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第七部『エイジェント・オブ・クリミナル』

デッドエンド・バビロニアーその③

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孝太郎は奔走していた。事件を解決し、大樹寺雫を今度こそ死刑台へと送るために。
新たにマリヤ・カレニーナを加えた白籠市のアンタッチャブルの面々は半ば非合法的なやり方を交えて、捜査を続けていき、ようやく教団幹部の氷上麗央が潜伏しているホテルを突き止める。
孝太郎は端末を使用し、裁判所からの許可証を手に入れて仲間と共に銃を構えながら彼の部屋へと乗り込む。
一方で突然、扉を開かれた氷上はさぞ動揺したに違いない。
彼はベッドの下に隠していた兵器を大慌てで異空間の武器庫に仕舞って、仕込刀を携えて孝太郎を迎え撃つ。
孝太郎も彼と同様に異空間の武器庫から日本刀を取り出し、狭いホテルの部屋の中で氷上と刀を打ち合っていく。
何合目かの刀が振われ終わるのと同時に氷上の仕込刀が弾かれてカーペットの上を滑り落ちていく。
孝太郎は体中から冷や汗を吹き流す氷上の首元に刀を突き付けて、
「年貢の納め時という奴だな。今の今までずっと手こずらせてきたが、これで終わりだ」
と、眼光を光らせて彼に敗北宣言を突き付けていく。これだけでも彼を驚かせるのには充分であったといえるが、動揺する氷上に更なる追い討ちをかけたのはマリヤ。
彼女は杖を床の上に大きく打ち付けると、杖を光らせて杖の中に丁髷を結わせたある男を浮かび上がらせていく。
「氷上麗央……わたしにはお前の前世が見えます。お前の前世はこの国において江戸時代と呼ばれる時代にその悪名を轟かせた匕首の喜平次と呼ばれる男です」
マリヤ曰く喜平次は真の底からの禄でもない男であり、弟分を利用して元女郎の女を強請り、仕舞いには弟分を殺したと思い込んだ女を脅し、実際に弟分を殺した後にそれをネタに譲ったのだという。
仕舞いには女に手を掛け、彼女を自殺に追い込んだという外道っぷりであった。
だが、その最期はその犯した悪行に相応しい悲惨のものであった。喜平次はある日、ケチな罪で役人に捕縛され、そこからこれまでの罪状が暴かれて仕舞いには斬首刑に処されたという。
その後、氷上麗央という男に生まれ変わり、今に至るのだという。
それを聞いた氷上は無理矢理に笑顔を作り、漫画やテレビで見たような悪役の表情を思い出しながら、なんとか鼻で笑う素振りを見せながら、
「はん、馬鹿馬鹿しい。そんな作り話がオレとどんな関係がある?」
と、虚を張ってみせた。だが、氷上は宗教職にある男。前世の因果関係を持ち出されて動悸が抑えられずにいた。
マリヤはそれを見透かしてか、低く落ち着いた声を出し、手に持っていた杖の一番先端を握る。すると、どうだろう。彼女の杖の先端の箇所が割れ、中から刃物が出てくる。刃渡りの良い錆一つない刃。
それが、不殺生を貫く彼女の杖から現れたのだから、当然、誰もが驚きを隠せない。
だが、彼女は低く冷徹な声で告げる。
「……多くの人を不幸にし、大樹寺の手駒として今も尚、下衆な計画を思案するあなたに今日を生きる資格はありません。わたしがこの剣で叩き斬ってくれましょう」
「はん、馬鹿を言うなよ!大樹寺教祖の聖戦を遂行するためには必要な犠牲なんだよォォォォォ~!!!」
と、氷上は自棄になったのか、側で様子を窺っていた長谷川小町の元に駆け寄り、彼女を羽交い締めにすると、異空間の武器庫から小さなポケットナイフを取り出し、その先端を彼女に突き付ける。
「動くなよォォォ~こいつの首をかっき切られたくなけりゃあ!オレを逃がしな!」
「……逃がしてそれで、何処に行く?」
孝太郎は刀を突き付けながら問う。氷上は今度こそ正真の笑みを浮かべて答える。
「お前らがこのホテルに乗り込んでくれる前に考えていた所にだよ!入院してるあんたらのお仲間の一人を人質にすりゃあ、あんたらはもう大樹寺教祖に歯向かう気力なんぞなくなるだろうしなァァァァァ~!!」
孝太郎は弱った。長谷川小町は敵とはいえ人質。それにあのオロオロとした様子から事前の打ち合わせがあったとも考え辛い。
警察官として市民を見捨てるわけにはいかない。孝太郎は下唇を噛み締めながら、日本刀を下げようとしたのだが、突然、マリヤが孝太郎の刀を奪い取り、それを氷上の脚に向かって放り投げていく。
刀はホテルの壁に突き刺さり、ヒビを入れたものの氷上本人は全くの無傷。
それどころか、彼の神経を逆撫でさせたのだが、それだけに大きな隙を作らせる事も可能となった。
孝太郎は捨て身の突進を氷上に喰らわせて彼の元に食らい付いていく。
氷上は孝太郎に突っ込まれた衝撃から、長谷川小町を手離してしまう。
彼がそれに気付いたとしても後の祭り。孝太郎はそのまま彼が新たな行動に出るよりも前に彼の頬を思いっきり殴り付ける。
氷上は孝太郎に殴られた衝撃のために大きく後退してよろめきながら壁にぶつかってしまう。
「ち、ちくしょう……バカな、バカなァァァァァ」
「氷上、年貢の納め時だな。まずは公務執行妨害の現行犯で逮捕、その次にあんたが今、異空間に隠している武器を証拠に教団の悪事を立証させてもらおうか」
孝太郎の言葉に彼は鳥肌が立つ。全身の毛が固まり、彼の体温を下がらせていく。
氷上は悔しそうに歯を噛み締めながら、孝太郎を睨む。彼の目にもはや恐怖の感情はない。
今の彼は怒りに囚われていた。どうしようもない怒り。激情。そういったものが彼を襲っていく。
だが、もはや孝太郎やその仲間を攻撃して鬱憤を晴らす事は不可能だろう。サバンナの真ん中で素手でライオンを相手にしろと言っているのに等しい。
氷上は自分の元を離れ、警察に駆け込もうとする長谷川に狙いを定めようとしたが、すぐに思い止まり、代わりに彼は彼女を強引に掻っ攫うと、異空間の中へと消えていく。
そして、長谷川小町を連れながらビッグ・トーキョーの中を逃げ回っていく。
それを見た孝太郎は慌てて携帯端末を操作して非常事態宣言を要請する。
孝太郎の要請を受け、ビッグ・トーキョーの中には大規模な包囲網が組まれ、文字通り、蟻一匹逃さないという包囲網が敷かれたのだった。
だが、長谷川小町は氷上と共に便利な魔法を使用して首都圏のビジネスホテルに潜伏し、様子を窺っていた。
このまま上手く警察を凌げれば良いのだが。
そう思っていると、突然、氷上は何を思ったのか突拍子もない事を言い放つ。
「連中の警戒の視線はオレらに向いている。だとすれば、他の場所は手薄になっている筈だよな?」
「何を言いたいの?」
予想外の発言に困惑する長谷川。だが、氷上の顔は真剣そのもの。
彼は大真面目な様子で言った。
「オレはよぅ、この機会を利用して白籠市の中央に攻撃を仕掛けるべきだと思う。なぁに、白籠市なんてビッグ・トーキョーの中じゃあ端の方だろう?なんなら、辺境繋がりで日織亜市もろともぶっ飛ばしてやろうぜ」
「それで、わたしの鍵が必要だって事なの?」
長谷川の問い掛けに氷上は自信ありげな表情で首を縦に動かす。
二人はかつてない程の凶悪な事件を引き起こそうと模索していた。それも、白籠市のみならず隣市の日織亜市までをも巻き込んでの大規模なものを。
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