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第七部『エイジェント・オブ・クリミナル』

デッドエンド・バビロニアーその④

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「日本の警察というのは生温くて困るな」
イベリアは煙草にライダーの火を灯し、火の点いた煙草を人差し指と中指とで挟みながら、みすみすのうちに犯人を逃した孝太郎を弾劾する。低くてもその声は警察署内の廊下に大きく響き渡っていく。
低く自身を弾劾する声と共に目の鋭さは孝太郎を怯ませ、反論の言葉を打ち消すのには十分過ぎたと言えるだろう。事実、孝太郎は気不味そうな唸り声を上げながら、申し訳なさそうに両肩を落とすだけ。
代わりに反論したのはマリヤ。彼女は自分の護衛の失態を追求し、ロシアの犯罪率の多さを持ち出す。
だが、それでもイベリアは手に挟んでいた煙草を咥え、少しばかり吹かすと、口から煙草の白い煙を吐き出しながら反論を行う。
「確かに、ロシアの犯罪率は多い。けれども、世界的に見ても死刑執行の率は明らかに低い事をお忘れなく。司教殿」
「……それは現場で犯人を射殺しているからでしょう?国際会館で爆弾テロを画策した男を殺した様にね」
「どのみち、この国でもそして、仮に我々の国に引き渡される事になったとしてもあの男は死刑は免れんでしょう。そうする前に私がその場の判断で死刑判決を下した。それだけの事です。早い話があの男は国家に殺されるか、私に殺されるかのどちらかの選択肢しかあの時点ではなかったという事になりますな」
イベリアはそう言うと孝太郎の右肩を強く掴んで、彼の耳元で囁く。
「……今後は私も行動を共にする。現場の判断で凶悪犯を射殺できない様な男に我が国の大事な司教様を預けられんからな。それから、私の方で奴らが狙いそうだと考える場所を見張ってもらう様に警察の連中に頼んでもらうよ」
イベリアの口から出た言葉に孝太郎は反撃したかった。だが、口が上手い様に動かない。どうすれば、あの緊張状態を打破できたのだろう。今の孝太郎はさながら蛇に睨まれた蛙。
到底、口など動かない。孝太郎はイベリアが一旦は自分たちの元から去ると、大きく溜息を吐き出す。息と同じ様に緊張までも出ていったらしい。
孝太郎は息を整えて署のベンチの上に座り込む。
頭を大きく下げて床を見つめる孝太郎に真っ先に話しかけたのは聡子。
彼女は右手の拳を握り締め、頬をまだら色に染めながら不甲斐のない上司を怒鳴り付ける。
「孝太郎さん!あんた何やってんだよ!あんな奴に良い様に言われっぱなしで悔しくねぇのか!?」
孝太郎は聡子の叱責に対し、彼女と同じ様に拳を震わせながら自身の心情を彼女に向かって吐露する。
「悔しいさ!けど、おれの信念が氷上の奴を逃しちまったのも事実!あいつに反論なんてーー」
「だから、できないって言うの?そんなのちっとも孝ちゃんらしくないわ。上司や総監にすら逆らって犯罪者から市民を守る。それがあなたの……ひいてはお爺ちゃんの教えじゃあなかった?」
孝太郎はそれを聞いてベンチの上から立ち上がっていく。あまりにも勢い良く立ち上がったものだから、周りの人物が思わずに驚いて孝太郎から距離を取るほどに。
孝太郎は決意を秘めた顔を浮かべる。かと思えば快活な笑顔を三人に向けて、
「確かにな!クヨクヨしてても仕方ねぇや!今から捜査にあたるぞ!ビッグ・トーキョーに潜伏している氷上麗央を何としてでも見つけ出すんだ!心配するな!必ず奴は見つけるさ!」
そして、もう一度真剣な顔を浮かべた孝太郎の元に三人はついて行く。















「まさか、地下に潜入するなんてね。あんたもつくづく悪い人だ」
今回の聖戦の相棒たる長谷川小町の言葉を聞いて氷上はカッカっと喉を震わせて笑う。
「だろう?けどな、大樹寺教祖は我がご主人様マイ・マスターはそんな悪人でも救ってくださる女神。この荒廃した世に舞い降りた現地神!戦いの守護を司る女神アテナの生まれ変わり!そんな方のために忠義を尽くせるんだったら、光栄の至りだよ!」
長谷川小町は氷上の過剰なまでの美麗美句で彩られた賞賛と礼賛を聞いて思わず辟易してしまう。第一、彼の言う女神アテネの生まれ変わりというのは大きな間違いで、彼女の前世は古代ヨーロッパのスノープリンセス白雪姫。それも、ドイツの小国の盾の騎士に滅ぼされた伝説の小国の悪い王女ではなかったか。
あの童話の教訓は君主など独裁者と紙一重という話ではなかったか。
そう考えれば彼女が所属する教団の教祖も君主とそう変わらなく思えて仕方がない。
一見愛くるしくて可憐なお姫様が隣国の王子を懐柔させ、共に王位に就くと贅沢三昧で国を傾かせ、逆らう者は王室メンバーでも容赦なく粛清する様は何となく今世の大樹寺教祖を連想させられてしまう。
隣国の実質的な国王とも言える巨大マフィア組織のボスを懐柔させ、その利益を貪るなどまさに白雪姫そのものではないか。
長谷川小町はこの童話が今でも尚、旧アメリカ合衆国。いわゆる現在のユニオン帝国や日本。また、ロシアやアフリカ諸国などでも不人気なのが分かる気がする。
こんな生々しいヨーロッパの童話を寝る前に子供たちには聞かせたくはないだろうし、教育にも良くないだろうから、アニメ映画にしないのも最もな判断と言えるだろう。
ヨーロッパでもかつては人気の童話であったらしいが、魔法の発見により、君主制の見直しがされてからは一転して人気がなくなってしまっている。
逆に人気なのは隣国の様な君主に頼らずに魔法強国となった国だろう。
呂蔡京が王の座を追われ、もうじき日本にやって来るのも分かる気がする。
長谷川小町は自身の魔法の鍵で下水道の扉を開きながらそんな事を考えていた。
氷上は下水道の雨水ポンプの下に辿り着くなり、異空間の武器庫から小型の爆弾を取り出す。
この爆弾は小型ながらもポンプに付ければ、一気に爆破できるという代物。
もし、人間の生命線とも言える水がこのビッグ・トーキョーからなくなればどうなるだろう。
たちまちのうちに首都圏の人間は干上がり、大パニックを引き起こすに違いない。二日ほど掛けてどの場所に仕掛けるのかを思案したのは無駄ではないだろう。
氷上が爆弾を付けるために、水道管の元に駆け寄ろうとした時だ。
「止まれ!そいつを捨てろ!」
と、静止する声が聞こえた。氷上は静止する声を聞いて慌ててそちらを振り向く。
そこに立っていたのは東京国際会館で出会ったあの司教の護衛のロシア人。
彼はあの時と同じ、未来形式の拳銃を向けながら低い声で告げた。
「もう一度だけ忠告するぞ、そいつを捨てろ」
氷上は慌てて手に持っていた爆弾を地面に置く。そして、両手を宙の上で大きく広げた。
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