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第六部『鬼麿神聖剣』

竜王城決戦ーその②

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お萩は復讐の炎という名の業火に突き動かされていた。彼女にとっての復讐の相手は大村大吾郎だけに留まらない。妖魔党ひいては伊勢同心全てが彼女にとっての仇と言っても良いだろう。
お萩は刀を握り、妖魔術『煉炎』を繰り出す。地獄の炎を纏わせた彼女の刀が目の前の得体の知れぬ風貌の男を襲う。
だが、男は印術中の段、風を纏わせる事により、彼女の刀を防ぐ。
その上、彼の顔に焦りは見えない。余裕とも言える表情で舌舐めずりさえしていた。
その様子を見たお萩は思わず両肩を震わせてしまう。
だが、彼女は忍びであった。直ぐに心を取り戻し、背後に控えていた仲間達に向かって叫ぶ。
「みんな!早く行って!こいつは妖魔党の党首を名乗ったわッ!という事はもう妖魔党の忍びは存在しないわッ!こいつはあたしが食い止めるッ!だからーー」
「だから、何だい?」
お萩の言葉を嘲笑っているらしい。口元に嫌らしい笑みを浮かべて、霊蔵は一度刀を引いてから、左斜め下から大きく斬り上げていく。
その刀は彼女の体を一刀両断にするかと思われた。だが、お萩はギリギリの場所でその刀を受け止める。
刀と刀とを擦り合わせながら、目の前の男を睨む。
だが、彼女に睨まれていたとしても、彼はそれでも笑っていた。
彼はケタケタと下品な声を上げて笑いながら、
「どうしたのかなぁ?オレを殺すんじゃなかったの?キミの方が余裕の無い表情を見せているけど?」
「……ッ、黙れッ!」
お萩は火山が噴火した時のような熱い感触が自分の頭の中にある事を彼女は充分に理解していたと言っても良いだろう。
だが、それでも彼女の頭と心を復讐の憎悪の炎が支配していた。この何よりも熱い気持ちを静止する事は例え神であろうとも無理であろう。
お萩は何かに突き動かされているかのように、勢いを付けて、降魔霊蔵に迫っていく。
彼女は新たに右斜め下から大きく刀を振り上げていく。
霊蔵は重く振り上げられた刃を受け止め、もう一度余裕の笑みを浮かべて見せる。
彼女はそれを歯をギリギリと鳴らしながら、睨んでいた。






シリウスは玉座の上で左手で肘を付きながら、右手に持っていた水晶玉を弄んでいた。
彼は側に控えた弥一に次々と指示を出していく。
彼の城の中には決戦の前に用意した数多くの手駒が揃っていたのだ。
彼らの実力は少しだけ忍びの修行を付けられた一般人に過ぎないが、それでも部屋に飛んだシリウスから多少なりの実力を与えられた者ばかりだ。
彼らは全員が今の政府に恨みを持つ男ばかりで、甲賀の忍びを片付けた後には自分と共に明治の政府を転覆させようと約束したばかりであった。
強いて言うのならば、薩長憎しの憎悪の塊とも言える集団であった。
シリウスはこの臨時に揃えた下っ端の中でも日本画家の長岡という男を気に入っていた。
長岡玄太郎は根っからの反政府主義者であり、危険思想の持ち主として政府の役人に囚われている所をシリウスが捕らえ、手駒にした日のことを思い出す。
竜王スメウルグを飲み込んでから、彼は自身と似たシンパシーを感じる悪が居る場所をしっかりと認識できるようになったらしい。
彼は一日を掛け、この城を各地に移動させ、忍びとしての技を強制的に叩き込む。
そして、甘い言葉で釣り、目障りな甲賀の忍びどもを皆殺しにさせるように仕向けさせる。
彼は自身の計画の手際の良さに思わず口元を綻ばせてしまう。
すると、水晶玉の中に孝太郎達が地下の部屋を抜け出し、城の廊下に突入したのを映し出されていく。
シリウスは印術上の段を使用し、長岡に動くように指示を出す。






先を急ぐ孝太郎達の前に現れたのは緑色の着流しを着た壮年の男であった。
威厳のあるキリッとした黒い眉、大きなT字型の鼻、大きくて分厚い唇を蓄えて表面上は髪は年相応に白い男であった。
長岡はその細い目を見開き、孝太郎達を睨む。
「お前らか?シリウス様の崇高なる計画を妨害する政府の手先というのは?」
孝太郎は一瞬、耳を失った。目の前の男が何を言っているのか分からなかったのだ。
だが、長岡は孝太郎が沈黙を続けている事を理由に、次々と自分の主張を述べていく。
「いいか?シリウス様からオレはこの先の日本は今の政府のせいで日本は次々と戦争に突入すると聞いたんだ。シリウス様は未来人だ。そのお方の言う事に間違いは無いッ!」
「それが、オレ達を通さない理由の一つか?」
「その通りだッ!」
長岡は胸を張って主張する。まるで、正義は自分にのみあるとでも言わんばかりの尊大な態度であった。
彼はその尊大な態度で、話を続けていく。
「いいか?オレは政府の奴らに反逆者だとして逮捕されたんだッ!危険分子としてなッ!だが、オレは生きたッ!佐賀の江藤先生の元に馳せ参じるためにッ!」
『佐賀の江藤先生』という言葉はこの後に佐賀の乱を引き起こす、江藤新平の事で間違いないだろう。
孝太郎はここで深く考えてしまう。もし、この時間軸にシリウスが関わって来なければ、彼は江藤新平の佐賀の乱に参加し、そこで散っていたのではないか、と。
だが、シリウスやシャーロットのような異分子がこの世界に介入した事により、歴史は大きな変動を見せたのでは無いのだろうか。
孝太郎がそんな事を考えていると、長岡は彫刻刀と思しき小刀を懐から取り出し、そこに力を込めていく。
すると、どうだろう。先程まではその刀は単なる小刀であったのに、刃が変化し、グロテスクだと思われる外見へと見た目が変化していく。
毒々しい色を見て、孝太郎は思わず目を背けてしまう。
すると、孝太郎が怯む隙を見たのか、長岡は躊躇う事なく、正面へと突っ込む。
孝太郎は咄嗟に避けようとしたが、間に合わないだろう。彼は覚悟を決め、両目を閉じたが、彼の前に龍一郎が立ちは塞がった事により、長岡の小刀は防がれてしまう。
長岡は慌てた表情を見せたが、直ぐに持ち直し、今度は龍一郎に狙いを定めるが、元来の忍びである龍一郎と付け焼き刃程度の技しか持たない長岡とは勝負にならなかったらしい。
あっという間に長岡は手に持っていた小刀と共に弾き返されてしまう。
と、この様子を見ていたのだろうか、他の忍び達が次々と扉を開いて、彼らの前に姿を表す。
孝太郎と龍一郎、花彦と鬼麿は互いに背中を預けながら、自分達を囲んでいく忍び達を睨む。
忍び達の最先鋒に立つ長岡の指示のもとに、自分達を包囲せんとしようとしている事は全員が理解していた。
次に花彦と龍一郎の二人はある事実に気が付く。
目の前の男どもは全て、地魔の忍び程度の術を持たされていると。
付け焼き刃程度の技しか使えないとしても、これ程の数の人間が印術や妖魔術を使える事は大きな脅威に思えた他ならないような気がしてならない。
二人はその事を念頭に入れながら、自分達を囲む男達を睨む。
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