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第七部『エイジェント・オブ・クリミナル』

デッドエンド・バビロニアーその18

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「あらあら、もうお終いなの?」
藩金蓮は地面の上に膝を突く浩輔に剣の刃先を突き付けながら問う。生殺与奪の権を握ったと言わんばかりの嫌らしい笑みを浮かべて彼女は微笑む。
浩輔は悔しいのか、歯をギリギリと鳴らし、痛む腹を抑えながら、刀を突き付ける女を睨む。
だが、この状況で状況を打破する事は不可能だろう。例えるのなら、将棋盤をひっくり返すような出来事でも起きなければ自分は必ずこの女に殺されるだろう。
彼女もそれを理解しているのか、勝ち誇った笑顔を浮かべて真上から刀を振り上げていく。
浩輔は観念して目を閉じる。彼女は到底、目隠しを与えてくれないだろうから、せめて自分で瞑ろうというわけだ。
自分はこれ程までに強く両目を閉じた事があっただろうか。閉じる瞼がやけに痛い。
瞼の下に思い浮かぶのは自身の負ける姿。藩金蓮はあまりにも狡猾な女だった。彼女は負けたふりをして手を伸ばし、そこから浩輔の腹を斬りつけたのだ。腹に焼けるような痛みを味わった後に浩輔は悶絶して地面の上に転ぶ。
けれども、痛む腹を抑えながら立ち上がり、なんとか藩金蓮を相手にしていた。
だが、それももう限界。体が頭の指示に付いて来ない。だからこそ、自分は動かない体に鞭を打つのもやめて両目を閉じてこうして運命に身を任せているのではないか。
そう考えていた時だ。浩輔の脳裏に幼い時の記憶。いや、正確に言えばまだランドルセルを背負って小学校に通学していた時の記憶が蘇る。
あの日、浩輔は三兄弟の会合について来て、兄三人の行う宴会に参加していたのだ。
そこで、兄の阿里耶からお酒を勧められて彼は話をされた。
話の内容は大抵はどうでもよい世間話に過ぎなかったが、最後だけ長兄は普段の陽気だった彼には似つかわしくない真面目くさった様子で浩輔に向かって言った。
「いいか、浩輔。お前はオレたちの希望の星なんだよ。オレの見立てだがな、お前には淳や恭介には……いや、オレにさえもないような才能が眠ってるんだ」
妙に真面目な態度の兄に彼は酔っていた事もあり、隣の席で笑みを漏らしたが、兄が依然として同じ態度を取り続けている様を見て彼は真剣な様子で耳を傾けていく。
「あくまでもおれの見立て……けど、その才能が開花すれば、お前は淳や恭介、そして、オレ以上の強大な組織を開けるだろうなぁ。だから、お前は死ぬなよ」
阿里耶はそう言って頭を優しく撫でていく。浩輔はその思い出を思い出して自分が死ねない事を決意を固めていく。
何故、今の今まで忘れていたのだろう。この兄との会話は今の今まで漬物石の下の漬け物の様に埋もれていたではないか。
浩輔は両目を開いてもう一度雷の剣を作り出して真上から振り上げられた刀を防ぐ。
「あら、まだ抵抗する気なの?このまま死んだ方があなたにとって楽だと思うのだけれど」
「悪いけど、ぼくは死ぬわけにはいかないんだよ!兄との約束があるからね!」
浩輔がもう一度、立ち上がった時だ。その際に彼は強く体を押されてまた地面の上に転がり込む。
慌てた彼が目の前を見つめるとそこにあるのはロシアの女司教の姿。
仕込剣を手にした彼女はその刃先を藩金蓮に突き付けると厳かな声で告げた。
「わたしにはお前の前世が見えます。お前の前世は漢の時代に霊帝を堕落に追い込んで天下を乱した生粋の悪女、王照です」
彼女曰く王照は漢代の末期に霊帝の侍女として仕え、彼に擦り寄り、彼を堕落させた後に後宮を意のままに収めていたという。
歴史書にはとある事情で記されなかったらしいが、漢王朝は黄巾の乱から始まる戦乱と役人や宦官の腐敗、そして彼女の贅沢な暮らしで傾いたと言っても過言ではなかった。
自身を華美な宝石で飾り、豪華なドレスに身を包み、希少な花をふんだんに利用して作り出した香水で彼女は霊帝の寵愛を得続けたという。
そして、宦官の集団、十常寺を味方に付け、彼らと享楽に耽る事があったという。
彼女はそれらの後ろ盾がある事をいい事に酒池肉林とも噂される宴会を行い、多くの若い男を侍らせていたという。
だが、何進かしんと呼ばれる家臣がその事を知ると、事態は一変。この世の春を謳歌していた彼女は窮地に追い込まれてしまう。
そこで、彼女は仲間であり、政治体制を巡って同じく何進と対立していた十常寺を唆し、罠に嵌めて殺害させた。
これで安泰かと思い、彼女は十常寺と酒を飲んでいたところを何進殺害に激怒した袁紹が十常寺の屋敷へと乗り込んできたのだ。
そこで、彼女は慌てて裏口から逃げようとしたところを袁紹と共に行動していた曹操孟徳に手によって首を跳ね飛ばされて殺害されたという。
それを聞くと藩金蓮は口元に手を当てて上品な笑いを浮かべた後に、彼女の魔法を鼻で笑って、
「ふん、馬鹿馬鹿しい。そんな作り話と今のあたしに何の関係があるっていうの?」
マリヤはその問い掛けに手に持っていた剣を振り回しながら答える。
「……大樹寺の寵愛をいい事に彼女の操り人形となり、多くの人々を不幸に追いやったあなたに今日を生きる資格などない。それだけを言いたかったのです」
「はん、何を馬鹿な事を言い出すのかと思えば……ふざけんなよ!全て聖戦を成し遂げるためなんだよッ!そして、全て大樹寺教祖のためなんだよォォォ~!!我がご主人様マイ・マスターのために死ねるんだったら、誰だって本望だろうがァァァァァ~!!!」
「やはり、反省の色はないのですか、残念ですね」
彼女はそう言うと両手に持った剣を構えて藩金蓮に向かって突っ込む。
彼女もむざむざはやられまいとしたのか、何度も何度も蛇の形をした刃を飛ばしていく。
だが、マリヤの剣技はそれらの全てを見切り、彼女の剛腕で全て消滅させていく。
藩金蓮は思わずに口を開けてしまう。信じられない。あの様な剣士が今までいただろうか。
いいや、居ない。彼女は恐怖という感情に駆られて目の前のマリヤに向かって半ばヤケクソになって突っ込んでいく。
そんな彼女の剣をマリヤは容赦なく滑らせて弾いていく。
そして、彼女の首元に剣の刃先を突き付けて言う。
「降伏しますか?それとも、前世と同様にこのまま首を跳ね飛ばされてしまいたいですか?二つに一つ。どちらが良いのかを選んでください」
彼女の貫禄に藩金蓮は思わず言葉を失ってしまう。意思喪失と言った表情で目の前に崩れている彼女は何も言わずに黙って首を震わせながら縦に動かしていく。
マリヤはそんな彼女に哀れみの視線を向ける間も無く彼女の腕を掴んで入り口の警察官の元へと向かう。
彼女を警察へと引き渡すために。
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