも、いきなり国の中枢部を襲いますか?幾ら、朝廷と言っても、天子を守護する人間が失われ、天子を人質に取られた状態ならば、無力化するに違いありませぬ!その任は是非とも……」
「この世界がかつての我々の世界と似ていると言った覚えは無いぞ、降魔」
ワクワクとした表情で身を乗り出す霊蔵とは対照的に、彼の信奉する頭領が冷徹な声で言い放ったために、霊蔵は恐縮せざるを得なかった。
身の程を弁え、隅で縮こまる霊蔵の前に、誠一郎が現れ、シリウスの前で挙手をする。
「では、頭領……次の計画はどうなさるおつもりですか?」
「そうだな……私は悪魔の術と言われる『地獄転移』の術を使用し、私に忠実な部下を次々と地獄から呼び戻し、彼らを使い、あちこちの国を引っ掻き回そうと思っておる。その後、混乱に乗じ、各国にて反乱を煽動し、大陸の全てを私の手中に治めようと思うておる」
「……どのようにでござりますか?」
「簡単な話だ。私はこの世界に存在する勢力の一つを合法的に乗っ取り、次に転移衆を撹乱目的で各勢力の中に潜り込ませ、内情を私に知らせ続けるのだ。勿論、私自身の手足となって近くで戦ってもらう者もいるだろう。私の役に立たせるために地獄から呼んだ部下達を転移させたので、私は単純に転移衆と呼んでいる。お前達はどうだ?私がこの世界に最初に呼び寄せた転移衆として私の手足となり、働いてくれるか?」
その言葉に二人の男は改めて跪き、シリウスに忠誠の誓いを捧げる。
シリウスとシャーロットの両名はその様子を見て満足そうに笑っていた。
どちらの人物もかつての世界で使役していた自分達の中心で有り、特に降魔霊蔵は自分達、兄妹を心の底から好いており、自分や妹の命令ならば平気で命を捨てるタイプの人間だし、もう一人、地獄から転移させた時雨誠一郎も最初は暗殺を試みたものの、自らの強大な力にひれ伏し、忠誠を誓った男だ。
加えて、この二人は自分と妹に劣らぬ強力な魔法を使える人間だ。
だからこそ、蘇らせた。
シリウスは無意識のうちに口元の右端を吊り上げて、階段を登っていく。
その後をついて行くのは妹にかつての忠臣二人。
シリウスは階段を登りながら考えた。
かつて、前の世界で使役していた時に彼が一番の実力者だと感じたのはこの二人であった。そのため、彼は地獄からこれ以上、前の世界の手下を呼びだす必要もないという結論に至ったのである。
シリウスは心の内で決意した。
今後もこの術を使用し、地獄からこの二人のような強力な部下をこの世界の死者から見出そうと。
なにせ、今、自分がいるのはかつての世界とは異なり、自身の知らない未知の世界であるため、どのような凶悪な相手が眠っているのかは知らないのだから、それを見出す楽しみがあるというものだ。
シリウスは自然と口元の周りが緩んでいたらしい。
彼の口元の右端が大きく吊り上がっていた。
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