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第七部『エイジェント・オブ・クリミナル』

終わるのはお前か、オレかーその⑦

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「我々は基本的に穏健策をこれまでに取ってきたと思われる。けれども、日本共和国政府はそんな我々の意思を踏み躙るかの様にマリヤ・カレニーナの来日を許可した。この意味が分かるよね?」
敬愛する教祖を囲む信者たちは一同に頷いていく。
特に教団内の過激派、松根陽一郎並びにさやか湊は憤慨し、机を叩いた上で怒りの感情を集まった幹部たちに向かって叫んでいく。
「政府のやる事は非道そのもの!我々は断固して戦うぞ!」
「その通り、我々は決して政府の圧力に屈したりはしない!必ずやマリヤ・カレニーナを抹殺してやろうではないか!」
その苗字には相応しくない程に男らしさを全開にした彩湊の言葉に何人かの幹部が同調して首を縦に頷いていく。
だが、当然ながら反論意見もある。今や教祖の侍女と化した幹部、藩金蓮は幕末期の尊王攘夷論者の様に憤る両者を宥め、強硬策への反論を述べていく。
「落ち着いてください。そもそも、我々の信仰はその様なロシアの司教一人だけで揺らぐものなのでしょうか?我々の信仰は海よりも深く、山よりも高い筈……そんな人物一人に引っ掻き回される様では聖戦の遂行は可能なのでしょうか?」
「何を言う!藩金蓮!あの司教は我々のロシアでの布教を妨害しているのだ!」
「その通り!ある意味、奴も聖戦を妨害する敵!放っておく通りはあるまい!」
両者が憤るのと同時に、それまでは大樹寺を守るために彼女の背後に控えていた騎士エリカは円卓の机の中央、教祖が座る席の前に自身が下げていた剣を置き、彼女の前に跪く。
我がご主人様マイ・マスター。どうか、早くご決断を……我々はあなた様のご命令に従うだけです」
その言葉を聞いて藩金蓮も兜を脱いだのか、わざわざ隣の席を降りて彼女の前に跪く。
同時に集まった幹部たちから聖戦の意思を叫ぶ声が聞こえて、たちまちのうちに部屋の中を埋め尽くしていく。
理性を失った幹部たちの様子を見て雫は彼ら彼女らに見えない様に口元を緩める。
これだけの賛成があるのならば、また、テロを起こしても彼ら彼女らが自身の罪を被ってくれるだろう。
他にも、あの目障りな刑事の目をトライアングル・コネクションから逸らす事ができるだろう。
雫はニヤけた口元から、いつもの仏頂面に戻してたった一言小さな声で告げる。
「聖戦は始まった」
その声に幹部たちは今度こそ沸き立つ。賛同の拳と共に賛同の意思が彼女に向かって投げ付けられていく。
だが、この時、エリカ・スカーレットだけが跪きながらも、幹部の中でただ一人、大樹寺の笑みに気が付き、睨んでいた事は知られていない。
会議が終わるのと同時に、彼女は大樹寺に付き従い護衛として彼女の部屋にまで同伴する。
贅を尽くした一流ホテルの一室の様な部屋の扉を閉めるのと同時に、彼女は扉の前に立ち、密かに隠し持っていた携帯端末を取り出す。
彼女はそれに連絡アプリを作動させる。彼女の扱う連絡アプリは一般の人間が使う様なものではない。それならば、教団の人間やマフィアの人間にすぐにでも探知されてしまう。
万が一にでも端末を覗かれれたり、席を外した間に端末を作動させられれば終わりだ。
なので、彼女の使う通話アプリは咄嗟の状況にも対応できる様に端末の端をタップするだけで、ダミーの通話記録が表示される事になっている。
また、彼女以外の人間の指紋を探知すると、すぐにコンピューターが防衛装置を作動させ、ダミーの通話記録へと変えるのだ。
また、常にコンピューターウィルスをブロックするバスター装置がこの端末に内蔵されているため、彼女の所属する敵対組織に端末が乗っ取られる可能性は従来の端末に比較して極めて低い。
彼女は会議で得た情報をニューヨークの本部に送り、マリヤ・カレニーナの危機を伝える。
ニューヨークの本部は彼女の情報を取り入れて日本に応援を向かわせる旨を彼女の端末へと送る。
これでマリヤ・カレニーナは無事である筈だ。これで、竹宮慎太郎が無事であったのならば良かったのに。
彼女は自身の秘密を守るために竹宮には正体を明かしてはいない。
そのため、彼の死により自身の正体がバレる心配もない。
それを踏まえたとしても彼は訴えかけるかもしれない。何故、助けてくれなかったのかと。
仕方ないのだ。自分がCIA職員としてやっていくためには。
彼女は自身が熱演するカルト教団の女帝を守る騎士の役割から一度抜け出し、壁を背に安全を保ちながらスパイをする本来の自分へと戻っていく。
エリカ・スカーレットはCIAにおける潜入のプロだった。彼女の演技は演技を超え、任務の度にもう一人の自分を作り上げ、自分でも時たま自分の正体が分からなくなる程のものを。
だが、かつてあの男にだけはその正体を見抜かれていた。そう、世界皇帝を自称するシリウス・A・ペンドラゴンには。
あの時はどうやってやり過ごしたのだろう。
ハッキリとは覚えていない。エリカは端末を閉じ、情報を送ると、安堵の溜息を吐き出す。
そして、もう一度『騎士』の人格を被り、端末をしまって扉の前の見張りについた。











「ユニオン帝国からあなた様の護衛に参りました。ジャニック・パーカーと言います。以後、お見知り置きを」
ジャニック・パーカーはCIA職員であり、同時にエリカの同僚であった。
彼は本国からマリヤの護衛として同行したイベリヤ・ポポフに対して大勢のマスコミのカメラが光る前で手を差し伸べる。
イベリヤの方が身長が彼よりも数センチ低いためか、遠目から見れば少しばかり見劣りする様な気がするが、決してそんな事はない。むしろ、イベリヤの方が体格は立派であったし、彼の顔全体から感じる冷酷な殺し屋の様なオーラはその体格差を補う程のものであった。
両者が固い握手を交わし、共にビッグ・トーキョーの会館へと向かおうとした時だ。
入り口から彼女の周りに集まった大勢のマスコミを掻き分け、一人の赤い肌の青年と三人の若い女性が姿を表す。
赤い肌の青年はリーダー格であるらしく、マリヤの前で頭を下げてから一言、告げる。
「日本においてあなたの護衛を担当させて頂く白籠署の中村孝太郎です。よろしくお願いします」
深々と頭を下げる孝太郎を見てジャニックは苦笑を、イベリアは孝太郎を殺さんばかりの表情を浮かべていく。
いずれにしろ、歓迎された存在ではないらしい。孝太郎はそう察した。
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