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三神官編

葬儀の途中の襲撃

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翼があるというのはいいものだ。翼があるからこそ行けない場所にも行くことができるし、人間が行くことができない領域にまで自由に飛ぶことができる。
普通の人間であったのならば手間取るであろう城への侵入が容易にできたのである。

私は自身の武装を解除し、翼を引っ込めて、物陰に隠れながら国王の葬儀が行われる場所を探す。
恐らく出棺の際には国王の最後のお目見えとして柩を運び出されるであろうが、その前の葬儀は屋内で行われるのが常である。参列に訪れる貴族や大きな商家の主人などの大勢の参列者が詰めかける場所はで行われるというのは想像につく。

問題は葬儀の会場がどこにあるかということだ。城というのはやはり、国の中心機関というだけはあり広い。どこやっていてもおかしくはない。一刻も早くブレードと合流して夢の内容を知らせなくてはならないというのにこれには困ったものである。

前の世界の行政施設よりも広いと思われる巨大な城の中で悪戦苦闘しつつ葬儀の場所を見つけ出したのは潜入してから一時間後のことであった。
隠れたり、盗み聞きをするたびにデジタル端末がないことを不満に思ったが、こればかりは仕方がない。

そんな不満を胸に抱えて、やっとの思いで見つけ出した場所は城の最奥部に存在する巨大な広間であった。ここは通常ならば舞踏会などの貴族や王族たちが社交の場として使われる部屋だ。しかし、今回に至っては無念の死を遂げた国王を追悼する場所として使われている。

こっそりと扉の隙間から広場を覗き込むと、既に大勢の貴族たちが追悼の辞を述べ終えた後であった。
最後に昨日夢で見たデストリアに通じるスタークス公爵が弔辞を述べ始めた。

厳粛な姿勢で公爵の弔辞を聴く貴族たちの中からノーブとブレードの姿を見つけ出した。比較的入り口に近い位置に座っていたことが発見が早かった決め手である。
私は入り口の近くに隠れながら二人に暗殺の件を話しかけるタイミングを窺っていた。

だが、抜群のタイミングというのはなかなか現れない。
私がタイミングを窺っていると、いよいよ王女が登壇して弔辞を読み始めた。

「皆様、本日は父の葬儀にお集まりいただき誠にありがとうございます。皆様方に慕われ、皆様方のためによき采配を振るわれた父はまさしく国王の鑑ともいうべき立派な人物でありました。そんな父は生前に私を後継者に指名しておりました。何がどうあってもーー」

長い上に要点の見えない弔辞である。他の貴族たちが短い言葉で要点をまとめ上げていたのとは対照的に彼女の弔辞は無駄に長く感じられた。
無意味な弔辞が終わった後で、王女は次の弔辞を読む人間にブレードを指名したのである。

ブレードの両眉が大きく上がったのが見えた。
王女は唐突な指名に驚くブレードを揶揄っているらしい。クスクスと笑いながら弔辞を読むように指示を出す。

なんと卑劣なのだろう。思わず怒りの感情が湧いてくる。恐らく本来であるのならば弔辞を読むのはブレードではなくノーブであったはずなのだ。

しかし、王女はノーブではなくブレードを指名した。これは恐らくブレードに恥をかかせるためであるのと参列者の中に密かに王女ではなく二人を支持する貴族たちに辱めを受けるブレードの姿を見て、支持をなくさせるためというものだろう。

王女の個人的な目的としては昨晩に自身の王位継承権を脅かす発言をした報復という意味合いもあるかもしれない。
どのような意味合いがあるにしろ、ブレードにとって不利なことになるのには間違いない。

だが、ブレードは顔を上げると黙って椅子の上から立ち上がり、国王の棺の前に立った。
手に紙を持っていないことからブレードの読んだ弔辞は全てアドリブであったのだろう。だが、彼のアドリブは完璧であった。短い弔辞の中に国王への哀悼の意思を伝えさせる立派なものであった。
彼の短くても完璧な弔辞が終わると貴族たちから歓声が上がった。ブレードが席へと戻る姿を誇らしく見つめていた時だ。部屋の中に二体の天使が唐突に姿を現した。

昨日に例の地方都市に現れた梟と隼の姿をした怪物である。二体の怪物はお互いの武器である鋭利な爪を光らせたかと思うと座っている貴族たちに向かってその爪を立てていく。
無論、天使の姿が見えた時には既に入り口に人が殺到し、私も身動きが取れる状態ではなくなっていた。

ようやく入り口の混雑が避けて、葬式会場を眺めると、そこには涙を流しながら地面に向かって這い蹲る王女と拳を握り締めたまま二人の姿が見える。
二人の前に山のように積み上げられた死体の数がいかにこの二体が人々を殺傷していたのかがわかる。

これらの状況を作り上げたのは規則にある。葬儀会場における武器の持ち込みの禁止というものである。
あとの不運は貴族たちの中に魔法を扱える人物が少なかったということにあるだろう。

私は自分の不運を悔いたが、救えなかった人間のことを考えるよりも救える人間の数のことを考えた方がいいと思い直し、剣を構えて会場に集まった怪物のうち隼の怪物に向かって剣を振り上げて飛び掛かっていく。
隼の怪物は私の奇襲は予想できなかったらしく電気を纏わせた剣によって消失してしまう。

そして、隼の怪物を倒した勢いのまま梟の怪物に向かって切り掛かっていったのだが、梟の怪物はそんな私を嘲るかのように私の腹を蹴り飛ばしたのである。
鎧も身に付けていない腹に強烈な蹴りを喰らってしまうのは思っていた以上の苦痛である。

私は悶絶をしながら地面の上を転がっていく。地面を頭の上から直撃していったのだから大した打撃である。

「ハルッ!」

私が倒されたのを見て、ブレードは自身の魔法を纏わせた剣を梟の怪物に向かって喰らわせたのだが、呆気なくその剣を交わされた末に容易に背後を蹴られてしまい地面の上に倒されてしまう。

「ブレードッ!」

ブレードが梟の怪物によって無惨にも蹂躙される姿を見て、私は咄嗟に彼の名前を叫ぶ。

だが、その名前は彼に聞こえていないだろう。きっと彼は無惨にもあの梟の怪物に痛め付けれているに違いない。
そのことを考えた瞬間に私は我を忘れて雄叫びを上げ、自身の体に翼を生やし、電気の鎧を纏わせていく。

そして、私を殺さんとばかりに勢いよく近付いて来る梟の怪物に向かって電気の矢を放っていくのだが、矢は呆気なく回避されてしまう。

やがて、目の前にまで近寄ってきたので、私は弓矢を捨て両手を広げてこちらに迫る梟の怪物を抱き締めたのである。
そのまま怪物を強く抱き締めたまま広間の廊下を転がっていくのであった。
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