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第七部『エイジェント・オブ・クリミナル』

海外支部の設立

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「ホワイト・ウルフが?」
大樹寺雫は自身の隣に座る腹心の部下、富高に向かって先程の情報を聞き返す。
「ええ、伊勢皇国の前の橋の上で殺されたそうです。恐るべき事に殺し屋トニー・クレメンテの手によって……ね」
富高の発した『トニー・クレメンテ』という言葉に雫は思わず背筋を凍らせてしまう。
かの有名の殺し屋がわざわざ日本を訪ねて殺したというのか。
そう言えば……。雫は三年前の昌原道明と警察とが揉めた一件を思い返す。
昌原が殺される直前には例の殺し屋が動いていた。もし、あの女が裏切れば、自分も……。
雫はそんな恐ろしい強迫観念に囚われたが、直ぐにその馬鹿げた考えを捨て去り、これから行う『外遊』に向けての意識を強めていく。
教祖様の人生初となる海外での布教は全てトライアングル・コネクションの協力者にして現在の雫の敬虔たる信徒たる二名の誘致によるなし得たものである。
200年前ならばいざ知らず、この24世紀の世の中に言語面で困る事などない。
雫はコネクションの工場の見学の傍に現地にてバプテスト・アナベル教の布教を行う事になっていた。
日本では雫の外遊を警戒する動きがあり、コンスタンスの部下が『ホワイト・ウルフ』の情報を流したのは彼女の部下なりの気遣いだったのだろう。
コンスタンスの部下が流してくれたお陰で雫は意図的に警察の目を逸らす事に成功したのだから、彼女としては感謝するより他にない。
雫は飛行機での旅の傍、その事を考えていた。
そして、空港に降り立ち、部下と共に出迎えに現れたコンスタンスに握手をしながら礼を言う。
彼女はそれを聞くとニコリと笑う。それから、雫と日本から連れてきた二人の側近とを車の中に乗せる。
車は彼女はあまり乗らない浮遊車スカイアップ・カーであり、中々に早い。思わずにもっと乗ってみようかと雫が思い直すほどに早かった。
浮遊車スカイアップ・カーは高層ビルの入り口に着き、自動扉が開くのと同時に、コンピューターがビルの前に敷かれた赤いカーペットの上へと雫を誘う。
雫は高層ビルの中に辿り着くのと同時に、コンスタンスの案内により巨大なエレベーターの中に通されていく。
エレベーターの中に入ると、彼女と彼女の側近は荷物を抱えたまま部屋へと案内される。
話によれば、ここは彼女のファミリー川所有する巨大ホテルであるらしい。
今晩の宿に最上階の広々とした部屋をあてがわれた三人は室内で今後の予定を話し合う。
それに、忘れてはならないのは演説の内容。
雫は他の二人にも悟られなように、携帯端末のメモ機能の中に今晩のうちに話す内容を記して頭の中に叩き込む。
やがて、最上階一杯に貼られた窓ガラスから夜の闇が差し込む頃に扉をノックする音が聞こえた。
どうやら、コンスタンスらしい。
三人は彼女の案内で、雫は大勢の人々が詰め掛ける一階の広間の部屋の中央に通される。
本当は大きい部屋なのだろうが、多くの人々が詰め掛けている事と部屋の随所随所に白いテーブルクロスの掛かったご馳走の載った長机が置かれている事から、あまり広そうには見えない。
パーティーの余興のような状況であり、中には懐疑的な人もいるのか、罵声が混じっている状況ではあり、気乗りはしなかったのだが、雫はそこで演説を行う。
その晩の演説には聖書からの引用に加え、歴史的人物の比喩も用いられた。
また、古来の優秀な民族と教団とを引き合いに出していく。
演説の最中にも罵声による妨害がなかったかと言えば嘘になるが、それでも雫の演説は粛々と続いていく。
徐々に罵声も収まり始めた折、彼女が24世紀の現在でもヨーロッパの大国となっているハプスブルク家を18世紀の時代に大国へと導いた女帝、マリア・テレジアとそのマリア女帝に導かれたオーストリアと現在のバプテスト・アナベル教の教団に重ね合わせるものが発せられた事を機に雫に浴びせられていた時にはとうとう罵声がやむ。
それどころか、観衆たちの熱意が理性という名の氷を溶かしていく。
集まった観衆たちは狭くて熱狂に包まれやすい場所に居た事もあり、賞賛の声を高めていく。
この演説を聞いて観衆たちは思い込む。
そして、意識の中で重ね合わせていく。大樹寺雫こそが24世紀のマリア・テレジアであり、自分たちがそれに導かれるオーストリアの民衆だと。
それを自覚するとそれまでよりも多くの賞賛が彼女に浴びせられていく。
中には皇帝に忠誠を誓うユニオン帝国の保守層の年寄りも混じっていたのだが、演説後には雫を手放しで称えていた。
会場のあちこちから発せられる観衆の言葉に耳を澄ませながら、雫は既に理性を失った観衆たちの理性をこの一言で完全に奪い取っていく。
「さぁ、戦おう!我々の聖戦を!神がそれを望んでおられるのだから!取り返そう!わたし達の自由を!」
人々は信じた。自分たちこそが現在のオーストリア軍だと。
聖地を取り返す勇敢なる騎士だと。
野蛮なる大王から人々を守らんと決意を示す女王と共に戦う現在のオーストリア騎士だと。
彼らはその思い込みを、一時の酔いを交えながら、ホテルの壇上の大樹寺雫へと握手を求めていく。
雫は笑顔で握手を受け止めていく。
その後はコンスタンスの意向でこの会場を利用しての立食パーティーが開かれたのだが、そこをも彼女は利用する。
彼女は信者一人一人の悩みを真摯に受け止め、それぞれに適切な助言を与えていく。
そこに異文化、異国の差を感じられず、そこにも人々は感動していく。
それを集まった人々が家族や友人や知人に勧めていく事になり、バプテスト・アナベル教はユニオン帝国への初上陸を上手く成し遂げる事に成功したのだった。
雫はその成功を胸に収めた後に、デトロイトの偽ブランド品の工場の見学を行う。
そして、飛行機で北京市へと向かう事になったのだが、その際にコンスタンスは雫にある人物を同行させる。
「エリカ・スカーレットです。彼女の両親は本家より勘当されていますが、代々よりスカーレット家は帝国騎士の叙任を受ける名家……必ずやあなた様のお役に立つ時が来るでしょう」
コンスタンスの言葉を聞くのと同時に、肩まで紅色の髪を伸ばした可憐な顔の若い女性が雫の前に跪く。
彼女は確かに騎士という名称が相応しい程の鋭い眼光を持っていた。
“女騎士”という名称がこれ程までに似つかわしい人物もいまい。
雫は彼女の風貌からそう感じ取った。
後は腰に剣さえ下げれば見誤る事のない騎士。
雫は彼女に向かって笑い掛ける。
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