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三神官編

謁見の間の決戦

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蟷螂の怪物と戦う私。その姿を忌々しげに睨んでいるブレード。
娘を庇うように婦人の前に立つ国王。父親の陰で怯える王女。
逃げ惑う人々。今のところこの部屋の中の状況はこんなところだろうか。

潜伏した仲間たちは慌てて逃げ出す人々の間から抜け出す機会を伺っているのか中々倒しには現れない。
私がそんな事を考えていると、目の前で耳障りな鳴き声を上げる蟷螂が大きく鎌を振り上げているという事に気がつく。

私はその鎌を短剣を使って防いでいた。鎌一本につき、短剣一本という贅沢な使い方である。昔再放送で観ていた時代劇に出てくる侍のようである。
剣と鎌との間に火花と電流の両方が迸り、お互いに顔を近付けていくまでの距離になっていく。
足が下がるものの懸命に踏ん張ってそれ以上は下がらないように意識する。

完全に下がってしまえば蟷螂の怪物の手鎌に負けてしまった事になり、そのまま私の落命へと繋がっていくのである。
それだけは避けなくてはならないのだ。私がその事を意識していると冷や汗が流れてきた。もう随分と長い時間をかけて蟷螂と戦っているような気がしてきた。

だが、ここで負けてはならないのだ。私がもう一踏ん張りと自身を元気付けていたときだ。
私もろとも念力が飛び、私と蟷螂の怪物が同時に地面の上へと転ばされていく。
それと婦人に向かって誰かが斬りかかっていくのが見えた。
斬りかかってきたのはポイゾであった。既に顔の傷も治っており、いつものニヤニヤとした笑みを浮かべていた。

ポイゾは剣を振るったものの、先程のブレードの不意打ちと共に婦人が新たに作り出した鉄扇によって防がれてしまう。

「クスクス、やはり子供ね。不意打ちしか思い浮かばないだなんて」

「……あなたかな?ハルの母親というのは?」

「えぇ、私の名前は倉持響子。そこで私たちの戦いを見つめている倉持波瑠の母親よ」

「……それは嘘だな。第一、キミはどこを見ても波瑠と顔が似ていないもの」

「それは天使になってから以前の顔を捨てたからよ。より美しい顔をあのお方に与えられてね」

「あのお方だと?」

ポイゾが首を傾げる。婦人が発した黒幕の存在が気になったのだろう。ポイゾは激昂しながら黒幕の名前を叫ぶように指示を出す。
だが、婦人は答えない。言葉の代わりに鉄扇でポイゾを弾いて攻撃する。

ポイゾは倒れる直前に体勢を立て直したことによって地面の上を転がらずに済んだ。膝の怪我だけで済んだのは不幸中の幸いというべきだろう。
これから彼がどう立ち向かっていくのかが見ものだ。私はそう考えていたが、目の前で奇声を発する蟷螂がいては悠長に見物をしてもいられない。

私は剣を構えて蟷螂の怪物を迎え撃つ準備を整えた。
蟷螂の怪物が鳴き声を上げる。キシャァァという醜悪な叫び声である。叫ぶ際に唾があたり一面に飛び散ったことも気持ちの悪さに拍車がかかった。
生理的に無理だ。だが、私は怯むわけにはいかない。この蟷螂を一刻も早く葬り去ってあの婦人を拿捕しなくてはならないのだ。

私は剣を振り、突いて蟷螂を仕留めようと目論むものの、蟷螂の怪物は意に返さない。全て手鎌で受け止めるか、紙一重のところで回避するばかりであった。
蟷螂が近くまで迫り、その毒牙が私に掛かろうとした。
殺されると目を瞑って死を覚悟するのは簡単なことであったが、今の私はここを訪れたあの婦人を仕留めるという目的があったので死ねなかったのだ。

私は蟷螂の怪物と剣を斬り結び、怪物を一刀両断にしようかと考えた。
怪物は相変わらず気色の悪い鳴き声を上げながら私を斬り殺そうとしている。
この耳障りな鳴き声を黙らせる方法を知っている人がいれば私はその人に自分のありったけの小遣いを渡そうなどと思いながら目の前から迫る手鎌を短剣で受け止めていた。
やっとの思いで手鎌を弾き、短剣を構えて地面を蹴って怪物に向かって襲い掛かっていく。

またしても激しい斬り合いが続いていく。電気の短剣と手鎌とがぶつかって大きな音を立てていく。
押しては引き、引いては押しという不当なやり取りが繰り返される。
いい加減。話の通じない怪物と戦わされるのも辛い。そんな事を考えていた時だ。蟷螂の怪物が真上から大きく振りかぶってきていたのだ。

私は慌てて下段から短剣を振り上げ、短剣を盾の代わりにその場を凌ぐ。
だが、タイミングが遅かったのか、少しばかり手鎌が重く感じた。腕も痺れ始めてきている。

「……参ったな。これは」

絶体絶命の状況というのは今の私のことを指していうのだろう。そんな事を考えていると、ますます足と腕に負担がかかっていく。
ここからの逆転の術を考えようとしたが、今のところは蟷螂の手鎌を防ぐことで手一杯である。

そろそろ殺されるかもしれないという考えに至った時だ。私に幸運の神が舞い降りてきたのだ。
蟷螂の怪物が私を殺すことに熱を入れすぎるあまりに足を滑らせてしまったのである。慌てた様子で転倒する蟷螂の怪物の姿は滑稽であった。

私は反射的に出た笑いを上げた後で真上から蟷螂の怪物に襲い掛かっていくのである。
蟷螂の怪物は手鎌で私の短剣を受け止める事で難を逃れたものの先程とは立場が逆転した状態にある。
私は蟷螂の怪物を勢いよく蹴り飛ばし、再び怪物を転倒させる。

勢いよく婦人とブレードの元にまで転がっていく姿が見られた。
二人は蟷螂の怪物が自分たちの前にまで転がってきた姿を見て、慌ててその姿を回避したのである。

「なるほど、小娘も技量を身に付けたということね」

婦人は私の方を見据えながら言った。

「よそ見をするなんて随分と余裕じゃあないか……キミはさっさと死ぬべきだと思うんだけどどうかな?」

「あら、死ぬのはあなたでしょ」

婦人は余裕ぶった態度を見せながら言った。
鉄扇でポイゾの剣を受け止めているのは流石というべきだろう。
私はその事に関心しつつも、一刻も早くとどめを刺さなくてはならない蟷螂の怪物を探していたその時だ。

蟷螂の怪物があのけたたましい鳴き声を上げていたことに気がつく。私が慌てて怪物の姿を探すと、そこには王女を人質にする蟷螂の怪物の姿が見えた。
手鎌が今にも王女の首筋を掻き切りそうで、彼女に危機が迫っていることは目に見えてわかった。

「お、王女!?」

「あらら、よそ見をしてしまったのね。いけない子……よそ見をしてテストの塾のテストの時間を測り損ねた頃と変わっていないわね」

「黙れ、お前たち王女を人質にして何を要求するつもりだ!?」

私の問い掛けに婦人は軽い調子で答えた。

「そうねぇ、じゃあ、お姫様を返す代わりにこの国の王様を始末させてもらいましょうか」

婦人はあくまでも尊厳を保ったまま自分を見つめる国王を見つめながら言った。
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