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赤い蛇の本当の狙い

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赤い蛇の頭をした怪物が繰り出した小鬼たちを片付けた後は私は汗と泥に塗れていたものの、赤い蛇の頭を持つ怪物を逃さんとばかりに体を動かそうとしたのだが、体に力が入らなかった。

それでも体を動かさなくてはもし、この街に暮らす人々に類が及んでしまえば取り返しがつかない。
人類の功罪について考えなければならないが、少なくともその意見に関しては双方の意見が大きく食い違っているために結論は安易には下せない。
何が言いたいのかと言われれば、それは今の段階で人類は悪と決めつけて自身の責務を放棄するわけにはいかないという事である。

私は仲間の元に合流し、クリスを始めとした負傷した仲間をブレードが付き添う形で返すことにし、残った面々で馬を回収して赤い蛇の頭の怪物を追跡することにした。
そのメンバーは私を除けばポイゾとオットシャック、それからティーの四名である。
四人で馬と小馬を走らせながら街の治安のためのパトロールを行う。

このうち、ティーは喋れないために私と同行することになっていた。
私の隣についてのエンジェリオン討伐となる。口が利けないとはいえ彼女自身の腕が劣るわけではないので、仲間としては頼もしい。

ティーの操る魔法は私と似たような魔法で雷である。違いはその自然か人工であるかの違いのであり、本質そのものは私と変わらない力を持っているといえるだろう。
まだ7歳だというのにティーの強さは年上の我々も顔負けである。
その強さに脱帽しつつ、小さな体で小馬を操るティーの姿を見つめていると、不意に背後で音がした。振り返ると、そこには私を嘲笑う赤い蛇の頭を持つ怪物の姿が見えた。

「よぉ、小鬼退治は楽しかったかい?」

「逆に聞くけど、あなたは同じ境遇に立たされてあれを面白いと思えるの?」

「おいおい、質問を質問で返すなって中学の教師に教わらなかったか?」

「生憎と、私はまだ小学生だよ」

正確にいえば“だった”と過去形で表すべきなのだが、それは内緒である。
私は自身の腰に下げている実物の剣を抜きながら言った。
ティーも自身に与えられた短剣を引き抜いて、怪物に向かって敵意を見せる。
私の剣に電気が、ティーの短剣に雷がそれぞれ纏わりついていく。

「おいおい、オレとやる気なのか?」

「そうだよッ!」

私は剣に自身の魔法の力を一点集中させ、赤い蛇の頭をした怪物に向かって切り掛かったが、怪物は私の決意を嘲笑うかのようにあっさりと身を交わした。
そして、そのまま私の体に向かって強烈な蹴りを喰らわせたのだ。
私が倒れたのを見て駆け寄ろうとするティーを私は慌てて手で静止させる。
ティーは必死になって首を横に振るものの、私はそれでも静止させるのをやめない。

「いいの、ティー。私とこいつとの間で決着を付けなくちゃあいけないんだから」

ティーは言葉こそ理解できなかったものの、私の表情を見てその言葉の意味を理解できたのだろう。
ティーは静かに小首を頷かせて、私と怪物との姿を見守っていた。
少なくとも、これで7歳の女の子が目の前の怪物に殺されてしまうという最悪の事態を防ぐことができた。

無論、私は大人ではないが、それでも自分よりも年下の子供が悍ましい怪物によって踏み躙られる姿など見ていられないのだ。
この時の私の心境はといえば巌流島にただ一人、剣豪佐々木小次郎との決闘に臨む宮本武蔵の心境であった。
私は雄叫びを上げ、自身の体に電気の鎧と電気の武器とを持たせた。

「さぁ、決着を付けましょう」

私は弓と矢の代わりに両腰から短剣を取り出し、赤い蛇の怪物の元へと斬りかかっていく。
赤い蛇の怪物も槍を構えて私の動きを迎え撃つ。
槍の穂先と電気で出来た短剣の剣身とが重なり合い、激しい音を立てていく。
一度など武器を近付け過ぎてお互いの体が密接するかと思うほどに密着してしまった。

以後はお互いに歯を軋ませながらの接戦が繰り広げられていく。
気を抜けば、こちらが殺されてしまう。
そんな状況でお互いに剣を結んでいたのだから息を吐く暇もない。

それでも、戦いの最中に軽口を叩く暇があったのだから向こうの方が上であったのかもしれない。
戦いの中で、彼はふと私に向かって思い出したかのように問い掛けた。

「どうでもいいけどさ、お前は信じてるの?あの男が言っていた主張を」

「当たり前でしょ?仲間なんだから」

「仲間?それだけの理由で信じるのかい?じゃあ、もしあの男と仲間でもなんでもなくなったらどうするつもりなんだい?」

「ッ、詭弁を言うなッ!」

この時、私は大きく剣を振り上げたつもりであったのだが、先程の言葉に動揺してしまったのか、剣を振るう先を逃がしてしまった。
そのために体に大きな隙が生じてしまい、その隙を狙って赤い蛇の怪物が真後ろから大きく剣を振り下ろす。
凄まじい攻撃を喰らわされた私は悲鳴を上げて地面の上に転がっていく。
私は悲鳴を上げて地面の上に倒れたのを怪物は見逃さなかった。

「ルシフェルも盲目したものだ。まさか、人間なんて奴らの下で働くなんてな」

怪物がそのまま私にとどめを刺そうと、真上から剣を振り上げようとした時だ。
ふと、向きを正面から背後へと変えた。
嫌な予感がした。私は自分の体がひどく負傷しているにも関わらず、必死に体を這わせて、そのまま背後から勢いよく赤い蛇の怪物の足元に抱き着いて、怪物を転倒させることに成功させた。
怪物は私の肩やら顔やらを足蹴にしてくるが構わない。私はこの隙を利用してティーに怪物の打倒を叫ぶ。
ティーは雷を纏わせた短剣を構えながら飛び上がり、怪物に向かって突き刺す。
怪物は悲鳴を上げてのたうち回っていく。
真正面から雷の纏った短剣を喰らったのだからたまったものではないだろう。
怪物は最後にティーに対して罵声を浴びせた後も地面の上に倒れ込む。
怪物が息絶えた後でティーは私の元へと駆け寄り、私の前に手を伸ばす。

「ハハッ、ありがとう。ティー。これが終わって帰ったら、明日の朝食は豪華になってるよ」

ティーは私の言葉を聞いて微笑する。そして、私は電気の鎧や翼などを解除して、ティーの支援を受けて立ち上がる。
起き上がった後で私は無念の思いを浮かべて生き絶える怪物を見下ろす。

運が悪ければここに倒れているのは怪物ではなく、自分であったかもしれないのだ。
そう考えれば私が勝てたのは運の積み重ねによるものなのだろう。
この時に誓うのはもっと強くなるということだろうか、それとももっと上手く魔法を扱えるようなるということだろうか。
今の私には判断がつきそうになかった。
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