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第七部『エイジェント・オブ・クリミナル』

デッドエンド・バビロニアーその⑤

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氷上は渋々と手を挙げながら、暗い地下水道の中を見渡しながら、自分を追い詰めた男の正体を探っていく。
太い声からして孝太郎の声ではない。だとすれば、誰なのだろうか。何せ、地下の地下水道の中。所々に明かりが点在し、地面の上に小さな丸い光を照らしているとはいえそこ以外の場所は正直に言えば見え辛い。
彼が両手を上げながら、地下水道の暗闇の向こうからやって来る相手を確認すると、その正体は何と外国人。金髪のロシア人の男性だった。それもたった一人で。
彼は手に持った最新式のレーザーガンを突き付けながら、両手を上げた氷上に尋問を始めていく。
「第一の質問だ。あんたはここで何をしようとしていた?」
高等裁判所で格式の高い裁判官に尋問されている相手というのはこんな気分を味わっているのだろうか。氷上は自分の首元に彼のサーベルの様に鋭い視線が突き刺さるのと同時にそんな事を連想していく。
横の長谷川小町も怯え切った表情で両手を上げている。氷上は顔を真っ青にしている小町の表情からして彼女がこの先、捕まれば教団の秘密をペラペラと喋ってしまう危険性が考慮された。
氷上は信仰心の深さからか、はたまた教祖への忠誠心からか、つい最近まで行動を共にしていた相棒を切り捨てる算段を始めていく。
氷上は両手を上げてヘラヘラとしたそれでいて媚びる様な笑顔を浮かべて外国人の男性の油断を誘う。
「なぁ、大将……この場は見逃してくれねぇか?オレはただ、地下水道に潜入しただけなんだよ。別にそれは捕まるほど悪い事じゃあねぇだろ?」
「……だが、お前たちはここで見逃せば更なる悪事を犯すだろう?なら、一般人を守るためにもこの場でお前たちを拿捕、或いは……」
ここでロシア人と思われる男は沈黙する。あまりにも不自然な沈黙。
恐らく、敢えて射殺という言葉を濁しているのだろう。内心なら、あの男はあの手に持っている光線銃を使用したくて堪らないはずだ。
その事を意識した瞬間に顔から冷や汗が吹き出していく。まるで、沸騰機の様に汗が湧き出て地面の上に落ちていく。
止めようと思ってもこの汗は止められまい。
氷上はそれでも、自分の弁舌に賭けてみる事にした。バプテスト・アナベル教の方には教祖の大樹寺と共に関西圏の方にワイドショーやら討論番組やらに出ている九空という男がいるではないか。
氷上は彼を真似ながら、しみどもろになり、舌をもつれさせながらも彼に対して言い訳の言葉を述べていく。
彼の言い訳は教祖や教祖の教団擁護担当の男とは比べものにならないほどの下手なものであったが、彼が発したある一端の言葉が彼の愛国心をくすぐらせていく。
「ロシア帝国にとっても我々を残しておくメリットはあるはずです!我々が大規模な聖戦を引き起こす事により、あなた方は確実に我々の様な団体が出てきた所で、我々を例に彼らを攻撃できるでしょう。また、日本には『大の虫を生かすために小の虫を殺す』という言葉があります。まさに、それはロシアと日本。ロシアという大きな虫を生かすためには日本という小さな虫を殺す必要があるのです!」
氷上の稚拙な演説の最後の部分に感銘を受けた金髪のロシア人は両手を叩いて、彼の演説を称賛していく。
それから、懐から葉巻の入った袋を取り出して氷上へと差し出す。
氷上は葉巻を受け取ると、口に咥える。それにライターを差し出すロシア人の男。
彼は氷上の葉巻に火を点けた後に自身も葉巻を咥えて満足そうな表情を浮かべて葉巻を味わう。
そして、暫くの間、二者で葉巻を味わうと、親指と人差し指、中指の間に葉巻を持ってそれを大きく振り、風を切らせて先端の火を消す。
彼は火の消えた葉巻を持ちながら、氷上に向かって言った。
「よかろう。我々は貴様どもがテロを起こすまでは動かん事に決めた。流石に目の前で事件を引き起こされるのも気が引けるから、貴様どもはこの場所以外での場所でテロ事件を起こせ、三年前に昌原道明が起こそうとした事件以上のものをな……何なら、電気会社を襲撃するのはどうだ?街中の電気が止まれば、この街はもう機能が停止して何もできなくなるだろうな」
それを聞いた氷上は嬉しそうに口元の右端を吊り上げて礼の言葉を告げてから、先程、地面に落とした爆弾を拾い上げてその場を去っていく。
それに長谷川小町も続こうとしたのだが、氷上は彼女が追い縋ろうとする所に立ち塞がり、爆弾を異空間の武器庫の中にしまうと、爆弾と入れ替わる形で仕込刀を取り出し、その刀を彼女の喉元目掛けて一閃に斬り伏せていく。喉からは大量の血が噴き出て地下水道の廊下を汚していく。噴き出た血液が氷上の服や顔にも飛び散ったが、氷上は地下水道に飛び込み、血を洗い流していく。
そして、両手を使って這い上がると同時に長谷川小町の死体を地下水道へと落としていく。
その光景をロシア人の男ーーイベリアは何もせずに新しい葉巻を味わいながら眺めていた。











「それで、あなた方が来た時には既に逃げられていたと?」
孝太郎はマリヤに伝わったイベリアの連絡を聞いて地下水道へと駆け付けたのだが、彼曰く取り逃してしまったという。
「……取り逃したではすみませんよ。イベリア。もし、バプテスト・アナベル教の連中をここで逃していたとすれば、また無辜な人々が戦乱に巻き込まれるんです。あなたはそれが分かっていますか?」
マリヤは不信者を弾劾する時に向ける険しい視線をイベリアに向けていた。
イベリアは視線を逸らす事なく謝罪の言葉を述べ続けていた。
マリヤは気を悪くしたままその場を去っていく。
孝太郎や仲間たちもそれに続いてイベリアの元を去っていく。
マリヤは地下水道を上がり、街に上がるのと同時に孝太郎に向かって言った。
「……恐らくイベリアは嘘を吐いていますね。彼はわざとあの十字軍気取りの男を逃したのでしょう」
「わざと!?わざとですって!?」
孝太郎はマリヤの発した言葉が信じられずに何度も彼女の発した言葉を自分で口にして叫ぶ。
けれども、彼女は眉一つ動かす事なく何度も同じ言葉を告げる。そして、真剣な顔を浮かべて自身の感じた恐ろしい妄想を話していく。
「それどころか、彼はテロのアドバイスさえしたに違いありません。恐らく、今の時代、我々が電気に並んで必要な施設を襲う様に……」
その言葉を聞いて孝太郎はあっと叫んで左手の上に右手の拳を打ち付ける。
「そうか!電気!電気会社だ!」
「ええ、急ぎましょう。大樹寺のひいてはイベリアの野望を阻止するために……」
孝太郎どころか三人の仲間が一斉に頭を下げて彼女に続く。
更なるテロを阻止するために。
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