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第七部『エイジェント・オブ・クリミナル』
終わるのはお前か、オレかーその16
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氷上麗央はほうほうの体で国際会館を抜け出し、近くの隠れ家となっているホテルの一室でやけ酒を起こす。
ホテルの部屋は数人で泊まれるくらいには広々としており、実際に昨日までは三人の男と一人の女で過ごしていた。
真っ白な飾りの無いシンプルな冷蔵庫。部屋の中央に置かれた薄型のテレビ。
そして、部屋の真ん中に置かれた眠り心地の良さそうな羽毛をふんだんに使用したと思われるフカフカのベッド。
だが、こんな状況では眠る気にもなれない。やむを得ずに氷上はベッドの向かい側に存在した広々としており、上にはホテルのアメニティが部屋の景観を崩す事なく設置されたカウンターテーブルの前。その前に設置された座り心地の良い背もたれの付いた椅子から立ち上がって千鳥足で冷蔵庫へと向かう。
三本目のビール瓶に突入した所で彼は肩を置かれて背後を振り向く。
そこには百目竜の幹部、扈三娘の姿。彼女はこの世の終わりとばかりの表情を浮かべる氷上とは異なり、希望に満ち溢れた表情で高潔なオーラを身に纏いながら彼に向かって笑い掛ける。
「その様子だと失敗したみたいね?」
ホテルの机の上でうつ伏せになり、酒を飲みながら泣く氷上への一言がそれ。
彼は無神経な一言を聞くなり、今は机の横に置いてある仕込刀を手に取りたい衝動に駆られていく。
だが、教祖のために必死に腕を押さえて無礼な言葉を発するマフィアの女へと向き合う。
「なんだよ。悪いかよ?あんたの部下の袁高俅も、松根陽一郎もみんな死んでしまったんだぞ、奴らがオレを教団の関係者と知ったら、教団は今度こそ終わり……あんたの組織だって無関係じゃあすまねぇぞ」
それを聞くと、扈三娘は口元に微かな笑みを浮かべて、
「そうね、ウチのボスの入れ込み様は異常よ。まるで、今まで孤独で女性を知らずにひたすら貯金だけをしてきた金持ちの老人がたまたま街か何処かで出会った若い女に金を騙し取られている姿を見ているみたいだわ」
扈三娘の比喩表現に氷上は思わず苦笑してしまう。と、言うのも彼の上司である太った男の入れ込み様は出家信者よりも熱心であると言っても良いからだ。
出先のホテルの部屋にさえもバプテスト・アナベル教の御神体であるアナベル人形や教義を唱える姿は本島の教団でも少ない。
加えて、彼の中や組織内においては大樹寺雫並びにバプテスト・アナベル教の教えは自身よりも偉いらしく、教義を非難した部下には容赦のない制裁が待っているという。
最初の白の粛清以来、その数は増していく一方。だが、それでもクーデターを起こされないのは呂蔡京ことニコラス=呂の魔法があまりにも強大であるからだという。
扈三娘は酒が回ったためか、頭を回した氷上を置いて冷蔵庫に入っていたビール缶を取り出し、それをカウンターの上に置いていたグラスの中へと注いでいく。
彼女はその酒を一気に飲み干す。それでも、彼女の顔に酔いが回った様子は見えない。それどころか、彼は素面で言ってのけた。
「簡単だよ。次の計画なんて……」
「はっ、寝言は寝てから言えよ。第一、残った面子だけでどうして、テロをーー」
「お忘れ?私が国際犯罪シンジケート、百目竜のジャネット=扈だという事実を」
それを聞いて氷上はすっかりと素面へと戻っていく。ジャネット=扈。百目竜の幹部にして巨悪、ニコラス=呂の信頼する側近の一人。
そして、三年前に例の刑事のせいで大損害を被った九頭龍東日本総支部のリーダー、ラビニア =沙の知り合い。
扈は事態をようやく飲み込んだ氷上に今度は普通の笑顔を向けてカウンターの上に置かれていた氷上のグラスを手に取り、彼の手に持たせていく。
かくして、ロシアの大司教、マリヤ・カレニーナを始末するための第二の作戦を考案していくのであった。
「あたしの孫は大樹寺に殺されました!これは確信を持って言えます!あたしはあいつが事件に関与していないなんて考えられないです!」
半年前の大樹寺の爆破テロで孫を失った老婆がテレビカメラの前で涙ながらに訴えかける姿はお茶の間の人々の同情の涙を誘っていく。それに加えて人々を反バプテスト・アナベルへと駆り立てたのはその後のマリヤの姿。
長い金髪をたなびかせた白い聖堂服の美女は老婆を無言で抱き締めて彼女に訴えに答えたのだ。
テレビカメラの前で彼女は一斎の悪を許さんと言わんばかりの表情を浮かべて、胸に手を当てながら叫ぶ。
「皆さん!聞こえましたか!?カルトにより引き裂かれた人々の無念をッ!この様な人々の大切な人を奪うのは常に悪魔の教えです!皆さん、どうか、この人を助けるための活動をお願いします!」
マリヤの訴えにより、被害者の会には多額の寄付金が集まり、教団のビッグ・トーキョー支部には連日、被害者の会と協力した人々が詰め掛けるという事態。
それが二日ばかり続いたある日の事。マリヤを、いや、市民を驚愕させる驚きの提案が教壇側から持ち掛けられた。
なんと、それは大樹寺雫とマリヤ・カレニーナによる討論を行わないかというものだ。
マリヤをこれを快諾し、翌日にテレビ討論会が開かれる事になった。
そして、当日、チクバテレビ内にて。
「絶対に奴は何かを仕掛けています!ですので、今回は討論を諦める事を提案します!」
「ミスター・中村。わたしが討論を断るわけには参りません。わたしはロシアから邪教に惑わされる人々を助けるためにやって来たのです。例え、あの女が何を仕掛けていたとしても屈するわけにはいきません!」
意志の強い表情。彼女こそまさしく『聖母』の二つ名に相応しい女性だ。
孝太郎はそれを聞くと黙った首を縦に動かす。そして、スタジオ内での彼女の護衛を二人に任せて自身は三人と共に討論会の前の扉の前で待機する。
孝太郎は討論が始まってからというものの片時も意識を抜いてはいない。背後の扉から聞こえる討論に耳を澄ませながら、いつ有事が起きても良い様に走る構えをしておき、目を鋭く光らせて辺りを見渡す。
だが、背後から耳を澄ませると聞こえる討論会の様子も捨ててはおけない。
背後から大樹寺の取り巻きが声を荒げる様が聞こえる。何とも耳心地の良い声だ。
孝太郎が笑っていると、その取り巻きの荒んだ声など吹き飛ばさんばかりの勢いで会場だけではなくこの建物全体に響かんばかりの大声が飛ぶ。声の主はマリヤ。
朧げではあるが、彼女はこう叫んでいた。
「あなたは独裁者よ!史上最悪のね!まるで、20世紀のあいつの生まれ変わりよ!」
「……それはあなたの憶測でしかありませんよね?大体、そんな証拠もない事を言って……こっちの風評被害になりかねない事を言うのは犯罪ですよ」
雫は用意されたホットティーを啜りながら澄ました顔で返す。
マリヤは声を震わせながら叫ぶ。
「信じられない!あなたはそれでも人間なの!?」
どうやら、会話の内容を聞いていると、感情が昂ったのはマリヤの方であったらしい。
優しい彼女であったからこそ大樹寺の振る舞いに我慢できなかったのかもしれない。
ホテルの部屋は数人で泊まれるくらいには広々としており、実際に昨日までは三人の男と一人の女で過ごしていた。
真っ白な飾りの無いシンプルな冷蔵庫。部屋の中央に置かれた薄型のテレビ。
そして、部屋の真ん中に置かれた眠り心地の良さそうな羽毛をふんだんに使用したと思われるフカフカのベッド。
だが、こんな状況では眠る気にもなれない。やむを得ずに氷上はベッドの向かい側に存在した広々としており、上にはホテルのアメニティが部屋の景観を崩す事なく設置されたカウンターテーブルの前。その前に設置された座り心地の良い背もたれの付いた椅子から立ち上がって千鳥足で冷蔵庫へと向かう。
三本目のビール瓶に突入した所で彼は肩を置かれて背後を振り向く。
そこには百目竜の幹部、扈三娘の姿。彼女はこの世の終わりとばかりの表情を浮かべる氷上とは異なり、希望に満ち溢れた表情で高潔なオーラを身に纏いながら彼に向かって笑い掛ける。
「その様子だと失敗したみたいね?」
ホテルの机の上でうつ伏せになり、酒を飲みながら泣く氷上への一言がそれ。
彼は無神経な一言を聞くなり、今は机の横に置いてある仕込刀を手に取りたい衝動に駆られていく。
だが、教祖のために必死に腕を押さえて無礼な言葉を発するマフィアの女へと向き合う。
「なんだよ。悪いかよ?あんたの部下の袁高俅も、松根陽一郎もみんな死んでしまったんだぞ、奴らがオレを教団の関係者と知ったら、教団は今度こそ終わり……あんたの組織だって無関係じゃあすまねぇぞ」
それを聞くと、扈三娘は口元に微かな笑みを浮かべて、
「そうね、ウチのボスの入れ込み様は異常よ。まるで、今まで孤独で女性を知らずにひたすら貯金だけをしてきた金持ちの老人がたまたま街か何処かで出会った若い女に金を騙し取られている姿を見ているみたいだわ」
扈三娘の比喩表現に氷上は思わず苦笑してしまう。と、言うのも彼の上司である太った男の入れ込み様は出家信者よりも熱心であると言っても良いからだ。
出先のホテルの部屋にさえもバプテスト・アナベル教の御神体であるアナベル人形や教義を唱える姿は本島の教団でも少ない。
加えて、彼の中や組織内においては大樹寺雫並びにバプテスト・アナベル教の教えは自身よりも偉いらしく、教義を非難した部下には容赦のない制裁が待っているという。
最初の白の粛清以来、その数は増していく一方。だが、それでもクーデターを起こされないのは呂蔡京ことニコラス=呂の魔法があまりにも強大であるからだという。
扈三娘は酒が回ったためか、頭を回した氷上を置いて冷蔵庫に入っていたビール缶を取り出し、それをカウンターの上に置いていたグラスの中へと注いでいく。
彼女はその酒を一気に飲み干す。それでも、彼女の顔に酔いが回った様子は見えない。それどころか、彼は素面で言ってのけた。
「簡単だよ。次の計画なんて……」
「はっ、寝言は寝てから言えよ。第一、残った面子だけでどうして、テロをーー」
「お忘れ?私が国際犯罪シンジケート、百目竜のジャネット=扈だという事実を」
それを聞いて氷上はすっかりと素面へと戻っていく。ジャネット=扈。百目竜の幹部にして巨悪、ニコラス=呂の信頼する側近の一人。
そして、三年前に例の刑事のせいで大損害を被った九頭龍東日本総支部のリーダー、ラビニア =沙の知り合い。
扈は事態をようやく飲み込んだ氷上に今度は普通の笑顔を向けてカウンターの上に置かれていた氷上のグラスを手に取り、彼の手に持たせていく。
かくして、ロシアの大司教、マリヤ・カレニーナを始末するための第二の作戦を考案していくのであった。
「あたしの孫は大樹寺に殺されました!これは確信を持って言えます!あたしはあいつが事件に関与していないなんて考えられないです!」
半年前の大樹寺の爆破テロで孫を失った老婆がテレビカメラの前で涙ながらに訴えかける姿はお茶の間の人々の同情の涙を誘っていく。それに加えて人々を反バプテスト・アナベルへと駆り立てたのはその後のマリヤの姿。
長い金髪をたなびかせた白い聖堂服の美女は老婆を無言で抱き締めて彼女に訴えに答えたのだ。
テレビカメラの前で彼女は一斎の悪を許さんと言わんばかりの表情を浮かべて、胸に手を当てながら叫ぶ。
「皆さん!聞こえましたか!?カルトにより引き裂かれた人々の無念をッ!この様な人々の大切な人を奪うのは常に悪魔の教えです!皆さん、どうか、この人を助けるための活動をお願いします!」
マリヤの訴えにより、被害者の会には多額の寄付金が集まり、教団のビッグ・トーキョー支部には連日、被害者の会と協力した人々が詰め掛けるという事態。
それが二日ばかり続いたある日の事。マリヤを、いや、市民を驚愕させる驚きの提案が教壇側から持ち掛けられた。
なんと、それは大樹寺雫とマリヤ・カレニーナによる討論を行わないかというものだ。
マリヤをこれを快諾し、翌日にテレビ討論会が開かれる事になった。
そして、当日、チクバテレビ内にて。
「絶対に奴は何かを仕掛けています!ですので、今回は討論を諦める事を提案します!」
「ミスター・中村。わたしが討論を断るわけには参りません。わたしはロシアから邪教に惑わされる人々を助けるためにやって来たのです。例え、あの女が何を仕掛けていたとしても屈するわけにはいきません!」
意志の強い表情。彼女こそまさしく『聖母』の二つ名に相応しい女性だ。
孝太郎はそれを聞くと黙った首を縦に動かす。そして、スタジオ内での彼女の護衛を二人に任せて自身は三人と共に討論会の前の扉の前で待機する。
孝太郎は討論が始まってからというものの片時も意識を抜いてはいない。背後の扉から聞こえる討論に耳を澄ませながら、いつ有事が起きても良い様に走る構えをしておき、目を鋭く光らせて辺りを見渡す。
だが、背後から耳を澄ませると聞こえる討論会の様子も捨ててはおけない。
背後から大樹寺の取り巻きが声を荒げる様が聞こえる。何とも耳心地の良い声だ。
孝太郎が笑っていると、その取り巻きの荒んだ声など吹き飛ばさんばかりの勢いで会場だけではなくこの建物全体に響かんばかりの大声が飛ぶ。声の主はマリヤ。
朧げではあるが、彼女はこう叫んでいた。
「あなたは独裁者よ!史上最悪のね!まるで、20世紀のあいつの生まれ変わりよ!」
「……それはあなたの憶測でしかありませんよね?大体、そんな証拠もない事を言って……こっちの風評被害になりかねない事を言うのは犯罪ですよ」
雫は用意されたホットティーを啜りながら澄ました顔で返す。
マリヤは声を震わせながら叫ぶ。
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