上 下
111 / 120
天使王編

ポイゾ・プラントの復讐

しおりを挟む
ポイゾの弟が頼んでもいない慰問に来たのは大侵攻の前の宴の日だった。
宴の日、場所はいつもの食堂ではなく城の地下にある大広間である。そこに私たちは並べられた。

机の上にはいつものメニューの他に白身魚のフライや肉料理、その他にデザートとして果物が振る舞われ、それをつまみに私たちはそれぞれの思い出話に花を咲かせた。

宴によって幸福の絶頂に達した時だ。いきなり扉が開いたかと思うと、小太りの愛想の良い顔を浮かべた中年の男性が頭に被っていた山高帽をとって挨拶を始めた。

「ミーティア王国討伐隊の皆様、こんにちは!私はこの国で最も名高いと言われる劇団イカロスの団長であるジョニー・ブゥーティンと申します。本日は翌日に我々のために死地へと赴かれる討伐隊の皆様に劇を披露したいと思い、馳せ参じました!」

「劇団イカロスといえばあの有名な……?」

ブレードの問い掛けに小太りの男は愛想の良い顔を浮かべながら胡麻を擦りながら近寄っていく。

「えぇ、そうです!人気小説の上映を始め、劇団オリジナルの恋愛ドラマは特に人気が高く見て損はありません!また、我々としても天使たちの決戦の前に向かう討伐隊の皆様方の手助けができたとなれば幸いと思いまして」

要するに結局のところは決戦の前に討伐隊たちの前に現れて慰問を行い、周りに拍をつけるつもりであるのだ。
無事に世界が救われれば御の字であるし、仮に私たちが敗北したとすれば世界が滅亡するということになるので、劇団のことを悪くいう人も存在しなくなり、悪評も立たなくなるという計算である。

つまるところ世界の存続に関係なく、この慰問を行うことができさえすれば、どちらに転んで美味しいという話である。
胡麻をする小太りの男からはそんな意図が透けて見えた。

そのために強引に見張りの兵士を団長が単独で掻い潜ってこの場に現れたのだろう。恐らく劇団は外で待たせているのだろう。そんなことを呑気に考えていた時だ。扉からポイゾに似た高い鼻を持つが、それ以外の場所はまるで似ていない眉目秀麗な男の子が姿を現した。
団長は彼の姿が見えるのと同時に彼をこちらに手招きし、ブレードの前で頭を下げさせた。

「初めまして、私劇団イカロスにて団員を務めておりますヒール・プラントと申します!」

「プラントってキミ……」

「その通りです。討伐隊所属のポイゾ・プラントの弟です!以後お見知り置きを!」

その事実を知って唖然とするブレードに対して、ヒールは媚びるような笑顔を浮かべて言った。その手の人が見れば抱きしめたくなるような愛らしい笑顔である。

「お願いします。殿下!我々は死地に赴くあなた方、討伐隊を支えたい一心でここにやって来たのです!どうか、我々に芝居を披露させていただけないでしょうか?」

「そんなことを言われても事前の手続きがない状況だからね。そうしたことは事前に予約を入れておいてもらわないと……」

ブレードが口を濁していたのいいことに少年はしつこく話を続けていく。

「えぇ、そんな!ぼくらは皆様方の戦いを応援したいという一心なのに……」

「なんと言われてもこれは規則だから仕方がないんだ。諦めてね」

ブレードが優しい口調で諭しても少年は愛らしいエピソードを振り撒きながらここでの公演を頑なに主張していく。
その姿を見て私はあざとらしいと感じていたが、私の側に座っていたポイゾの体が震えていることに気がつく。

私がブレードの代わりに強い口調でヒールを諌めようとしていた時だ。
ポイゾが私の袖を引き、半ば無理矢理に自分の元へと引き寄せた。

「いいアイディアを思い付いた。それにはみんなの力が必要なんだが、その前にあいつらを呼び止めることも必要だ。悪いが、協力してくれないか?」

それからポイゾは耳打ちをしながら自身の計画を打ち明かしていく。
彼の考えた計画というのは一旦は話を承諾して劇団員たちを受け入れた後で、劇団員たちとブレードが呼んだ兵士たちの前であの弟がポイゾに対してどんなことをしたのかを劇という形で見せた後で、劇団員たちに芝居を披露させ、弟に対してのみ罵声を浴びせ続けて評判を落とすというものである。

なんとも悪質極まりないものである。私は呆れた。
だが、すぐにポイゾと同じような笑顔を浮かべて賛同の意思を示した。
この時の私は明治期におけるかの有名な文豪が記した親譲りの無鉄砲が東京から遠く離れた辺境の地で教師をする主人公の心持ちになっていた。
その主人公を意識したわけではないが、スプーンを握りながらニヤリと笑いながら無意識のうちにこう言っていた。

「いい計画だ。いつでも加勢するぜ」

「いつでもってなんだよ。今すぐだよ」

「ごめん。前に読んだ小説のことを思い出しちゃって」

「フン、まぁいいや。あいつを地獄に叩き落としてやろうぜ」

ポイゾはいつものいやらしい笑みを浮かべながら言った。
それから私たちは講演をしぶるブレードを必死に説き伏せ、私たちの条件を受け入れることで納得させた。

正式な許可を与えられた彼らは喜びながら外にいる仲間たちにそのことを伝えに戻っていく。
その後で私たちに対してブレードが理由を問い掛けたのだが、私たちの計画を話すと、複雑な表情をしながらもしぶしぶと首を縦に動かした。

「……仕方がない。仲間のためだと思って人肌脱ぐことにするよ」

その後でブレードは仲間たちにポイゾの境遇と劇団に対する復讐を述べたのであった。

しかし、中には例外もいてクリスやオットシャックなどの一部の人たちはどうしても納得ができなかったらしかったが、他の人たちは納得した。
とりわけ、モギーは熱狂的な興奮を見せていた。

「いいぞ!やろう!やろう!オレは前からあの偉そうにしてる劇団が気に食わなかったんだ。おまけにオレの大好きなポイゾくんにそんなことをさせられていたとあっちゃあ、ますます嫌いになっちまったしなッ!」

「決まりだなぁ。あのクソ野郎どもに目にものを見せてやろう」

ポイゾがいやらしい笑みを浮かべながら言った。今思えば彼も哀れなものである。弟のいじめと芝居に対するこだわりがなければもう少しまともな家族環境に入れたであろうに。
そんなことを考えながら私たちは広間の中で準備を進めていく。
舞台の準備や軽い台詞合わせなどである。
私たちを残してブレードは部屋の外にいる兵士たちを迎えにいった。

これで準備は完了である。見ていろ、ヒール・プラント。お前に地獄を見せてやる。
そう考えたら笑いが止まらなかった。
しかし、我ながら本当に性格が悪くなったものだ。私は心の中で自虐して静かに笑った。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

老婆でも異世界生活堪能してやります!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:140

コールドスリーパーの私が異世界で目を覚ます

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:29

公爵令嬢は薬師を目指す~悪役令嬢ってなんですの?~【短編版】

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:59

異世界召喚 ~繋りを失った幼馴染の少女に異世界へ召喚されました~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:32

異世界ダイアリー~悪役令嬢国盗り物語~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:137

猟犬リリィは帰れない ~異世界に転移したけどパワハラがしんどい~

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:30

処理中です...