上 下
37 / 105

慰めの報酬を渡した俺とそれを渡された彼女

しおりを挟む
俺がその場から去ろうと庭の土を踏むのと、向こうから怒声が轟くのは殆ど同時であった。
「グレース様ッ!あなた様はここで何をしておられるのですか!?修練開始の時間は既に過ぎておりまするぞ!」
怒り心頭の様子の騎士団長様は腰に下げていた剣を取り出し、感情のままにそれを地面へと突き刺す。
その様子に、俺は思わずたじろいでしまう。苦笑いでこの場を切り抜けようとした時だ。
「あ、あの、騎士団長閣下は修練の時間と仰られましたが、グレース様とどの様な訓練をなさっておられるのですか?」
「あ、あぁ、グレース様と私は放課後に剣の修練をしておるのですよ。このお方、希望でね」
『たっての』という箇所を強調する事で、今日、俺が遅れた事を咎めているらしい。
俺の胸に後で、グサグサと突き刺さっていく。
だが、話さないわけにいくまい。俺が遅刻の理由を語ろうとしたまさにその時だ。
「お待ちください!私に高貴な方々の事情は分かりませんが、今日、グレース様がお遅れになったのは理由があるんです!」
クロエは私に被せる様に、今日、私が遅れた理由を騎士団長に話したのだ。
健気な少女の訴えに、団長も絆されたのだろう。ううむと声を唸らせて、一歩足を下がらせていた。
彼女が俺が遅れた理由を説明すると、騎士団長は両目を瞑り、また唸り声を上げたかと思うと、突然、大きな声を上げる。
それから、無言で俺に近寄り、不意に俺の手を力強く握り締める。
同時に「グレース様ッ!」と叫ぶ。周りの空気が震えるくらいの大きな声だ。
今が放課後のみんなが帰ってしまった時間帯で良かった。
俺は大きく目を見開き、鼻を啜り、今にも泣きそうな顔の団長を見ながらそう思った。
「この、ロイヤル・ウェントワース!感激致しましたぞ!まさか、その様な事があったとは思いもしませんでした!なら、どうでしょう?今宵の修練にあなた様もお付き合いをなさるというのは!?」
「え、私がですか?」
「ええ、覚えておいて損はありませぬぞ、それに剣を使う事ができたとあらば、その様な方々の嫌がらせにも何かしらのアクションを起こせるのではござりませんかな?」
目を輝かせながら告げる団長に、引き攣った笑顔を浮かべるクロエ。
なんと言えば良いのか分からないのだろう。可哀想に。
ここは、俺が助け舟を出してやろう。俺は二人の間に割って入り、彼女が剣をやる意思がない事を告げると、団長は大きく溜息を吐いて、名残惜しそうにもう一度だけ、クロエを見てから、俺を修練の場へと連れて行く。
連れ去られる間際、団長と団長に引っ張られて引き摺られる俺を彼女は微笑ましそうに見つめていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者に愛する人が出来たので、身を引く事にしました

Blue
恋愛
 幼い頃から家族ぐるみで仲が良かったサーラとトンマーゾ。彼が学園に通うようになってしばらくして、彼から告白されて婚約者になった。サーラも彼を好きだと自覚してからは、穏やかに付き合いを続けていたのだが、そんな幸せは壊れてしまう事になる。

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

この悪役令嬢には悪さは無理です!みんなで保護しましょう!

naturalsoft
恋愛
フレイムハート公爵家令嬢、シオン・クロス・フレイムハートは父に似て目付きが鋭くつり目で、金髪のサラサラヘアーのその見た目は、いかにもプライドの高そうな高飛車な令嬢だが、本当は気が弱く、すぐ涙目でアワアワする令嬢。 そのギャップ萌えでみんなを悶えさせるお話。 シオンの受難は続く。 ちょっと暇潰しに書いたのでサラッと読んで頂ければと思います。 あんまり悪役令嬢は関係ないです。見た目のみ想像して頂けたらと思います。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

あなたなんて大嫌い

みおな
恋愛
 私の婚約者の侯爵子息は、義妹のことばかり優先して、私はいつも我慢ばかり強いられていました。  そんなある日、彼が幼馴染だと言い張る伯爵令嬢を抱きしめて愛を囁いているのを聞いてしまいます。  そうですか。 私の婚約者は、私以外の人ばかりが大切なのですね。  私はあなたのお財布ではありません。 あなたなんて大嫌い。

一体だれが悪いのか?それはわたしと言いました

LIN
恋愛
ある日、国民を苦しめて来たという悪女が処刑された。身分を笠に着て、好き勝手にしてきた第一王子の婚約者だった。理不尽に虐げられることもなくなり、ようやく平和が戻ったのだと、人々は喜んだ。 その後、第一王子は自分を支えてくれる優しい聖女と呼ばれる女性と結ばれ、国王になった。二人の優秀な側近に支えられて、三人の子供達にも恵まれ、幸せしか無いはずだった。 しかし、息子である第一王子が嘗ての悪女のように不正に金を使って豪遊していると報告を受けた国王は、王族からの追放を決めた。命を取らない事が温情だった。 追放されて何もかもを失った元第一王子は、王都から離れた。そして、その時の出会いが、彼の人生を大きく変えていくことになる… ※いきなり処刑から始まりますのでご注意ください。

処理中です...