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エンジェリオン退治の作法

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「さてと、今日はエンジェリオンを殺す方法について説明しよう。とはいっても方法は簡単だ。奴らを殺すには魔法を使えばいい」

ブレードは自身が腰に下げていた剣を引き抜いたかと思うと、両手で構えてそのまま一気に振り下ろす。
その過程で剣に炎が巻き付いている事に気が付く。
私が目を見張っていると、ブレードはいつも通りの優しい声で説明した。

「これはね、魔法だよ。人類に備わった奇跡……ともいうべき存在かな?」

「……魔法ですか?」

「うん。魔法さ」

ブレードは口元の端を緩めて私の言葉を肯定した。その表情に迷いや躊躇いの色は一切見えない。
ブレードはいつも通りの優しい笑顔を浮かべながら魔法についての解説を続けていく。
ブレードによれば、魔法というのはエンジェリオンが現れたのと同時に身に付けた奇跡のことを表す総称であるらしい。
それは不可能とさえ言われたエンジェリオンたちを倒す唯一の手段でもあるとされ、とりわけ前思春期の年齢に達した少年少女の肉体に魔法が発動しやすいらしい。

「もちろん、『しやすい』というだけさ。現にぼくは15歳だし、マリアはそれより年上だ。それにティーはこの中で最年少で7歳だ。けど、みんな魔法を上手く使っていて、上手く歩調を合わせて戦ってるよ」

ブレードの言葉は信頼できる。先程の炎がその証拠だ。
けれども、私はこの世界とは違う世界の住民。私の短い人生の中で魔法などというものが使えたことはない。
恐らく、優しい彼の期待を裏切ることになるだろう。
だが、ダメで元々だ。私は自分の中に備わる魔法の力とやらを試してみることにした。
私は掌を大きく広げて、何が出るのかを試してみた。

すると、急に私の体から力が漲ってきた。例えるのなら今まで鎖か何かで押さえ付けられていたものがふとしたきっかけで鎖が外れ、暴れ回ろうとしているというべきだろう。

全身から溢れ出す力に私の胸の慟哭が早くなる。私はこの快感で本に吸い込まれた時のことを思い出した。一刻も早くこの力を使ってみたい。その衝動に襲われていく。
掌に込める筋肉の力を強めると、腕からバチバチと電流が走っていった。
自分でも不思議なほどの力が溢れ出てきたかと思うと、途端に大きな衝撃が部屋の中を襲った。
強大な音が鳴り響いたかと思うと、私の体が跳ね飛ばされた。木製の壁では吹き飛ばされた私の衝撃を受け止めきれなかったのだろう。
粉々に吹き飛び、そのまま教場の地面の上を転がっていく。
それを見たブレードが慌てて、私の元へと駆け寄ってきた。

「大丈夫かい!?」

「平気、それよりも今のが魔法なの?」

「うん。そうさ」

ブレードは迷うことなく肯定した。彼は私の手を握ると、優しく私を起こす。
その際にハンサムな彼の顔と私の顔が唇と唇とが重なり合うまでに近付いていく。
ブレードとは一日前に出会っただけの他人のはずだ。それなのにどうして今、ここまで胸が高鳴るのだろう。
いっそこのまま放っておいてくれればよかったのに彼はそれを許してはくれなかった。
ブレードは今では恋する乙女と化している私の気持ちなど知らずに自身の額を私の額に合わせた。

「えっ、ちょっ、ぶ、ブレード!」

「ごめん。熱かなと思ったんだけど、ぼくの勘違いだったみたいだ」

優しく私に向かって微笑むブレードは御伽噺に登場する王子様の姿そのものだった。
ただでさえ美男子だというのに、こんなことまでされては完全に私がのぼせ上がってしまうではないか。
この朴念仁!勘違い美男子!と、私は心の中でブレードを詰った。
ブレードはそんな私の内心など知らずに、そのまま私の手を握り、もう一度教場に向かう。

「キミの魔法は素晴らしいけど、まだ制御ができていないからね。ぼくと一緒に魔法を制御する方法を覚えようか」

「う、うん」

私はといえば完全に恋する乙女だ。期待しているのだ。これからブレードに魔法を教わるという事を。
そして、そのまま少しだけでも親密になれればと思った時だ。

「ブレード!なにしてんだ?」

初めて対面していた時にポイゾに嫌味を言われていた少年だ。
長いブラウンの髪を垂らし、無愛想な顔を浮かべている。
しかし、よく見れば美男子だ。テレビで見るような美しい子役も裸足で逃げ出すほどの美しい顔をしている。
なぜ、昨日はその美しさに気が付かなかったのだろうと考えた時、私は彼の無愛想な態度が彼の美しさを消していたのだと推測した。
年長のブレードに対して馴れ馴れしい態度をとっていることから彼との間に親密な関係が築き上がっていることがわかる。
ブレードは困ったような笑みを浮かべながら少年に私のことを説明していた。

「それよりも、キミは訓練の方はいいのかい?」

「休憩だよ。休憩、昼飯食い終わってすぐに運動するのなんて体に悪いだろ?だから、ここを散歩してたんだよ」

「なるほどね、キミらしいや」

苦笑するブレード。二人はそのまま運動場の真ん中で雑談を繰り広げていく。
このまま二人の話が終わるのを待とうかと考えていたが、予想外に少年の方が会話を打ち切り、私の方に向き直った。

「それよりもこいつに魔法教えてたんじゃあねぇのか?」

「そうだったね。早く授業を続けようか」

「そうか、ならまた後でオレの剣の練習に付き合ってくれよ」

「いいよ、タンプル」

私を呼び止めた長い髪の少年の名前はタンプルというらしい。
中々にいい名前だ。私がタンプルをじっくりと見つめていると、タンプルが私にむかって笑いかけた。

「そういえば、あんたにオレの名前を言ってなかったな。オレはタンプル・シンマイザー。タンプルって呼んでくれ」

「よろしく、タンプル」

私が手を差し出そうとした時だ。

「なにをしているのかな?タンプル」

ポイゾが姿を見せた。

「別になにをしていようがオレの自由だろ?」

「いいや、キミがこの子に手を出す可能性があると危惧してね。ハルさんがキミのような奴に手を出されると思うだけでオレはゾッとするんだ」

「なら、勝手に震えておけよ」

「なんだと」

ポイゾの声が低くなる。そのままタンプルの元へと突っ掛かり、その胸ぐらを掴み上げた。

「キミはなにか勘違いをしているんじゃあないのかな?」

「勘違いしてんのはテメーの方だろ?オレが誰に手を出そうがオレの勝手だろうが」

「よし、ハンカチを投げたのはキミだ」

お互いに拳を突き出し、殴りかかろうとした時だ。

「待ちなよ!喧嘩はよくない!」

と、ブレードが二人の間に割って入ったことによってことなきことを得た。
年長者の介入によって中断はされたものの、二人の中のわだかまりの感情というのがなくなったのではなく、あくまでも一時的な休戦に過ぎないらしい。
ポイゾは中指を突き出し、タンプルもポイゾを険しく睨みながらその場を離れていく。
二人はどうしてここまで仲が悪いのだろう。
私が頭の中に浮かべた小さな疑問が明らかになるのはもう少し後のことであった。
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