魔法刑事たちの事件簿R(リターンズ)

アンジェロ岩井

文字の大きさ
上 下
330 / 365
第七部『エイジェント・オブ・クリミナル』

終わるのはお前か、オレかーその⑩

しおりを挟む
「待て!この野郎!」
孝太郎は突然、袁高俅が戦意を失い、背中を向けて走り去ったので、刀から拳銃へと持ち替えて彼を追いかけていく。
東京国際会館の球形の会場の中を追う中で、やがて待機を命じた聡子を除く仲間たちや他の警察官や警備員と合流して彼の元に追い付く。
もう一人、暴れている男がいるらしいので全員とはいかなかったが、それでもかなりの数ではある。
この調子ならばあの男を始末する事など造作もないだろう。
孝太郎はそう考えて手に持っていた自動拳銃の銃口を向ける。だが、警察官や警備員に包囲されても、孝太郎から銃を向けられても尚、彼は動じる気配は見せない。
いや、それどころか、彼は高笑いを始めていく。狂ったような笑み。その比喩が今の彼を表すのに一番似つかわしい。
どうして、彼はこんな状況であるのに笑っていられるのだろうか。
孝太郎の頬を冷たい風が触っていく。妙に冷たい風は孝太郎の頬の気温を少しばかり下げると同時に、彼が袁に向けていた銃さえも下させてしまう。
何故かは分からない。ただ、恐ろしい予感だけが彼の脳裏に疼く。
袁は孝太郎が銃を下ろす姿を目撃したに違いない。彼はそれを合図に再び青龍刀を構えて孝太郎の元へと突っ込む。
その最中に孝太郎の周りにいた警備員や警察官。或いは少し出遅れて孝太郎自身も拳銃を構えたが、男は意に会する事なく拳銃を構えた面々を時代遅れの武器で襲撃していく。
しかも、その勢いと斬撃は通常の剣のそれとは大きく異なった。彼が右手に持つ日本刀に比べれば小さな刀は咄嗟に刀を出す暇さえも与えずにまるでプリンを包丁で跳ね飛ばすかの様にあっさりと人の首を跳ね続けていく。
廊下や天井に首を胴と強制的に別れさせた事により、別れた箇所から赤い液体が飛び散っていく。滝の様に勢いよく流れ出た複数人の赤い液体のために、辺りはまるで赤い汁の出る果物を汚く食い散らかした時の様に赤い汁が点になって飛んでいく。
いや、下手をすれば雨が降った時に道端に出来る水溜りがそのまま赤い色に置き換わった時の様なものが廊下の上に生成されていく。
日本ではあり得ない残酷な光景。孝太郎は惨劇の渦中にいながら、かつて見た大昔のマフィアを扱った映画の事を思い出す。
あの映画でマフィアの制裁により、血を流した市民たちの姿。
だが、今、自分の仲間や警備の面々から血が流れ出ているという事実は未だに孝太郎の中では受け止められない事実。
日本でしかも、24世紀という魔法も科学も共に発展したこの時代にそんな前時代的な虐殺が事が起きたとは到底信じられない。
だが、目の前に起きている事は空想でもなければ夢でもない。ましてや魔法を見せられているわけでもない。
それは孝太郎の頬に飛び掛かった温かく赤い人間の証拠が教えてくれていた。
ならば、自分は死んでいった仲間のために何をするべきだろう。いや、何をするのは既に明白ではないのか。
孝太郎は時に拳銃を放つ前に、時に拳銃を放とうとする警備員や警察官の人差し指を落とし、悲鳴を上げる彼らを情け容赦なく跳ね飛ばすあの男を止める事が先決だと考えた。
孝太郎は異空間の武器庫から刀を取り出す。先程までは違和感もなく握れていた刀が今はやけに重く感じてしまう。
プレッシャーという奴だろうか。それとも、上手く出来なかった時の不安の重圧に押し潰されているとでも言いたいのだろうか。
まだ、始まってすらいないのに。孝太郎は両手で刀を強く握って未だに虐殺を続ける袁に向かって大きく刀を振っていく。
当初こそ孝太郎の接近に気付けなかった袁であったが、刀が目の前にまで振りかぶられるのと同時に慌てて青龍刀を戻し、それを盾にして刀を防ぐ。
両者の刃と刃がぶつかり、打ち合っていく。その際に金属同士がぶつかる独特の音が響き、それを合図にそれまで詰め寄っていた警官や警備員たちはその場を離れて少しばかり安全な場所で距離を保ちながら、両者の戦いを見守っていく。
「さてと、中村孝太郎くんだったな。あの時の続きをしたいんだろ?奇遇だったな。オレもそう思っていたところさ、あんな雑魚どもばかり殺し飽きてたところなんでな!」
「生憎だが、オレはお前を殺すつもりはないぜ、お前が警察官を殺した罪はちゃんと生きて償ってもらうからな!」
「ふん、馬鹿なのか!こんな殺し合いの最中にそんな甘い事を言うとは思わなんだぞ!」
孝太郎のポリシーとも呼べる言葉をあっさりと否定した袁高俅。いや、彼の場合は……。
孝太郎は先程、ポリシーを否定された屈辱からか、彼自身に纏わる重要な単語。急に今、思い出した言葉を大きな声で叫ぶ。
「馬鹿じゃあないぞ、エドガー=袁!!」
孝太郎の口から彼の国際指名手配名が飛んだ瞬間にエドガー=袁こと袁高俅の表情に明らかな焦りの感情が垣間見えた。
口から動揺の言葉が出ないのは口に発すれば今以上に体が動揺してしまうからだろう。
内心では『ヤバい』という様な言葉を使いたいに違いない。いや、使いたい衝動をギリギリで抑えているには違いない。
孝太郎はこの好機を逃す事なく彼の元へと踏み込む。
この一歩は大きい。彼の斜め下から刀を振り上げていく。
勿論、狙うのは腹だけ。心臓までは斬るつもりはない。
そんな孝太郎の攻撃の真意を察したのだろう。彼は青龍刀を用いて孝太郎の刀を弾く。
そして、その勢いに乗り、彼の首元に青龍刀を突き付ける。
「……何処からオレの情報を仕入れた?」
孝太郎は答えない。その問いに答えれば即座に首を飛ばされるのが分かっているから。だが、それでも彼は執拗に尋ねていく。
「何処からエドガー=袁の情報を仕入れた?答えろ!」
執拗に迫る彼の目には狂気が存在する。もし、ここで答えなければ彼は何の躊躇いもなく自身の首を跳ね飛ばすだろう。
孝太郎の首を冷や汗が伝っていく。
だが、どのみち殺されるのなら吐かない方が得策かもしれない。
「……誰が教えてやるものか、どうしても聞きたければ、オレを離してお前の魔法の情報を教えろ」
これは嘘ではない。孝太郎の本音。心の底からの訴え。それを聞いた袁はギリギリと歯を鳴らしていく。
恐らく、今頃どうしようかと真剣に悩んでいるに違いない。
折角、得た好機を手放し、使用している魔法の事を教えるか、はたまたこのまま孝太郎の首を落としてしまうのかを。
孝太郎は悩むという隙が生じた彼の股間に対して思いっきりケリを喰らわせた。
常人の様に泣き叫んだりはしなかったものの、短い悲鳴を上げてその場に崩れてしまう。
孝太郎はそれを見計らってその場を離れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

処理中です...