魔法刑事たちの事件簿R(リターンズ)

アンジェロ岩井

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第七部『エイジェント・オブ・クリミナル』

大きなボスの叱責

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ニコラス=呂はホテルの部屋の中で自身が熱を入れて信仰する教団から敬愛する教祖自らの手で下賜されたアナベル人形を並べて思わず口元を歪める。
百目竜のボスであるニコラス=呂こと、呂蔡京は自らの棚に飾られた不気味なアナベル人形を愛でていると、扉を叩く音が聞こえ、部下と思われる黒い中華服を纏った中年の男が呂蔡京の借りている高層ホテルのスイートルームへと入室する。
蔡京はノックの音を聞くと、鼻を鳴らして無礼な訪問者を迎え入れる。
「何だ?私は敬愛する教祖から賜った人形を眺めている最中なのだ。邪魔をするな!」
「い、いえ、そういうわけにも参りません!老大、ご正気ですか!?我々のコネククションの利益の四割を教団に寄進するなんて……」
「やかましい!本当ならば、十割全て渡すところであったが、我が組織の維持のために六割は残してやったのだ!あのお方の教義は素晴らしい。お前たちも聞け」
部下の男が意見するのも無理はない。全体の四割という数字だ。『トライアングル・コネクション』で得た利益の四割が寄付に消えてしまう。
それを案じた部下の男は慌てて意見を具申に向かったのだ。
彼は部屋にいる男が大組織の老大ボスである事も忘れ、声を激昂して警告の言葉を叫ぶ。
「老大、お忘れですか!?我が国ではカルト教団の活躍が禁じられている事を!?今は政府も我々の行動に目を瞑ってくれていますが、彼らの取り分が減るとなると……」
住口黙れ!青二才!お前はあのお方の教義を知らんから、その様な事を言えるのだ!今後は彼らが貿易で得る利益とは別に我が教団から寄進する!そう決めたのだ!」
それを聞いた中年の男は何も言えずに扉を閉めて部屋を後にする。
中年の男、白高銭は長年、この組織に仕えた幹部であったが、老齢になり信頼する老大ボスが宗教狂いになるなど信じられない。
あの確固たる意思を持った呂蔡京が。
俺は大樹寺雫が憎い。高銭は拳に爪を食い込ませながら、今夜、教祖と共に会う予定の日本のカルト教団の教祖への憎悪を募らせていく。
暫くはボスを放っておこう。そして、項羽が漢の高祖にやった様に、或いは劉備の部下、孔明が三国志演義の中でそれを意識した暗殺計画を密かに魏延に指示を出した様に。
白高銭は懐の中に護身用の小型ピストルがある事を確認し、思わず冷や汗を流す。
今宵、開かられる宴の最中に呂蔡京を酒に酔わせて潰させた後に、未成年で酒の飲めない大樹寺雫をこのピストルで撃ち殺す。
実に簡単で単純な暗殺計画だ。孔明や項羽のやり方には劣るが、それでも構わない。
古代中国の軍隊や組織とは違い、あのカルト教団は教祖の一枚岩の上に立つ脆いもの。
自分の命と引き換えにでも教祖を撃ち殺せば、ボスは目を覚ますだろう。
白高銭は部屋に戻り、旅行用のトランクから自身が飲むための睡眠薬が入ったカプセルを取り出す。
入っているという証明のために、カプセルの中にある錠剤を鳴らす。
カプセルからはカラカラという錠剤がぶつかる音が聞こえた。
これならば、呂蔡京は自らを止める事もなく、何の躊躇いもなく教祖に引き金を引けるだろう。
白は部屋の中で一人ほくそ笑む。












会合が行われるのは広島、呉に存在する高級ホテル。
ここに併設される中華料理店にて三勢力による新ルートの話し合いが行われる事になった。
最も、コネクションの大筋を担う百目竜の頭目が彼女の宗教の信者となり、熱狂している事から、話し合いはユニオン帝国のルートを担うボスを説得する事だけになる。
が、それも心配はなさそうに思われた。
コンスタンス・カヴァリエーレは彼女の宗教の話に耳を傾け、メインとなる北京ダックが届く頃にはすっかり彼女の宗教の信奉者となっていた。
白高銭は和やかに談笑する三人を他所に、ボスに睡眠薬を投与するタイミングを伺っていた。
その時だ。貫く様な鋭い視線を正面から感じた。思わずに机の上から手を離す程に痛かった。
咄嗟に悲鳴を上げた事が更に事態を複雑にしたらしい。高級ホテルに集まった各々の組織の構成員の視線が一斉に白に注がれていく。
これでは呂蔡京を眠らせる事は不可能だ。もし、このまま起き続ければ雫は永遠に生き続けるだろう。
それだけは許してはなるまい。どうしようかと考えていた時だ。ちょうど、天啓に等しい提案を雫が行う。
コネクションの末端でありながら、呂蔡京から上座を用意された彼女はその席の上から立ち上がり、周りを囲む人々に対して乾杯の音頭を取ったのだ。
そして、全員が一斉に立ち上がるのと同時に、白は懐にあった拳銃を抜いて雫に向ける。
白は躊躇う事なく引き金に手を掛けようとした時だ。
突然、自身の体を白い物体が拘束し、自分を転ばせる。
地面の上に倒れ込んだ彼の目に映ったのは可愛らしい顔で笑うコンスタンスの姿。
コンスタンスはクスクスと笑いながら、
「メリキャット。お茶でもいかがとコニー姉さん。とんでもない毒入りでしょ?とメリキャット」
と、かの有名な小説の一節を歌い出す。身動きが取れない白の手の甲をコンスタンスは赤い色のヒールで踏み付けて、
「ダメだよぉ~教祖のお話はちゃーんと聞いておかないと、天国に行けなくなるよ。ねー、メリキャット」
彼女はそう言って何もない空間へと話し掛ける。
白はあまりにも恐ろしい目の前の光景とこの後におかれる自身の状況とを考えて背中に汗が流れていくのを感じる。
自身の魔法を駆使してその場を脱しようとしたが、体が思う様に動かない。
とてつもなく重い鉛を体の上に置かれているかの様に。
「やっちゃえ、メリキャット」
その言葉と共に白の体に掛かる負担が重くなっていく。初めはどうにかして耐えられたが、徐々に重くなっていく。
次第に白は耐え切れずに口から血を出す。
だが、それでも重みは消える事はない。白の全身に痛みが生じていく。いや、そんなもの表現では済まされない。
骨が折れていき、内臓が潰されていく感覚は誰にも表現できないに違いない。
白は自身の体がミシミシと音を立てて潰れる音を聞きながら、時計塔の動きに巻き込まれた名作映画の悪役を思い返す。
あんな末路は嫌だ。そう叫ぼうとした時だ。体がグシャという音を立てて潰れる。
それを見てコンスタンスは可愛らしい声で笑っていた。まるで、工作の時間に目標の作品を完成させた小さな子供の様に。
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