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第七部『エイジェント・オブ・クリミナル』

終わるのはお前か、オレかーその②

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「おい、おいおい、おい、あんた随分と卑怯な手を使うじゃあねぇか、よもや聖戦とやらを行うはずの戦士様がこんな卑劣な手段を取るとはあたしゃ、思いもしなかったね」
聡子は刀で貢の包丁を防ぎながら怒鳴り掛ける。
だが、彼はそんな事は意に返さなかったらしい。
彼はクックッと笑いながら、聡子の持つ刀に両手で持っている包丁を使って斬りかかっていく。
男が両手に持つ包丁が勢いよく振り下ろされた際に聡子の刀を持つ手が大きく痺れた事に気が付く。
何という力だろう。男はこのままカマキリか、宮本武蔵の様に両手に持っている刃物で自分を殺すつもりではないのだろうか。
聡子が冷や汗をかくと、突然、包丁を携えていた貢が包丁を離し、慌てて背後へと向かう。
聡子がそれをぼんやりと眺めていると、不意に頭の上に右手を置かれて無理矢理地面の上に屈服させられてしまう。
聡子は無論、抗議の声を上げようとしたが、それすら言う間もなくレーザーガンから光線が発せられる音が聞こえた。
短くて耳を済まさなければ聞こえないほどの銃声が聞こえたと同時に、背後の壁が粉々に砕けていく。
その音を聞いたのか、鳴き声を上げる幼い子供二人。
絵里子はレーザーガンを地面に落とし、慌てて子供の前へと駆け寄ろうとするが、聡子は慌てて立ち上がり、その彼女の前に刀を突き付けて止める。
「……聡子、あなた」
「絵里子さん。頭の良いあんたにしちゃあ、あんまり良い手段とは言えねぇな。まさか、こんな愚かな手段を取ってしまうなんて……想像もしなかったよ」
「ごめんなさい。けど、あの子たちを助けたくて……」
「気持ちは分かる。けど、ここはあたしに任せてくれねーかな?あの卑怯者はあたしがこの手で地獄に落としてやるさ」
それを聞いた絵里子が大きく目を見開く。かつてここまで大きく見開いかと思う程に。
聡子はもしかしたら、その時の目を当分は忘れないだろうと思う程の衝撃を受けて見つめていた。
彼女は動揺する聡子の肩を掴んで厳しい声で告げる。
「駄目よ。殺人だけは……必ず法の元に引き渡す……それが刑事のやり方でしょ?」
「言いたい事は分かります」
絵里子と聡子は予想外の発言を聞いて思わず背後を振り向く。
普段ならば、あまり動揺しないチーム内の計算係が拳を強く震わせながら二人を引き付けた言葉の続きを述べていく。
「けど!今回の事件に関わっているのはあたしの子供なんです!もし、あいつがあたしの子供に少しでも危害を加えたら……その時は……その時はッ!」
冷静な筈の計算係は怒りの炎を宿した両目で両手に包丁を持った男に向かって叫ぶ。
「その時は容赦しませんッ!必ず奴を地獄に叩き落としてやるッ!止めないでくださいね、絵里子さん」
明美の鋭い視線で睨まれたのならば、絵里子も逆らい様がないらしい。
絵里子は黙って手に持っていたレーザーガンを彼女に手渡す。
聡子はそれを見届けると、家の奥へと逃げた桜井貢を追っていく。
部屋の奥で包丁を持ったままニヤニヤと笑う薄気味の悪い男は聡子が迫って来るのを見届けると、彼女が真上から振り上げた刀を手に持っている二本の包丁を合わせて防ぐ。
刀と包丁とが火花を散らしていくが、次第に上から振りかぶってくる刀の刃が包丁を押していくと、貢の顔に焦りが見え始めた。
聡子はこのまま頭に刀の刃を叩き込むのも辞さない姿勢で臨む。
なので、単純な物量の勝負では躊躇いがないため両者の実力は互角と言えたかもしれない。
だが、貢は自身の魔法を使用して窮地を脱する。
彼は一旦、包丁で刀を押し返すと左手に持っているそれを地面の上に落とす。
そして、すかさず聡子に向かって左手の掌を広げてみせる。
同時に、聡子は大きな悲鳴を上げて地面の上に突っ伏していく。
「グァァァァ、畜生!痛てぇ!こいつはなんだ!?」
「教える義理はないが、まぁ、冥土の土産に教えてやるよ。あんたが今、感じているのは痛覚だ」
「痛覚?」
聡子は痛む腹を抑えながら、倒れた自身を見下ろす貢を両目で強く睨みながら問う。
「そうだよ。痛覚。人間誰もが持っている『痛い』と思う感覚。それの痛覚が倍になり、ほんのそよ風にも反応する様になればどうなると思う?」
「耐えられないわ。体は言う事を聞かずにそのまま倒れちゃうでしょうね」
痛覚のためか、まともに答えられない聡子の代わりに答えた絵里子の回答を聞いて男は満足そうな表情を浮かべて首を縦に動かす。
「イェース!その通り、しかし、目の前で苦しむ生意気な刑事デカの顔を見ると、オレがぶっ殺した妻の事を思い出すぜ」
「……二年前の未解決事件ね。あの時、一番の容疑が掛かっていたのはあなただった」
絵里子は携帯端末を操作し、二年前の記事をホログラムという形で部屋の中に映し出す。
その記事を全員が確認したのを見ると、絵里子は黙ってそれを元に戻す。
貢はかつての記憶を思い出したのか、愉快な顔を浮かべて笑い、
「懐かしいなぁ。今でも覚えているぜ、あいつが金について問い正してきやがったのを」
桜井貢は思い起こす。自身は元から金遣いが荒い人間であり、尚且つ会社の同僚から勧められた宗教団体に入り、そこに多額の金を注いでいる事を。
貢の妻はそれを知り、激怒。一時期は離婚を言い渡したのだが……。
「黙れ、オレはお前と別れるつもりはない」
と、その一声で離婚の意見を封じ込め、代わりに彼女を殺害して彼女の死体を住宅の地下に埋める。
一軒家で良かった。彼がスコップを手に死体を埋めていると、たまたま出家の勧誘に教団幹部の吉田稔が訪れた。
彼は焦る桜井貢に向かって口元に微かな笑みを浮かべながら言った。
「慌てる事はないさ、この女は運が悪かったんだ。あんたには何の落ち度もない。ましてや死体が見つからなければその人間は行方不明者で押し通せる。後は我ら教団を頼ると良い。兄弟」
吉田稔はそう言うと半分、地面に埋まりかかっていた彼の妻の死体を彼と共に持って移動のために乗ってきた白いワゴン車のトランクへと彼女の遺体を詰め込む。
そして、彼と共に当時の教団本部を訪れ、その外れに死体を埋め込む。
ここまで来るのにはまさに完璧、鮮やかな手口。
桜井貢はあの時の事を生涯、忘れないだろう。そのためには目の前の敵を排除しなければなるまい。
自身の中にある教団への恩は未だに返してきれていないのだから。
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