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三神官編

天国への道は悪意で舗装されている

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「ティーがいるのを確信できたのはいいけれど、会えないのは辛いよね」

「無理やり、窓を壊してもいいんだけど……それだと今回のクーデターの前に余計なことをしてしまうことになるからそれは避けたいんだよね」

「でも、ティーは私たちの大切な仲間だもん。助けたくなる気持ちはわかるよ」

マリアの純粋な言葉を聞いて私は少しだけ胸が痛くなった。
私がティーのために尽力しているのは仲間だからという純粋な理由の他にも現段階ではデストリアという巨大商家の唯一の跡取りだという面も大きいのだ。

もし、女王がなんらかのアクシデントで死んでしまった場合でもデストリアの血を引くティーがいれば穏便に収めることができると考えている。
こんな考えを話せばマリアは幻滅してしまうだろうか。そんなことを考えながら私は窓から空を眺めた。

満月の光が夜の闇の中に浮かんでいた。
翌日、けぶったような青白い光が部屋の中に入ってくる頃に私はマリアを起こし、決行の際に訪れると約束して、部屋を後にした。
私はマリアが軍隊の訓練で招集される前に部屋を出ていく。
その後は王都の宿屋で部屋を借り、そこでベッドの上に寝転ぶ。要するに寝直しである。

寝直しなどというのは王立孤児院にいた頃には考えられない贅沢なことであった。そんなことを考えながら私は夢の世界へと旅立った。
昼までたっぷりといい夢を見た後で私は偽装と情報収集と二つの目的で外に出ていく。

王都では観光や食事、買い物などを楽しむふりをしながら『エンジェリオン』という単語に耳を澄ませていた。
決行はいつでも可能だ。後は天使さえ出れば討伐隊は動けるのだ。
なるべく早く出て欲しいと願っていた時だ。私の願いに答えるかのように道の往来から「エンジェリオンが出た」という声が聞こえたのだ。

大騒ぎをしているのは農夫風の男であった。どうやら彼のに天使たちが出たらしい。それで騒いでいたのである。
この隙を突いて、クーデターを行おう。そう考えて、私が悪い笑みを浮かべていた時だ。

私の肩が叩かれた。振り返ると、そこには婦人の姿が見えた。黒いシックのレースのドレスに長い黒髪をたなびかせた清楚な顔立ちの美人だ。

「あ、あのどうかされましたか?」

「あなた、怖いこと考えてるよね?例えば、そうクーデターとか」

「な、なんの話ですか?」

私の心臓が高鳴り、その鼓動が速くなっていく。昨日の話が漏れていたのだろうか。そんな不安が私を襲う。
不安に襲われる私に低い声で囁く。

「あなた、女王からその地位を奪おうとしてるよね?このことを私が他の兵士に告げたらどうなるのかな?」

「……私、なんの話だかさっぱりわからなくて……」

「いい加減、白状したら?」

「だからなんの話か」

「惚けないで」

低い声で私の耳元で囁く。私は自分の体毛が逆立つのと同時に悟った。計画が漏れてしまったらしい。
こうなってしまっては彼女も仲間に引き入れるしかないだろう。私が勧誘の言葉を口に出そうとした時だ。

「それ以上は言わないでよ。私は絶対にあなたの仲間になんかならないから……ねぇ、ルシフェル?」

「あなた……まさか……」

この女性は天使だ。私が慌てて距離を取った時だ。
天使は手元に弓矢を出すと、周りにいた人々に向かって無差別に矢を撃ち込む。
矢が次々と命中して人々は地面の上に倒れ込む。

その後で私に向かって彼女が矢を引き絞る。私はその矢を寸前のところで交わし、剣を引き抜いて戦闘に備えたのである。
剣に電気の魔法を纏わせて、天使たちに向かって斬りかかっていこうとしたが、無数ともいえる矢が降りかかってきて、私はそれを剣で弾くことで精一杯であった。

当初こそ遠くから矢を放っていたが、やがて遠慮がなくなったのか、矢を放ちながら私の元へと近付いていく。
そのためにどんどん矢が放たれる時間が短くなり、息を吐く暇もなくなってきた。

私が必死になって剣を打ち返していると、彼女が私の目と鼻の先までやってきたことに気がつく。
私は一か八かと覚悟を決め、手に持っていた剣を振りかぶった時だ。彼女はその剣を受け止め、私に向かって得意げな顔を浮かべて言った。

「お嬢ちゃんが頑張って計画を立てたことには感心するけれど、今後行われる『神の大粛清』を失敗させるわけにはいかないの。悪いけれど、ここで死んでくれないかしら?」

「嫌と言ったらどうなる?」

「嫌と言っても殺すけど」

彼女は目の前で優しそうに微笑みながら言った。その言葉からは慈悲など欠片も感じられないが、顔だけは宗教画に見られる聖母の微笑みのようであった。
彼女は至近距離で弓矢を構えた。これは助からないだろう。私が両目を閉じた時だ。

突然、目の前で何かが倒れるような音が聞こえたので、恐る恐る目蓋を開くと、そこには狼の怪物が女性に向かって襲い掛かる姿が見えた。

「タンプルッ!」

私はタンプルの名前を必死に叫んだが、タンプルは反応することなく女性に、正確には女性の持つ巨大な弓に喰らい付いていたのだ。
私は二人の戦う姿を唖然と眺めていたが、タンプルは私に向かってがなり立てた。

その言葉は「早く行け!」と叫んでいるようにも聞こえた。私はタンプルに救われてその場を脱することができたのだ。
その後私は王都の入り口の近くにある店の建物の陰に背中を預けて休んでいた。
あの女性とタンプルとを比べると、どちらが勝つのかは今の時点では不明であるが、私はタンプルに勝って欲しいと切実な思いで願っていた。

タンプルが勝てば私の計画はまだ上手くいくはずだ。
この時に私が捕えられてしまったのはタンプルの勝利を願うあまりに両目を閉じてしまったことにあるだろう。あの女性が私に襲撃をかける前に女王に密告していたという可能性も忘れて……。

私が気が付いた時には私の周りは多くの兵士たちに囲まれており、逃げられる状態ではなかったのだ。

「貴様がハルとやらか?来い。女王陛下がお呼びだ」

「じょ、女王陛下!?」

「そうだッ!温情で命を助けられたのにも関わらず、その命を狙う不忠者めッ!」

「言っておくけど、私は女王陛下とやらに忠義を尽くしたつもりなんてないよ。私が忠誠を誓ったのは仲間たちだけさッ!」

「貴様……女王陛下に申し訳ないと思わんのか!?」

兵士が私の頬を強烈な一撃を使って張り飛ばす。涙が出そうな程に痛い一撃であったが、私はぐっと堪えた。ここで涙を見せるのは負けたように思ったのだ。
私は縄をかけられ、兵士たちに城の方へと向かわされそうになった時だ。
不意に私の縄を縛っていた兵士が倒れたのだ。

私が慌てて倒れた方向を確認すると、そこには弓矢を構えたまま妖艶な笑みを浮かべる女性の姿が見えた。
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