上 下
115 / 120
天使王編

王が怒りし時

しおりを挟む
私の予想に反して王がブレードにとった態度は意外なものであった。彼はブレードの体を強く掴んだかと思うと、あろう事か説得を行おうとしていたのである。
私は背後からこっそりと二人のもとに近付き、会話に耳を傾けていく。

「ルシフェルの眷属よ……お前は天使の身分を与えられてもなお、人の役に立とうとするのか?」

「当たり前だッ!確かにお前たちのいうように人間は罪を犯す生き物かもしれない……それでもやり直すことができる生き物なんだッ!」

ブレードは王の体を強く掴み上げながら言葉を返していく。

「愚かのものよ……例え今回の戦争に勝利したとしても人間どもは争いを始めるぞ。今度の相手は同じ人だ。人と人とが争うんだ」

「だから、そうなる前に人間を滅ぼそうっていうのかい?」

「その通りだッ!」

王はブレードの体を掴む力を強めたのか、ブレードの顔が苦痛に満ちていくのに気が付いた。
私がブレードを助けるために弓矢を構えた時だ。目の前に大量の天使たちが現れる。

どうやら王が交渉の場を守るために天使たちを私の前に繰り出したらしい。
二人は私を押し出した後も大きな声で交渉を続けていたのだが、周りを敵に囲まれている状況では会話に耳を傾けることもできない。
やむを得ずに私は下唇を噛み締めながら二人の姿を眺めていた。

無数に迫り来る天使たちをちぎっては投げ、ちぎっては投げという勢いで跳ね除けた後にやっとの思いで交渉の場へと戻ると、既に決裂していたのか、両者は互いに剣を打ち合っていた。
大剣と剣とがぶつかり合い、凄まじい音が私の耳に届いていく。

私は王とブレードとの間に割って入り、王に向かって弓を振るったのである。
王の体に直撃すると大きな火花が散り、王は地面に向かって勢いよく落ちていく。

だが、すぐに体勢を立て直し、私に向かって剣を構えながら向かっていく。
私は避けることをせずにそのまま王に向かって直撃していくのである。
王とすれ違い様に打ち合う。お互いの体に剣がぶつかり合う。私は打ち合った際に自分の体に凄まじい痛みが生じていったことに気がつく。

しかし、それは王も同じであった。受けた傷は予想以上であったのか自らの腹を片手で抑えていた。
この隙を逃がしてはならない。私は追加の攻撃を行うために剣を振り上げていく。

けれども、手負の状況といえども相手は王である。私の放った弓を身を逸らして回避し、そのまま私の傍に蹴りを喰らわせたのである。
蹴りを喰らって落ちていく私であったが、ブレードによって地面の上に衝突するという最悪の事態を防ぐことができたのだ。
ブレードは私を優しく抱き抱えながら問い掛けた。

「大丈夫かい?」

「う、うん。大丈夫。それよりもありがとうね」

「気にしなくていいよ。それよりも早く王を倒しに向かおうよ」

ブレードの言葉に私は首を縦に動かした。
覚悟を決めて私たち二人で王の元へと戻った際には王の姿が消えていた。突然のことに唖然としている私たちの前に火の鳥が襲ってきた。
私が慌てて火の鳥を剣で追い払うのと私たちの前にタンプルが落ちてきたのは殆ど同時だった。

私たちが傷付いた様子のタンプルを抱き抱えながら落ちてきた方向を見つめると、そこにはこちらを冷たい目を向けて見下ろす魔術師の姿。
どうやら彼がタンプルを追い詰めていたらしい。タンプルは腕の中で呻めき声を上げていた。

「タンプルッ!しっかりしてッ!」

私が大きな声でタンプルに向かって叫んでいると、タンプルが荒い息を上げて私たちに向かって何かを言おうとしていた。
彼が何かを言おうとしているのは伝わってくるのだが、その口はパクパクと動くばかりで肝心の言葉を喋らないのだ。いや、正確には喋ることができないというべきだろう。
タンプルは人差し指を震わせながらも必死になって魔術師に向かって突き付けていく。

その姿があまりにも哀れだ。私がもう喋らないで言おうとしたが、タンプルは首を横に振ってまだ何かを喋ろうとしていた。
これ以上喋れば命に関わるだろう。私はそう判断して、弱ったタンプルをブレードに任せて魔術師の元へと向かっていく。

だが、魔術師は私が弓を振りかぶってくる瞬間を見抜いていたのだ。私は結果大きく体を逸らしてしまい、振りかぶってしまった隙を利用されて魔術師に大きく腹を蹴られることになってしまったのだ。
魔術師は地上に落ちそうになった私を体を掴むことで無理やり自分の元へと引き戻す。

体がグイッと引っ張られる感触と体を掴まれた際に生じる苦痛を私は同時に体験することになった。
加えて私は背中から生じる痛みにも耐えなくてはならなかった。
魔術師は上げたばかりの膝を見せて得意げに笑う。

私は僅かな距離から弓を引いて魔術師を倒そうと試みたのだが、魔術師は私の期待を裏切って放った矢を難なく交わし、そのまま私に向かって新たな攻撃を繰り出したのである。
私は魔術師の攻撃を受けて地面の上へと落ちていくのであった。
地面の上に落ちても無事であったのは不幸中の幸いというべきだろう。

それに加えて周りに死体がないのも安心できた。
私が安堵の表情を浮かべながら地面の上から起き上がった時だ。
真上から魔術師が私の命を狙って現れたのだ。

私は慌ててその場から離れ、魔術師の攻撃を避けたのであった。
私は避けた瞬間を狙って魔術師に向かって攻撃を繰り出す。
先程魔術師が私に行ったのと全く同じことを立場を変えて執行したのである。
魔術師の敗因はこの時に勝利を確信して焦り過ぎていたことだ。

焦って自らの手で始末しようと躍起になってしまったことが地上での彼の活動を縮めてしまったのである。
そのために魔術師の腹に剣が突き刺さってしまうということになってしまったのである。

魔術師の体から黒い煙が生じて地面の上へと倒れ込む。
私はそれを見届けると、もう一度上空へと飛び立とうとしたのだが、飛び立とうとする私の前にポイゾが姿を現した。

「やったじゃあないか……また、あの魔術師を殺すなんてな」

ポイゾは心からの賛辞なのか、その表情は明るかった。

「ありがとう。ポイゾ。ねぇ、そっちの状況はどうかな?」

「……辛いな。最終決戦というだけのことはあるよ」

ポイゾは肩を落としながら告げた。彼の表情からも疲労の色が見えた。

「でも、ここが踏ん張りどころだろ?おれだってまだ新入りにはーー」

ポイゾが胸を張っていた時だ。急に彼は背中から倒れた。背後には包丁が突き刺されており、刺された箇所から夥しい量の血液が這い出ていく。

天使の襲撃かと身構えた私であったが、背後に立っていたのは天使ではなかった。ポイゾの弟のヒールだった。
赤く染め上がり先端の色を変えた包丁を持ってヒールは高笑いしていた。
しおりを挟む

処理中です...