魔法刑事たちの事件簿R(リターンズ)

アンジェロ岩井

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第七部『エイジェント・オブ・クリミナル』

デッドエンド・バビロニアーその②

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多くの札束の詰まった銀色のジェラルミンケースが机の上に置かれたためか、机の上が揺れ動く。だが、社長室の男、ウォルター・J・ギルフォードは全く動じる様子も見せずに書き物を続けていく。
彼が高価な万年筆を使用して書いているのは契約書。トマホーク・コープとバプテスト・アナベル教とを繋ぐ契約の書類。いや、それは正確な表現ではない。何故ならば、そこにはトマホーク・コープの名前も、社長たるウォルターの名前さえも記されていないからだ。
代わりに記されているのはダミー会社の名前。それでも、そのコピーの名前がある限り、各国の警察にバレる前までは協力を惜しまないという内容。
トマホーク・コープは常にこの手法を用いて侵攻を推し進めてきた。
今回の場合も前例にある事を踏襲したに過ぎない。加えて、日本に未だ潜伏中のジョージ・クレイがいる事を思い出したから、それに少しばかりの付加を加えさせるだけに過ぎない。
ギルフォードとしては上手くいけば儲けもの。失敗してもリスクは負わないというまさに一石二鳥のやり方。
加えて、大金までもが手に入った。ギルフォードとしては承認しないわけにはいかないだろう。
ギルフォードの書いた紙を目の前に現れた若い女性は恭しく受け取り、その場を後にしていく。
ギルフォードは彼女が退出してから、机の下の装置を押し、彼女のホログラムを浮かび上がらせていく。
彼女の名前はコンスタンス・カヴァリエーレ。あの帝国を牛耳るコミッションの一員であり、現在では『トライアングル・コネクション』という大口の取り引きを任せるという女。
だが、あそこまで一つの怪しげな宗教に傾向してはお仕舞いだろう。
ギルフォードは哀れみの表情を扉の向こうの彼女に送りつつも、それ以上は構う事なく再び書類仕事へと戻っていく。











我がご主人様マイ・マスター。ご安心を、トマホーク・コープを味方に引き入れる事に成功致しましたわ」
テレビ電話の向こうで彼女は丁寧に頭を下げながら伝える。
自室の安楽椅子の上に腰を掛けながらそれを聞く教祖は首を小さく縦に動かした後に、一言ねぎらいの言葉を与える。
コンスタンスは丁寧に頭を下げ、それから通信を切る。すると、彼女と入れ替わる形で呂蔡京がテレビ電話を繋げる。
彼は脂ぎった顔全体から汗を流しながら、敬愛する教祖に向かって告げる。
我がご主人様マイ・マスター。恐れながら申し上げます。治安当局が急に我々の宗教を弾圧し始め、更にはこれまでの恩も忘れ、我々、百目竜にも攻撃を仕掛ける有様……このままでは『トライアングル・コネクション』の意地はおろか、我々の組織も終わりです!そこで、あなた様にお願い致したい事がございます」
縋る様な、懇願する様な瞳で引き攣った様な笑顔を浮かべ、ぎごちない揉み手をしながら尋ねる。
「どうか、我々の出家をお許し願えないでしょうか?勿論、私が蓄えたもの、持ち出せるものは全て教団に寄進致しますので……」
「許す。いいよ。日本に来て」
大樹寺はあっさりと許可を出す。呂蔡京はあまりの呆気なさに思わず耳を疑ったが、大樹寺が告げる返答は同じ。
彼は目に大きく透明の液体を流しながら、何度も頭を下げてからテレビ電話の通信を切っていく。
大樹寺は自身や教団に莫大な利益をもたらす『トライアングル・コネクション』の放棄を惜しく思うのと同時に、呂蔡京や彼の部下の分の寝床を用意しなければならない事を思って大きく溜息を吐く。
が、悩んでいても仕方ないとばかりに携帯端末を操作して藩金蓮を呼ぶ。
そして、施設の拡大と呂蔡京のための個室の用意とを告げ、彼女を下がらせようとしたが、その前にある事を思い出して彼女に問う。
「そう言えば、エリカは?」
「彼女ですか?彼女ならば今は再教育部屋ですよ。覗かれますか?」
怪しげな笑みを浮かべる彼女に対し、大樹寺は黙って首を横に振る。
いかに再教育を施すための施設とは言えあれは見ていてあまり愉快なものではないから。
大樹寺は藩金蓮を下がらせると、既にテロ事件の準備に付いている氷上に連絡を取る。
テレビ電話の向こう、氷上麗央は高層ホテルの一室に居た。
そこで彼は爆弾と自動発火装置、更には毒ガスまでも用意し、大樹寺の指示を待っていた。
「準備は万端?」
大樹寺の問い掛けに対し、氷上は嬉しそうな顔で首を縦に動かす。
『ええ、勿論です!あなた様がご思案なされた竹部大統領抹殺計画……順調に進んでおりますよ』
彼は心底から嬉しそうな声色で言う。
「良かった。けどね、もう一つの計画の方はどうかな?」
『ええ、白籠市に神の怒りを加える計画ですよね』
氷上の得意げな顔が画面の向こう上に浮かび上がっていく。
「そう、悪魔の都、白籠市は古のソドムとゴモラの様に神の正しき制裁を受けて壊滅する。完璧な計画だよね?」
『ええ、流石は大樹寺教祖!加えて、その実行犯にトマホーク・コープの人間を使わせようと計画させるなんて……あなた様でなければ思い付かない計画ですよ!』
「……あなたはどうも口が軽すぎる様だ。彩湊はもっと口が重かった気がする。彼に神官の地位を渡した方がいいかな?」
その問い掛けを聞いて氷上は思わず固まる。折角、ここまで苦労して勝ち取った地位をみすみすそんな奴に奪われてなるものか。
彼の中の闘争本能とも呼べる心が呼び起こされていく。そして、小節を震わせながら大樹寺教祖に詫びの言葉を入れていく。
大樹寺教祖の怒りはそこでようやく解けたらしく、彼女は成功を祈る言葉だけを告げて端末を切っていく。
氷上は繋がらなくなった端末を机の上に置くと、大樹寺に見せるためにわざとベッドの上に置いていた兵器を再び見えない場所へと落とす。
そして、連絡を取り合う際には必須のアイテムである妨害電波を妨害するための真っ黒な装置を端末と共にホテルの机の上に置く。
それから、部屋に備え付けられている小さな冷蔵庫からビール瓶を取り出して一気に飲み干していく。
氷上が口の周りに付いた泡を拭うのと扉のノックの音が聞こえるのは同時だった。
扉の音が開くのと同時に、万能鍵マスター・キーの持ち主、長谷川が姿を見せる。
彼女は無言でベッドの上に買ってきた食料を置く。
そして、扉を閉めると氷上に向かって告げた。
「あの刑事が嗅ぎ回っている」
氷上はそれを聞くと歯をギリギリと鳴らしながら、異空間の武器庫から例の仕込刀を取り出す。
そして、その柄を握りながら、
「計画はあいつを始末してからにする。この近くに収集可能な魔法師はいるか?」
それを聞いて長谷川は黙って首を横に振る。
氷上は暫くの間、自分と彼女だけでも例の刑事を始末する方法を考えて手を黙って叩く。
彼は満面の笑みを浮かべて、
「そうだ。あいつの仲間が一人……それを使えば……」
と、人差し指を立てて長谷川に向かって提案する。氷上の口元は彼自身も考えていなかった程に大きく右端を吊り上がらせていた。
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