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第七部『エイジェント・オブ・クリミナル』

大騒動の前夜

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その日、白籠警察署はいつにも増して騒がしかった。と、言うのも例の偽ブランド品の事件で騒いでいたという事も重なり、白籠市の警察はいや、本庁の警察さえも白籠市の暗黒街を牛耳るヤクザ組織の幼い組長と西日本を手玉に取るヤクザ組織の大物とが会談するという騒動に釘付けであったのだ。
加えて、三年程前にそのヤクザ組織の組長の兄がその組長を襲撃するという事件が起こっていたからだ。
この忙しい時に更に組織をややこしくしかねない。
そんな不安が募り、警察による警備は物々しいものとなり、当日、その白籠駅の様子はまるで一国の要人を迎えるかの様であった。
白籠署の波越警部は駅に張り込む折に、この情報をリークした若い刑事相手に小さな声で耳打ちする。
「おい、この場所で会うのは間違いないんだろうな?」
「ええ、浩輔に場所を聞いたら、はっきりとここで会ってから、料亭『麻村殿』で会談すると言っていました」
孝太郎の言葉を聞いて波越警部はそれ以上、彼に尋ねる事もなく真っ直ぐに目の前を見つめる。
真っ直ぐに目の前を見つめる彼の目に飛び込むのは白籠駅の中央広場。現在は複数のヤクザや警察が集う場所。
やがて、改札が開き、およそ三年振りに竜堂寺清太郎は白籠駅に降り立つ。
そして、その前に現れたのは刈谷組の現組長にしてかつて、彼を死に追い込んだ刈谷阿里耶の弟、刈谷浩輔。
少年はその年齢に相応しい無邪気な笑顔を浮かべて彼に握手を求める。
清太郎は暫くは無言で手を差し出す幼い組長を眺めていたが、やがて唸り声を出してようやく彼の右手を握り返す。
清太郎の護衛として関西の方から付き添った護衛の男たちからもかつての騒動を知る刈谷組の組員たちの両方から歓声が上がる。
彼らはこの時に確信した。竜堂寺清太郎が兄の路線を引かない白籠市の若殿に期待を寄せている、と。
そもそも、現在の組長は竜堂寺清太郎が襲撃された事件の折はまだ小学生の少年であり、事件に関わること自体が不可能と言えた。
それも手伝ったのだろう。既に清太郎からは戦意は感じ取れない。
ヤクザの組員と警察に囲まれ、双方の組の組長は駅の表に用意されている黒塗りの地上車に連れ込まれる。
それを追う舎弟の車に警察の車。
この大行列は長蛇の列と化し、その日の白籠駅から料亭『麻村殿』までのルートは警察とヤクザの両組織による貸し切りとなったという。
麻村殿の周りは既に黒塗りの車と覆面のパトカーとに囲まれており、下手をすれば二つのヤクザと警察組織とで三つ巴の争いになりかねない。
周囲に住む人々も料亭『麻村殿』の経営者たちもそう証言している。
あの時は竜堂寺清太郎と刈谷浩輔の話し合いに全てが掛かっていた、と。
両者の会談は『麻村殿』二ヶ月ほど前に新設されたVIP用の部屋、徳の間という部屋にて行われた。
この時、徳の間に随行したのは刈谷側からは組長の刈谷浩輔と代行、村上晴信。そして、顧問弁護士の桃屋総一郎の三名。組織の中枢を担う者ばかりであった。
これに対し、竜堂寺側は竜堂寺清太郎本人に加え、副組長と若頭の三名で対応した。
つまり、“対等”な関係であるという事を内外にアピールし、手打ちにするという事を知らしめる両陣営の策略があった。
徳の間では、まず、最初に現在の組長である刈谷浩輔による謝罪の言葉が述べられ、次にそれを承認する竜堂寺清太郎の言葉が彼とその組員とに送られた。
次に和解の盃を交わす(最も、組長本人が未成年であったため、彼だけはお猪口に清酒ではなく水を入れてそれを代わりとした)
そして、それを機にかねてより計画していた反ボルジア家への誓いを立てる。
その後に料亭の料理が部屋に届けられ、食事を行いながら今後の組の方針を話し合うという事になった。
清太郎は三年前の相互の不可侵条約を持ち出しただけではなく、三年前の事件を機に、刈谷組に協力を呼び掛けた。
当然、刈谷組。特に組長への忠義には厚い代行の村上晴信はそれを聞くなり、眉を顰めて清太郎に向かって言った。
「待った。それは済んだじゃあないのか?さっき、和解の盃は交わした。それで手打ちになった筈だ」
「確かに、だが、これはあくまでも私個人の問題だ。あの時に阿里耶の奴に付けられた傷が今でも疼くんでね」
清太郎はそう言って悪い顔を浮かべて笑う。
手に握る箸をプルプルと震わせる彼とは対照的に、組長の浩輔本人は表情を崩さない。
あくまでも落ち着いた様子で尋ねる。
「では、その個人的理由に同調する部下は何人おられますか?その方々が白籠市に現れ、我々の組を襲うとでも?」
「かもしれんな、何せ、私の組の組員はキミの組と同様に忠義に厚いからね。私が人差し指をキミに指せば、彼らは何とかキミの首を取ろうと躍起になるだろうね」
「……ご冗談を。あなた方の組は表社会のビジネスを生業にしており、無闇に抗争を起こすのに乗り気ではない筈だ。三年前に兄を大人しくさせたかったのはそれが原因では?」
浩輔の言葉を聞いて清太郎は口元を緩める。彼は勝ち誇った表情を浮かべて、
「確かに、我々は争いを良しとしない。ましてやメリットなど殆どない組織の抗争などまっぴらごめんだ。だが、モノには限度というのがある。それが、例のブランド品だ。なんでも、発祥の地は白籠市らしいな」
それを聞いていきり立つ義信を浩輔は手で静止させ、代わりに目の前に座る自分より何倍もの年月を生きた組長に向かって告げる。
「白籠市で初めて見つかったというだけで、うちの組の仕業だと考えるのは些か早計では?あれ以来、警察からの締め付けが異様に厳しいんです。やるのなら、もっとひっそりとやりますよ。誰だって、自分で自分の首を絞める様な真似はしないでしょう?」
浩輔の言葉を聞いた清太郎は黙って首を縦に頷く。
それから、証拠とばかりに浩輔は側に控えていた二人に偽ブランド品騒動からの警察の目の事を証言させる。
それを聞いた清太郎は黙って首を縦に動かし、机の上に置いてあった清酒の入ったお猪口を一気に飲み干す。
人は重大な事を語る際に、口を潤す癖があるという。そして大抵の場合は潤した飲み物と共にその言葉を飲み込むらしい。この後にこの狡猾な男は何を語るつもりだったのだろう。
三人の顔が一気に険しくなっていく。お猪口を置いた清太郎は顎の下に親指と人差し指を当てて唸った後に、もう一度、刈谷組の三人と向き合う。
「分かった。キミ達が例の事件とは無関係だとは信じよう。だが、納得しようにもそれ相応の条件がある。例の事件は多少なりとも我々も影響を受けた。よって、その調査を我々の方で行いたい。何も、キミ達の領分を争うなどとは思ってはいない。ただ、我々の雇う私設探偵のやり方に口を挟まないでほしいだけだ。分かってくれるかな?」
やり口が狡い。浩輔はそう感じた。要するに、彼は3年前の事件の相殺として今回の事件の調査を名目に敵状視察を図りたいのだ。
冗談ではない。そんな事を許せば刈谷組の情報は筒抜けではないか。
良い方法はないのだろうか、桃屋総一郎と村上晴信の両名が用意された刺身を突きながら、妙案を練っていた時だ。
「できません」
組長が否定の言葉を明確にした。彼は真っ直ぐな視線で清太郎を見つめながら言った。
「ほぅ、この条件が飲めないか……ならば、我々も考えなければならないな。刈谷組の事については……」
残念そうな表情を浮かべた清太郎が席を立とうとした時だ。それを浩輔が引き止める。
「何も捜査に協力しないとは言っていません。先程の条件は飲めないと言っているだけです」
「だが、私設探偵でなければ、今度こそ組を動かす事にーー」
「お忘れですか?我々には警察の方に共通の友人がいる事を。我々が知っている唯一の刑事を」
清太郎の表情が変わった。清太郎は大人しく席に戻り、浩輔と向き合う。
この後に暫くの間、話を交わした後に会談は終了し、夕刻には双方が組員を連れて撤退した。
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