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第七部『エイジェント・オブ・クリミナル』

終わるのはお前か、オレかーその18

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氷上麗央は改めて自身の役割を思い出す。役目は無論、ここで中村孝太郎を引き付け、足止めをさせる事。それだけ。
至極単純で分かりやすい役割。それが、今の自分に課せられた仕事。
そして、今、自分が孝太郎を引き寄せている間にあの女、ジャネット=扈が大きな仕事をやり遂げるに違いない。
あの女の用意した爆弾はあまりにも強力。その威力はまさに天災。いや、天才という言い方は不適切かもしれない。
なにせ、爆弾は地震や雷とは違う。人の手で作動させなければ発動しない。
氷上は昔、読んだ本の記述を思い出して笑う。
もし、その爆弾がこの地下で作動したのならばどうするのだろう。たちまちのうちにこのテレビ局など木っ端微塵になってしまうに違いない。
そのための陽動要員が自分。氷上は仕込刀を振り回しながら、孝太郎に斬りかかっていく。
孝太郎はといえば、氷上の攻撃にたじろぐばかり。彼は新たに取り出した刀をを用いて氷上の仕込刀を防ぐ。
そして、刀の重なり合う先でニヤニヤと笑う氷上を鋭く睨む。
すると、氷上は孝太郎から刀を離し、一度大きく回って刀を振り回してから、今度は被害者の会の老婆に向かって斬りかかっていく。
彼が大きく刀を振り上げた老婆を狙おうとした時だ。その前にマリヤが立ち塞がる。
体を恐怖で震わせながらも、大きく目を見開いて気高い姿勢を貫く彼女を見て孝太郎は思わず見惚れてしまう。
そして、我も忘れてマリナを庇うために背後から氷上に向かって斬りかかっていく。
だが、氷上は不意にこちらを向いて例の魔法を使用して空間から姿を消す。
孝太郎はそこでわざと足を滑らせて最悪の事態を防ぐ。
体を大きく打ったものの、最悪の事態ばかりは防げたらしい。孝太郎が安堵の溜息を吐くと、彼の首元に仕込刀の先を突き付けて見下ろす氷上の姿。
氷上が孝太郎に向けるのは侮蔑。そして、侮りの表情。
そして、愉悦。自身を圧倒しているという安心感。それが氷上の全身から漂っていく。
孝太郎は首に刃物を当てられて思わず身震いしてしまう。氷上は何の躊躇いもなく自分の首を跳ね飛ばすだろう。
孝太郎の首筋をひやりとした汗が伝う。本能が告げている。自身の危機を。
孝太郎は話術で氷上を動揺させようと思ったが、肝心の挑発の言葉が思い付かない。
いつもならば、芸の前口上を喋る軽技師の様に饒舌に出てくるのに。
孝太郎が文字通りのお手上げになった時だ。背後から叫んだ声が聞こえてくる。
「待ちなさい!その人を離しなさい!ハンス!」
身に覚えのない言葉を聞き首を傾げる氷上。しかも、その言葉を発したのはロシアの名のある女司教であるのだから思わず拭いてしまう。
「ハンス?そいつは誰だ?あんた、ここにいもしない奴を呼ぶなんて頭がおかしいんじゃあないのか?」
「あなたの前世です。わたしにはあなたのいや、色々な人の前世を見る事ができます」
マリヤはそう言って異空間の武器庫から出したと思われる先端に穴が開けられ、くり抜いた杖の先に巨大な飾りの付いた杖を取り出して地面の上を叩いていく。
よく見ればその杖は水晶。そこに映るのは紛れもない氷上麗央の姿。
ただし、服は現代人が着る服とは大きくかけ離れている。彼の着ているのは中世ヨーロッパの時代に流行したとされる鉄の鎧。そして、髪は黒ではなく金。
「これが、お前の前世の姿です。お前は地方の悪徳騎士であり、領民を苦しめた上に冬の季節には暖房の権利さえも高額で売り付け、人民を苦しめた金であちこちの土地に屋敷を買いましたね」
「待て」と、ここで氷上は話を切る。
「そんなくだらない作り話をするつもりで、オレを呼び止めたのか?水晶の形をしたスクリーンもよく作り込まれているが、そんな話を聞くほど、オレは暇じゃあないからな。こいつにトドメをーー」
と、氷上は地面の上で横たわっている孝太郎を踏み付けにしようとしたが、その足を孝太郎は左手で受け止め、彼を地面の上に押し倒す。
そして、今度こそ氷上の首元に刀の刃先を突き付けていく。
「これで逆転だな。氷上……あそこに座っているお前の主人もろとも刑務所にぶち込んでやるぜ」
「何を考えているのか、知らんが……オレとあの人とは無関係だぜ。オレは単なる愉快犯よ」
「じゃあ、愉快犯がなんでそんなものを持っているんだ!?」
孝太郎は氷上が未だに右手で握って離さない仕込刀を左手の人差し指で指差す。
氷上はそれには答えない。続くのは沈黙。スタジオの中に無言の重圧が漂う。
孝太郎は小さく溜息を吐いて左手でポケットに隠し持っていた手錠を取り出す。
そして、氷上の右手を掴まえようとした時だ。突然、氷上の刀から冷気が漂う。一瞬、冷凍庫の中にでも迷い込んだのかと思うほどの風が孝太郎を刺していく。
同時に、倒れていた筈の氷上が怪しく笑う。
彼は素早くその場から起き上がり、そしてその冷気を纏わせた刀を用いて彼に斬りかかっていく。
孝太郎はとそれを刀を盾にして防いだが、氷上の使用した刀から漂う冷たい風に思わず手が震えてしまう。
おまけに寒さのためか、全身を大きく震わせてしまう。
ここで、寒さのために何もできない孝太郎の代わりにマリナが低い声で言う。
「やはり、あなたは使えましたね。冷気の魔法を……人々を次々と殺した冬の訪れ、すなわち死神の訪れを」
「あんたの前世の話とやらは信じていないが、その通り、今までお前らには隠していたがな。オレは使えるんだよ。地獄から伝わる黄泉の国の冷気をな」
「これはわたしの推測ですが……」
マリナ曰く魔法の原点というのは前世。すなわち、その人の生前に使用した魔法が現世にまで持ち込まれるという考えである。
だが、魔法の発見はつい最近の筈。その考えは相応しくない。
だが、この時に孝太郎は思い出す。自身が体験した明治の初頭での出来事を。
(そうか、魔法が発見されたのがあくまでも近代であるだけ……そうでなければ、あの妖魔術や印術の類が分からねぇ)
勿論、これも孝太郎の稚拙な妄想に過ぎない。だが、充分に考えられる事ではないか。
19世紀以降の化学技術の発展に伴い、魔法を隠していたとすれば発見され、認められる様に検証されたのがつい最近でもおかしくはない。
勿論、これはあくまでも推測。創造の産物に過ぎない。
それよりも、考えるのはそんな事ではなく目の前で氷の刀を持つあの男の対処だろう。
孝太郎は何とか、自身の魔法で氷上を倒せないかを思案していく。
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