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第七部『エイジェント・オブ・クリミナル』

デッドエンド・バビロニアーその17

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「コンスタンス・カヴァリエーレ。わたしにはお前の前世が見えます」
マリヤ・カレニーナは厳かな声で告げたが、彼女は聞く耳を持たずにニコニコとした朗らかな笑顔を浮かべて例の音楽を歌っていく。
マリヤの魔法で見えるのはコンスタンスの前世。彼女の前世は古代のイスラム国家の宮廷道化師だった。恰幅の良く愛想の良い顔を浮かべた彼は宮廷の人気者であったが、彼は奢る事もなくただただ楽しそうな顔を浮かべて下町で年の離れた弟と一緒に人々と過ごしていた。
だが、ある日、遥か東方からの悪魔が押し寄せて宮廷の人間のみならず街に住む人々まで襲われて殺されてしまったのだ。
その時に彼は生き残ったものの最愛の弟を失い、以降は生きた屍の様になった暮らしたのだという。
当時のそのイスラム国家の王は国を再建した後に彼を小間使いとして雇い、生涯の面倒を見たらしいが、いつまでも暗い顔をしていたらしい。
そんな事が続いたある時。彼は妙な言動を取り始めた。それは、弟が生き残っているという妄想だ。
いや、正確には彼の中に死んだ弟の人格が憑依したというべきだろうか。
彼はたびたび弟と人格を入れ替わったという。そして、道化師が死ぬその日まで弟は彼の中に住み続けていたという。
道化師の死因は刺殺。彼を哀れに思った近隣の人々の涙を流しながらの行為であった。
マリヤは目の前で幽霊を構える女性何性別や国家は違えども同じ事を繰り返している事に気が付いて思わず溜息を吐く。
どうすれば、彼女をこのカルマから救えるのだろう。
マリヤは暫く剣を両手で握りながら、その事を思案していたが、目の前の彼女を見る限り、それから抜け出すのには不可能だろう。恐らく、彼女は未来永劫に輪廻転生の中で永遠に片割れを失い、永遠にその幻影を見る事になるだろう。
ならば、せめて今世におけるカルマは断ち切ってやろう。
マリヤは剣を両手で構えると、そのまま彼女の背後に控えている悪霊に向かって振りかぶっていく。
マリヤのもう一つの魔法、振り上げた刀で人々に取り憑いた悪霊を斬り払う『悪霊殺しデーモン・スレイヤー』は完璧に発動した筈だ。
だが、どうだろう。彼女はその刃が振りかぶられるよりも前に短刀で自分の剣を受け止めているではないか。
そして、そのまま悪霊をマリヤへと飛ばす。
マリヤは悪霊とぶつかった衝撃のために足をよろめかせて地面の上に倒れ込む。
そんな彼女を押し倒し、今度こそ何も言わずに彼女は刀を突き立てていく。
彼女が思わずに両目を瞑ってその場から逃れようとした時だ。今回は足が自由である事に気が付く。
彼女は足の脚力を活かしてコンスタンスの背中を思いっきり蹴り飛ばし、彼女がよろめいた隙を利用し、体の上から押し除けて再起を図る。
そのまま逃げようとしたが、コンスタンスは無言で追い縋っていく。その様はまるでゾンビの様で執念深く不気味だった。
コンスタンスはマリヤの足に追い縋ると、顔に気味の悪い笑顔を浮かべたまま足を掴んで彼女を地面に落とす。
彼女は例の不気味な歌を歌いながら、コンスタンスに向かって手に持っていた短刀を振り上げていく。
「メリキャットお茶でもいかがとコニー姉さん。とんでもない毒入りでしょうとメリキャット。メリキャットおやすみなさいと」
「コンスタンス姉さん。深さ十フィートのお墓の下で」
この時、死んだ様な目で見せかけの笑顔を浮かべながら歌を歌っていたコンスタンスは自分の持ち歌が取られた事に初めて人間らしい自然な反応を。そして、怒り狂った様子を見せた。
「どうして、取っちゃうの?これはわたしが妹に捧げる最大の鎮魂歌なんだよ。どうして、どうして、それを取っちゃうの?ダメなんだよ。人のものを取っちゃダメなんだよォォォォォォォォォ~!!!邪魔をしたら、したら、妹が天国にでしょォォォ~!!!」
彼女は歯をガタガタと勢いをつけて鳴らしながら、咆哮を上げる。その雄叫びはまさに野獣。ただ、相手に対して警告を投げ掛ける野蛮な獣。彼女からは理性の片鱗さえも見えない。よく聞けば、声もうわずっている。そればかりではない。短刀を持つ手がガタガタと震えて今にも落としそうだ。
それらの様子を見るに彼女の神経を相当に傷付けてしまった事だけは確からしい。
マリヤはなんとか彼女を宥めさせようとするが、彼女は狂ったまま自分の元へと突っ込む。
マリヤは剣を突き立てようとしたが、それさえもコンスタンスは手で受け止め、マリヤの元へと向かっていく。
血塗れの手で何度も刃の上を触るのは相当に痛い筈だ。だが、彼女はその上に何度も何度も手を擦り付けている。
狂気。激情。病的興奮。可哀想にそんな彼女の頭の中に存在するのはこの世には居ない妹の声と顔。
彼女自身の魔法が彼女自身を苦しめる事になっているのだ。マリヤはコンスタンスに縋りつかれたまま、手に持っていた剣を彼女に取り憑いている悪霊に向かって突き立てていく。
強いのは果たして彼女の魔法か、悪霊の力か。
彼女が剣を突き立てた末に彼女の周囲に浮かんでいた黒いモヤが晴れていく。同時に大きな悲鳴が聞こえた。この世の人間のものとは思えない恐ろしい悲鳴。
この世に留まる悪霊の最後の断末魔。マリヤはそう確信した。
同時にコンスタンスは意識を失って倒れ込む。
マリヤは自身の足元で可愛らしい寝息を立てるコンスタンスの頭をマリヤは彼女の信じる宗教の聖母を思わせる優しい笑顔を浮かべて彼女の頭を撫でていく。
「今はお眠りなさい。安心して、あなたの妹はこれで天に召されたわ」
マリヤは彼女が完全に眠るのを確認してから、彼女を抱えて入り口へと戻っていく。決して楽ではない道。銃弾が飛び交い、魔法と憎悪とが向き合いになっているこの世の地獄を懸命に彼女は走っていく。
そして、入り口に待機している警備に彼女を引き渡すともう一度、あの地獄へと戻っていく。
自身を助けるために藩金蓮と剣を交わす事になったあの少年を。
剣を携えて向かおうとする彼女を警視庁の高官は引き止めたが、彼女はそれを振り払って地獄へ戻っていく。
少年を助けるために。そして、この忌まわしい地獄に引導を渡すために彼女は走っていく。
その目に迷いはなかった。
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