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天使王編

家庭教師は黒か白か

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「あの家庭教師はどう考えても胡散臭いよ」

マリアがお茶を飲みながら主張する。今は私の自室で夕食後の余暇の時間を利用してマリアと共にジョージに対する意見を交換し合っていた時だった。
私が昨日の帰り道の中でに考えたことを喋った際にマリアが口走ったのである。
納得と言わんばかりの表情を浮かべて見守る私に聞かせるためか、マリアは得意げな顔を浮かべて自身の考えの続きを述べ続けていく。

「だってそうじゃん!なんで昨日の朝ティーを連れた時に睨むんだよッ!それに部屋に近付くのもおかしいって、絶対になるかあるってッ!」

興奮するマリアを見ながら私は考えていた。ここはシャーロック・ホームズを気取るべきか、エルキュール・ポワロを気取るべきか、と。
ティーの部屋で起こっている何かに関する適当な推理を語った後で「初歩的なことだよ、ワトソンくん」というホームズの名台詞にある「ワトソンくん」を「マリア」に置き換えて解説するべきだろうか。

それとも適当な推理の後で披露する言葉は「灰色の脳細胞を働かせば簡単だ」にするべきだろうか。
はたまた両者ではなくアルセーヌ・ルパンからヒントを得るべきだろうか。
部屋に関する適当な推理を語った後で「こんな鮮やかな手口は」と壮大な口調で語ればマリアも驚くに違いない。
いずれにせよ、ここでそれらしい推理を披露できれば私が名探偵を誇れることは間違いない。
そんなことを考えていた時だ。マリアが私に顔を近付けて聞いてきた。

「ねぇ、聞いてるの?」

「あっ、ごめん。なんの話?」

「なんの話って私の家庭教師に関する推理だよ」

「あぁ、ごめん。もう一回言ってくれない?聞こえてなかった。多分、連日の戦いで疲れてるんだと思うんだ」

「わかった。一回だけね」

彼女は得意げな顔を浮かべて人差し指を掲げると自分の推理を声高に語ってくれていた。
彼女の推理というのは実はあの部屋の中で彼は勉強を教えておらず、ティーには自習をさせ、部屋を抜け出し、私の推測にあった本物のザリガニ怪物へと変化して攻めてきたのだと力説した。
ブレードを襲った際に姿が変わったのは自身の部下をアリバイ作りのために利用したのだとも説明した。

確かに名推理である。それならばあの日の夜に本人が来たとも説明できる。
昨日の私であったのならば納得していただろう。

だが、私は昨日ジョージに家庭教師を頼み、そこでティーがどのように学んだのかを記した紙を見せられたのである。
実際のティーの回答用紙までも用意されていたのである。細かいところまで採点を行なっていたので、その過程で抜け出して私たちを襲うというのは不可能だろう。

そのことを告げるとマリアは意気消沈したようだ。
そこで、次に私が導き出した推理を語っていくのである。

「もしかしたら部屋の中で勉強を教えながらあの怪物を教えていたんじゃないかなって」

「部屋の中で?」

「うん」

私はそれから自身の考えを語っていく。それは部屋の中であのザリガニのような怪物を極秘裏に操り、私たちを襲ったのではないかということだ。

「確かにそれならば教えながらでもできるし、その際にティーが不信感を持つのも理解できるね」

「この説だったらティーが前に見せたあの王様の絵も関係してくる気がするの」

マリアは私の意見に同調してくれた。このまま二人であの家庭教師の見張りを行おうと決意していた時だ。
城の方からまた悲鳴が聞こえてきた。私たちが慌てて悲鳴の元に駆け寄っていくと、そこは王太子の寝室ーーすなわちブレードの部屋だった。

慌てて扉を蹴破ると、そこには黒色のエプロンドレスを着た少女をザリガニのような怪物から必死に守るブレードの姿が見えた。
少女の前に立って剣を構えて少女を懸命に守ろうとする姿は物語に登場する王子の姿そのものである。

私は格好良く少女を助けるブレードを助けるために魔法を纏わせた剣を振るって、怪物に向かって斬りかかっていく。
怪物は私の攻撃を喰らって悲鳴を上げる暇もなく倒れ込む。黒い煙が出てきているが、私はこれで怪物が死なないことを知っている。
この僅かな時間を利用してできるのはメイドの少女を逃すことだった。

彼女は討伐隊の隊員でも兵士でもない一般人なのである。ここで逃さなくてはならない存在なのだ。
マリアが少女の手を引いて逃がしてくれたからそこは安心するべきだろう。
ブレードは彼女が逃げるのを確認してから自身の姿を馬の姿をした剣士へと変えていく。

私も雄叫びを上げて自らの体に電気の鎧を纏わせてザリガニのような怪物と対峙していく。
私は自身に電気の鎧を纏わせてからザリガニの怪物にぶつかっていくのだが、その際にザリガニの怪物の手の片方が鎌ではなく普通の手になっていることに気がつく。
おまけに武器も扱いにくいと思われた鎖鎌から巨大な鎌に武器が変化していた。
ファンタジー作品でよく見るような典型的な黒い装束に骸骨の顔をした死神が持つような鎖だといえばわかりやすいだろうか……。

いずれにしろ、厄介な武器である。私とブレードの二人がかりで挑んでいくものの、ザリガニの怪物は私たち二人を容易に蹴り飛ばし、鎧に鎌を振られたのである。鎧を喰らってしまい私の鎧からは火花が飛び、その場で膝をつく。

「つ、強い!こいつ……この前に現れた怪物の比じゃあないぞッ!」

ブレードの言葉から確信を得た。この前、農園の近くに現れたザリガニの怪物は偽物であるのだ。
となると、目の前から迫りくる圧倒的な強さを見せる怪物は本物なのだろうか。
いいや、今は素人探偵ごっこをしている場合ではない。この怪物を倒さなくては自分が倒されてしまうのだ。

私は二本の短剣を構えながらザリガニの怪物と対峙していく。
そしてお互いに一歩を踏み出し、すれ違い様に武器を打ち出す。
その際に怪物の鎌が私の腹部を掠めたが、電気の鎧で覆われているために大したものではない。

これですれ違い様に怪物を仕留めることができていたのならば格好良かったのだろうが、生憎と怪物は無傷である。
再び武器を構えてどうしようかと頭を悩ませていた時だ。
扉を蹴破る音が聞こえて討伐隊の仲間たちが部屋の中へと乗り込む。

このまま仲間たち全員で怪物を相手にしてもよかったのだが、なぜか怪物は壊した窓からその姿を消そうとしたのであった。

だが、それはティーが許さなかった。彼女は風の魔法を使用して逃げようとする怪物を部屋の中に押し戻したのだ。
恐らく今日こそはその姿を見てやろうという魂胆なのだろう。

怪物も逃げ切れないと判断したのか、逃走を諦めて私たちと対峙していくのだった。私はその姿を見て短剣を構えた。
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