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第七部『エイジェント・オブ・クリミナル』

ザ・テロリアンーその②

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『人間にとって愚かな事は信仰を捨てる事だ。人は必ず信仰を持って生きている。それはどの時代、どの国、どの民族にしろ同じ。人が信仰を捨てるというのは自身が生きる意味を捨てるのと同意義である』
ーー『神の正義』第一章、13ページ、第15節より。












エリカは地面の上に倒れながらも、まだ生きようともがいていた。それでも、彼女の意思とは関係なしに腹から溢れる血は止まらない。ドクドクと脈を打ち、生暖かい赤色の液体が取り止めもなく流れていく。
地面の上を這い、土を掴む姿を見て慶三は嘲笑う。それだけではない。彼は地面の上の彼女の手の甲を足で踏む。
痛ぶるように足を左右に動かしながら、エリカを見下ろす。
エリカは反論もできずにただ薄れゆく意識の中、重く閉ざされようとした目蓋を懸命に開け、自分を嘲笑うテロリストを睨んでいた。
このまま死ぬのかと思われた時だ。突然、彼女の前に光り輝く天使の姿が見えた。天使は白い短衣を身に纏い、慈愛の微笑みを浮かべてエリカの頭を撫でていく。
そして、もう一度、薄れゆく意識の中で天使の顔を見つめる。そこで彼女は言葉を失ってしまう。
何故ならば、その天使こそが教祖、大樹寺雫そのものであったから。
エリカは確信を得た。大樹寺雫こそがこの世界を救うために現れた救世主であり、現在の聖母なのだと。
エリカは尚更、ここで死ぬわけにはいかなくなった。彼女は懸命に意識を保ち、自分の手の甲を黒色のブーツで塗る男の足の手首を掴む。
彼女は慶三を地面の下に引き摺り下ろし、飛び掛かっていく。
突然の事で反応ができなかった右手の拳銃を奪い取り、彼が持っていた筈の拳銃を慶三自身に突き付ける。
「ま、待てよ、取り引きをしようじゃあないか、オレはお前たちを警察の手から逃がしてやろうじゃあないか、それだけじゃあない。中東における我々の仲間をお前たちに紹介しよう。悪い話ではない、だろ?」
エリカはみっともなく命乞いを始めた男を暫くの間、侮蔑の表情で見下ろしていたが、やがて大きく溜息を吐き、慶三の頭に向かって銃の引き金を引く。
乾いた音が一度鳴り響くのと同時に、彼の額から一筋の赤い蛇が這っていく。
その蛇はダラダラと服の上をつたっていき、しまいには足の辺りで途切れ途切れになってしまう。
ポタポタと洞窟の鍾乳石から垂れる水の様に地面の土の上に落ちていく。
「や、やった……我がご主人様マイ・マスター。これで、あなた様の敵は討ち倒しまし……」
エリカはたった一人の報告を終える間も無く地面の上に倒れ込む。
そこに怪我を治した孝太郎と絵里子の両名が駆け付ける。傷を治した孝太郎は唖然とした表情の姉に向かって叫ぶ。
「姉貴!頼む!治してやってくれ!」
「でも、彼女は教団の……」
「一応は一般人だ。助けなけりゃあいけない。俺たちは警察官だからな。目の前に倒れた人がいたのならば、自分や周りの人物が治癒魔法が使えるんなら、使う。使えなければ救急車を呼ぶ。刑事として警察官としてやるべき事はそうなんじゃあないのか?」
「そうね、ごめん、孝ちゃん」
絵里子は慌てて両手を地面の上に倒れたエリカの上に当てていく。
青白い光が発せられるのと同時に、エリカの傷が塞がっていく。
孝太郎はそれをじっと何もいう事なく見つめていた。








「まさか、慶三がやられちまうとは……」
「みたいだな!さっさとあんたも負けを認めちまいな!」
聡子は真上から大きく剣を振って、亀岡正嗣を攻撃する。
が、彼はそれを真上に構えて防ぐ。ここまではいつも通り。
だが、違うのはその先、聡子はそのまま光の剣の上に刀を重ね合わせたままにせずに、直ぐに刀を離し、今度は槍の様に突きの攻撃を喰らわせていく。
正嗣はそれを次々と光の剣で弾き飛ばしていく。
この男は中々のやり手らしい。聡子はこんな風に剣と刀とを交わし合う姿に思わず過去に観たテレビの時代劇の事を思い返してしまう。
「こうしてみると、石川五右衛門の映画のやつ思い出すなぁ~あたしは豊臣秀吉が悪く描かれているのが嫌で、最後の方しか見てないけどなぁ~」
「秀吉贔屓って事はあんたは関西出身かい?」
正嗣が光の剣を振り上げながら問う。聡子はそれを左斜めに構えた刀で防ぎながら返す。
「そうだよ、昔からあたしは太閤様が好きでねー。まぁ、その太閤様がただの泥棒なんぞにあっさりと斬られちゃったら、そりゃあ、嫌になるわな」
「オレは太閤様が大嫌いだぜ、あんな金儲け至上主義の奴なんぞ、我々にとっての敵でしかないからな。いいや、それだけじゃあない。オレは織田も徳川も嫌いだ。何よりも一番嫌いなのはーー」
と、ここで初めて光の剣が弾かれ、彼の目と鼻の先に刀の先が突き付けられる。
「オーブンでパンと一緒に温めたバターの様にお熱い演説をどうも、あんたの演説はちと、興味深かったけれど、あたしも仕事があるからねぇ。そんなに長々とは聞いてられねーんだわ」
刀の先が男の前で光る。男は思わず言葉を失うが、それでもクックっと笑って、聡子に向かって言う。
「いやぁ、確かに大した腕前だぁ、そのくらいの腕がありゃあ、十分に宮本武蔵を倒せるぜ」
「お褒めにお預かり、恐悦至極」
聡子は刀を離す事なく男の目の前で頭を下げてみせる。
「本当に大した奴だよ。あんたはオレたちの仲間にいりゃあな、今頃、理想の国を築き上げたのになぁ」
男は観念したのか、空を見上げていく。
その顔には何処か達観したものがあった。聡子がそれを見て少しだけ、微笑んだ時だ。
途端に彼は表情を変えて、
「だがなぁ、ちょいとばかし、腕の方に驕りがあったな!」
男はそう叫ぶと、武器保存ウェポン・セーブから一つの小さな筒を取り出す。
それを勢いよく振るうと、途端に筒から光の剣身が現れて聡子を襲っていく。
不味い。聡子は慌てて地面を蹴って後方に下がり、刀を横に構えて男が振るう二つの光の刃を防ぐ。
聡子は刀を持つ手の力を強めながら、目の前の相手を睨む。
「て、テメェ……」
「その通り、オレは持っていたんだ。ライトセイバーをな」
油断した。何も刀剣類を持っていないと思っていたのは聡子の思い込むであったらしい。
男は光の剣という武器を扱う魔法だから、他の刀剣類を持つ事はないという思い込みを利用したのだと知った。
いや、仮にそう考えたとしても魔法とは別に攻撃してくると思うだろう。
二本の光の剣を構える姿は古の剣豪、宮本武蔵の様だ。
彼は大きく刀を振るいながら勝ち誇った様に笑い始めていく。
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