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大魔術師編
曰く、私の過去に要因あり
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しかし、どうして幼稚園の頃の思い出なのだろうか。今まで私の脳裏に浮かんだ記憶や夢というのは小学校に上がってからのものであった。
もしかすれば激しい戦いを切り抜いた私にご褒美を与えてくれたのかもしれない。
私がそんなことを考えていると、不意に場面が変わった。場面は幼稚園から塾へと向かうバスの中である。
バスの中で、塾のテキストを読む私。内容も小学生で習うものよりも簡単であったので、移動の間のいい息抜きになっていたのだろう。
そんなことを思い出していると、バスが見慣れない場所に停車したことに気がつく。しかも周りには人がいない。
幼少の私一人だけがバスに取り残されていたのだ。
どうしてこんな事になってしまったのだろう。気が付けば私は一人、バスの中で泣いていた。
両親に助けを求めて泣き叫んでいる姿を見て、この光景を見ている未来の私の胸も痛む。
バスの中にいるのは他ならぬ過去の自分であるはずなのに。
幼いものや愛らしい姿をしたものを守ろうとする生物全般に存在する庇護欲というのは自分自身にも適用されるものであるらしい。
思わず私はバスの座席の中に蹲る私を抱きしめたが、今の私は幽霊のような存在であるのだ。触れられるはずがない。
虚しくなって私が幼い頃の私から体を離した時だ。バスの背後でゴトという音がしたのを耳にした。
それは幼い時分の私も同じであったらしく、音がした方向に向かって走っていく。
バスの一番背後の席である。慌てて駆け寄った私が悲鳴を上げる。
というのも、そこに落ちていたのは不気味な笑顔を模した黒塗りのマスクであったからだ。
大人ならばここで腰を抜かしていたのだろうが、5歳の私は絶叫した。
泣き叫んだのである。安全ピンの外れた手榴弾のように制御なく泣き叫ぶものの、当然周りには誰もいない。
そのため、私をあやしてくれる人は周りにいない。勿論、私本人も幽霊のような状況になって見ているのだから、手助けなどできるはずがない。
何もできない自分に悔しさを感じていた時だ。不意にバスの扉が開いて何者かが姿を現す。
姿を見せたのは白いワンピースに革のサンダルを履いた金髪の青年であった。
青年はこの世の人間とは思えない程に美しく、その姿に私が見惚れてしまっていた時だ。
青年が私の近くに落ちていた不気味な黒塗りのマスクを拾い上げた。
と、同時に安堵の表情を見せて何度も何度もマスクを確認する。
その姿を幼少期の私も今の私も黙って見つめていた。あまりの狂気に引いたりしたということはなく、あくまでも静かに彼が再会を終えるのを待ち侘びていたのだ。
全てが終わった後に私は彼に初めて声を掛けた。
「探してたの?マスク?」
「うん!もちろんさ!どこにいったのかと危惧していたんだけど、見つかってよかったよ」
「そのマスクで何をしたかったの?」
「すご~い!大きなことかな」
青年は幼児のように無邪気な笑顔を浮かべて手を大きく広げて、私にこれから自分でするであろうことをアピールして見せていた。
その後で、青年は幼い私の頭を優しく撫でて言った。
「けど、どうしてきみはこんなところに迷い込んだのかな?」
「わかんない。塾に行く前にテキストを読んでたら、周りの景色が違っててどうしたらいいのかわからないの」
その声を聞くと青年は頭に手を当てて溜息を吐く。何やら訳のわからない独り言を呟いた後で私に向かって丁寧に頭を下げる。
「ごめんね。こちらの手違いで迷い込ませてしまったみたい」
「手違い?」
「お兄さんね、間違えちゃってきみをこのマスクと一緒に別の世界に送っちゃったみたいなんだ」
「じゃあ、もうお家には帰れないの?」
「いやぁ、本当に悪いことをしたねぇ。お詫びにキミにはーー」
青年の言葉はそこで途切れた。私は兵舎のいつもの部屋で目を覚ます。
周りはハズの中でもなかったし、幼い私も居ない。どうやら私にとっての現実世界に戻ってきたらしい。
ホッと溜息を吐いて、肩の力を落とす。
同時に扉が開いて、お盆に水を載せたマリアが姿を現した。
「ようやく気が付いたね。もう三日の間も眠りっぱなしでね。みんなも心配してたんだよ」
「みっ、三日も!?」
私が声を上げるとゴホゴホと咳がした。どうやら水分が不足していたらしい。私はマリアから渡された水を飲み、三日の間に何があったのかを問い掛ける。
マリアによればまず、討伐隊の面々は地元の人々に荷車や馬というものに乗せられ、施設に送られたのだという。
流石の王女も全員が倒れた状態では裁判をできないと判断したのだろう。
黒装束の男たちを連れて入れ替わる形で王城に帰還した。
討伐隊の面々も丸一日寝ていて、何があったのかわからなかったらしい。
その翌日、つまり二日目は体を戻すための訓練が施され、一日をかけて訓練で終了したらしい。
変化が起きたのは三日目である。国王が直々に施設を訪れ、お礼の言葉を述べた上に命を救ってくれた礼と娘が迷惑をかけたお詫びにと食料品や衣料品、資金源としての貴金属などを置いていったのだという。
「それでね。陛下がこれはあなたにって」
マリアが懐からネックレスを取り出す。
ネックレスの中央に飾られている宝石には盾と剣を持った天使の姿が描かれていた。
「エンジェリオンの侵攻前、つまりまだ宗教施設が力を持っていた頃に描かれた貴重なネックレスらしいよ」
なるほど、前の世界における彫像品のようなものである。
試しに今、ネックレスを付けてみるようにマリアに頼むと、マリアはそれを快諾した。そして、手鏡を持って私の前に現れた。
手鏡の中には金色の高価なネックレスを付けた私の姿が映っていた。
本来であるのならばまだ小学生の高学年であるので、このような物を身に付けるのにはいささか早いところがあると思うのだが、付けていて悪い気はしない。
鏡の中に映っている私の顔は地味な顔でボブショートであり、世間一般でイメージされるような貞子ヘアーではないため、顔は隠れてはいないが、その手の人たちが見れば元気のない顔であるのは間違いない。
着ているものも寝巻きとして支給されているネクジェであるため貴族の娘には見えないが、高価なネックレスを巻き付けているだけで私の気持ちは十分であった。
マリアに礼を言って、ネックレスを外し、私は水を飲んだ。
相変わらず味がないが、三日間眠っていたばかりであったので、ひどく喉が渇いていたのだった。
水を飲みながら、ふと夢のことを思い返す。あの青年は私に向かってなんと言おうとしたのだろう。
そこが思い出せれば今後の天使との戦いにも役に立てるかもしれない。
私は必死に思い出そうとしたが、いくら頭を絞ってもあの後の悪魔の言葉は出てこなかった。
もしかすれば激しい戦いを切り抜いた私にご褒美を与えてくれたのかもしれない。
私がそんなことを考えていると、不意に場面が変わった。場面は幼稚園から塾へと向かうバスの中である。
バスの中で、塾のテキストを読む私。内容も小学生で習うものよりも簡単であったので、移動の間のいい息抜きになっていたのだろう。
そんなことを思い出していると、バスが見慣れない場所に停車したことに気がつく。しかも周りには人がいない。
幼少の私一人だけがバスに取り残されていたのだ。
どうしてこんな事になってしまったのだろう。気が付けば私は一人、バスの中で泣いていた。
両親に助けを求めて泣き叫んでいる姿を見て、この光景を見ている未来の私の胸も痛む。
バスの中にいるのは他ならぬ過去の自分であるはずなのに。
幼いものや愛らしい姿をしたものを守ろうとする生物全般に存在する庇護欲というのは自分自身にも適用されるものであるらしい。
思わず私はバスの座席の中に蹲る私を抱きしめたが、今の私は幽霊のような存在であるのだ。触れられるはずがない。
虚しくなって私が幼い頃の私から体を離した時だ。バスの背後でゴトという音がしたのを耳にした。
それは幼い時分の私も同じであったらしく、音がした方向に向かって走っていく。
バスの一番背後の席である。慌てて駆け寄った私が悲鳴を上げる。
というのも、そこに落ちていたのは不気味な笑顔を模した黒塗りのマスクであったからだ。
大人ならばここで腰を抜かしていたのだろうが、5歳の私は絶叫した。
泣き叫んだのである。安全ピンの外れた手榴弾のように制御なく泣き叫ぶものの、当然周りには誰もいない。
そのため、私をあやしてくれる人は周りにいない。勿論、私本人も幽霊のような状況になって見ているのだから、手助けなどできるはずがない。
何もできない自分に悔しさを感じていた時だ。不意にバスの扉が開いて何者かが姿を現す。
姿を見せたのは白いワンピースに革のサンダルを履いた金髪の青年であった。
青年はこの世の人間とは思えない程に美しく、その姿に私が見惚れてしまっていた時だ。
青年が私の近くに落ちていた不気味な黒塗りのマスクを拾い上げた。
と、同時に安堵の表情を見せて何度も何度もマスクを確認する。
その姿を幼少期の私も今の私も黙って見つめていた。あまりの狂気に引いたりしたということはなく、あくまでも静かに彼が再会を終えるのを待ち侘びていたのだ。
全てが終わった後に私は彼に初めて声を掛けた。
「探してたの?マスク?」
「うん!もちろんさ!どこにいったのかと危惧していたんだけど、見つかってよかったよ」
「そのマスクで何をしたかったの?」
「すご~い!大きなことかな」
青年は幼児のように無邪気な笑顔を浮かべて手を大きく広げて、私にこれから自分でするであろうことをアピールして見せていた。
その後で、青年は幼い私の頭を優しく撫でて言った。
「けど、どうしてきみはこんなところに迷い込んだのかな?」
「わかんない。塾に行く前にテキストを読んでたら、周りの景色が違っててどうしたらいいのかわからないの」
その声を聞くと青年は頭に手を当てて溜息を吐く。何やら訳のわからない独り言を呟いた後で私に向かって丁寧に頭を下げる。
「ごめんね。こちらの手違いで迷い込ませてしまったみたい」
「手違い?」
「お兄さんね、間違えちゃってきみをこのマスクと一緒に別の世界に送っちゃったみたいなんだ」
「じゃあ、もうお家には帰れないの?」
「いやぁ、本当に悪いことをしたねぇ。お詫びにキミにはーー」
青年の言葉はそこで途切れた。私は兵舎のいつもの部屋で目を覚ます。
周りはハズの中でもなかったし、幼い私も居ない。どうやら私にとっての現実世界に戻ってきたらしい。
ホッと溜息を吐いて、肩の力を落とす。
同時に扉が開いて、お盆に水を載せたマリアが姿を現した。
「ようやく気が付いたね。もう三日の間も眠りっぱなしでね。みんなも心配してたんだよ」
「みっ、三日も!?」
私が声を上げるとゴホゴホと咳がした。どうやら水分が不足していたらしい。私はマリアから渡された水を飲み、三日の間に何があったのかを問い掛ける。
マリアによればまず、討伐隊の面々は地元の人々に荷車や馬というものに乗せられ、施設に送られたのだという。
流石の王女も全員が倒れた状態では裁判をできないと判断したのだろう。
黒装束の男たちを連れて入れ替わる形で王城に帰還した。
討伐隊の面々も丸一日寝ていて、何があったのかわからなかったらしい。
その翌日、つまり二日目は体を戻すための訓練が施され、一日をかけて訓練で終了したらしい。
変化が起きたのは三日目である。国王が直々に施設を訪れ、お礼の言葉を述べた上に命を救ってくれた礼と娘が迷惑をかけたお詫びにと食料品や衣料品、資金源としての貴金属などを置いていったのだという。
「それでね。陛下がこれはあなたにって」
マリアが懐からネックレスを取り出す。
ネックレスの中央に飾られている宝石には盾と剣を持った天使の姿が描かれていた。
「エンジェリオンの侵攻前、つまりまだ宗教施設が力を持っていた頃に描かれた貴重なネックレスらしいよ」
なるほど、前の世界における彫像品のようなものである。
試しに今、ネックレスを付けてみるようにマリアに頼むと、マリアはそれを快諾した。そして、手鏡を持って私の前に現れた。
手鏡の中には金色の高価なネックレスを付けた私の姿が映っていた。
本来であるのならばまだ小学生の高学年であるので、このような物を身に付けるのにはいささか早いところがあると思うのだが、付けていて悪い気はしない。
鏡の中に映っている私の顔は地味な顔でボブショートであり、世間一般でイメージされるような貞子ヘアーではないため、顔は隠れてはいないが、その手の人たちが見れば元気のない顔であるのは間違いない。
着ているものも寝巻きとして支給されているネクジェであるため貴族の娘には見えないが、高価なネックレスを巻き付けているだけで私の気持ちは十分であった。
マリアに礼を言って、ネックレスを外し、私は水を飲んだ。
相変わらず味がないが、三日間眠っていたばかりであったので、ひどく喉が渇いていたのだった。
水を飲みながら、ふと夢のことを思い返す。あの青年は私に向かってなんと言おうとしたのだろう。
そこが思い出せれば今後の天使との戦いにも役に立てるかもしれない。
私は必死に思い出そうとしたが、いくら頭を絞ってもあの後の悪魔の言葉は出てこなかった。
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