魔法刑事たちの事件簿R(リターンズ)

アンジェロ岩井

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第七部『エイジェント・オブ・クリミナル』

終わるのはお前か、オレかーその14

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孝太郎は両足をふらつかせながらも氷上へと向かっていくが、彼はそんな孝太郎をせせら笑うかの如く絵里子から刀を離した後に余裕のある表情を浮かべて、側面から仕込刀を突き立てていく。
孝太郎は脇腹を刺されたためか、大きな声を上げて地面の上を転がっていく。
地面の上を転がった孝太郎は自分の脇腹から血が溢れ出ている事に気が付く。滝の様な勢いでドクドクと溢れ出る血は姉が近付きでもしない限りは治すのは不可能だろう。
だが、この状態で姉を頼りたくはない。自分が姉に助けを縋り付いた瞬間にあの外道は即座に姉に標的を定めてあの嫌らしい刀を突き立てるに違いない。
孝太郎は左手を使って左の脇腹を抑えて少しでも血が出ない様に試みる。だが、完全な止血はそれで止まるものではない。脇腹を抑える手に生温かいものが伝わっていく。
これが生きているという証には違いない。少なくとも、孝太郎は自身が倒れない理由はそれだと思わされた。手で脇腹を押さえるたびに脇腹が痛む。
当たり前だ。意識を失わないためにわざとそうしているのだから。孝太郎は何とか足の力だけで起き上がり、左手を抑え、右手で刀を持つという状況で氷上を迎え撃つ手筈を整えていく。
あの男は余裕ぶった嫌らしい表情を浮かべて孝太郎の末路を予想しているに違いない。
奴の好き放題などにさせてはならない。それだけが孝太郎を動かす要因。
けれども、肝心の動きが付いてこないのでは意味がない。あっという間に足を取られて今度は喉の上に仕込刀の先を突き立てられてしまう。
「勝負あったな。刑事さん」
「……確かに、テメェの様なクソ野郎に殺されるのは癪だが……」
孝太郎はそう言って今にも駆け寄りそうな姉を目で静止する。それを見ると姉はバツの悪そうな顔を浮かべて周りを囲む警官や警備員たちの中へと引っ込む。
孝太郎は真っ白になりそうな頭を必死に抑えて正気を保ちながら、相手に向かって言葉を返す。
「おい、オレを殺すんじゃあないのか?さっさとやれよ」
「殺すなんて下賤な言い方はやめてもらおうか、我々はあんたを人形に捧げるんだ」
氷上麗央曰く『人形に捧げる』という言葉の根幹は神への奴隷提供であり、同時にその人を現世にてこれ以上の悪徳を積ませる前に神へと捧げ、以後は信仰の対象となるアナベル人形に乗り移った人々を崇拝するという教団独自の隠語であった。
何が『人形に捧げる』だ。やっている事は宇宙究明学会と同じ。
結局の所は人殺しではないか。孝太郎はそんな捨て台詞を吐く代わりに、いつまでも得意そうな顔で校章ぶった演説を繰り出す氷上に向かって唾を吐いてやる。
決して上品なやり方ではない。が、少なくとも彼を怒らせるという点では最も効果的なやり方である。
現に氷上は顔を歪めて躊躇う事なく両手で孝太郎の喉元に向かって刀を突き刺そうとしていた。
孝太郎の真下から見える場所にキラリと妖しく光る刀身が映る。どうやら、自分の最期はここで終わるらしい。
孝太郎が覚悟を決めて両目を瞑ると、彼の目蓋の下を通り過ぎていくのはこれまでの人生の集大成。即ち走馬灯。
幼少期から今、現在に至るまでの記憶。それが孝太郎の目蓋の下を、そして脳裏を過っていく。
人が走馬灯を見るのは無意識のうちに助かる方法を探しているからだと言われている。
だが、思い浮かぶのはそれとは縁もゆかりもない記憶。
思わず苦笑しかけていると、背後に鋭
く輝くものが見えた事に気が付く。
同時に彼の意識の中から走馬灯は飛び散り、次に彼の聴覚と視覚とに大きな悲鳴を上げる氷上の姿が浮かぶ。
氷上は咄嗟に孝太郎の上から離れて、背後から現れた人物を睨む。
「だ、誰だ!?オレを殺そうとしたのは!?」
「あたしだよ。あんたの仲間の桜井を追い詰めた石井聡子。本名、竜堂寺京子……あんたしらねぇのか?」
「ば、バカな!?あんたは松根の奴を相手にしている筈だろう!?」
氷上の上擦った声が響く。どうやら、相当に混乱しているらしい。動揺する氷上とは対照的に聡子は手に持った刀の刀身の先端を突き付けながら答える。
「松根とかいうおっさんはあたしとマリナの護衛で片付けたよ。んで、この国際会館を荒らし回る賊を捕まえるためにここにやって来たってわけさ」
彼女は話の途中で背後に伸ばした刀を肩の近くで弄びながら余裕のある顔で告げる。
そして、もう一度、刀を正面に持ってきて、それを突き付けながら告げる。
「氷上とか言ったな?随分と孝太郎さんを痛ぶってくれたみてーじゃねぇか、しかも戦いの途中から脇に入って攻撃するなんてな。戦士の風上にも置けねー奴だ」
聡子のあからさまな挑発が続く。氷上は手にした仕込刀を強く握り締めながら聡子を睨む。
もし、自分がここで挑発に乗り、聡子へと斬りかかってしまえば真下で倒れている刑事を始末する機会は永遠に失われてしまうだろう。
それだけは避けなくてはなるまい。だが、ここで孝太郎を始末すればあの女は挑発など即座にやめ、魔法を作動させる間も無く自分を斬り殺す事は確定。
どうすれば良い。二兎を追うものは一兎も得ずになる事だけは避けたい。
氷上は自身の生命を優先させ、孝太郎の元から離れて魔法を使用して聡子の懐へと飛び込む。
咄嗟の攻撃であったが、青い髪のボブショートの女性は難なく防ぐ。
何なら、嘲笑う様な表情さえ見せていた。
氷上が刀を振るう度に、彼女も刀を振るって効果を相殺していく。
金属音と金属音とが互いにぶつかり合い、それは即ち先程、袁高俅と中村孝太郎とが繰り広げたチャンバラ劇の再現。
だが、聡子は孝太郎と同様か、或いは彼以上に剣を扱い慣れている。キンキンという音を少しばかり立てた後に聡子は素人剣士の仕込刀を弾く。
彼の握っていた仕込刀は空中で大きく旋回し、会場内にて無数の風を切ってから地面の上を滑り落ちていく。
重い音が響いた後に、彼は目の前で刀を持っている小柄な女刑事の恐ろしさに気が付く。
彼女は剣先を突き立てながら、氷上に向かって言った。
「あんた、まだ死にたくはねぇだろ?悪い事は言わないから、自首しな。今回のテロに大樹寺の関わっている証拠を吐けば死刑から無期懲役くらいには減刑されるだろうな」
冗談ではない。自分が教祖を裏切れるものか。
氷上は武器保存ウェポン・セーブからもう一度、刀を、今度は仕込刀ではなく本格的な日本刀を取り出して告げる。
「オレが我がご主人様マイ・マスターを裏切れるものか、ここまで来れば、使いたくはなかったが、オレの切り札を見せてやろう」
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