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第六部『鬼麿神聖剣』

竜王城決戦ーその①

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孝太郎達はあの戦いから一日が過ぎた後に、信者が全員退去した羽倉教の建物にて休息を取っていた。
教祖の死と共に、彼らは信仰の意義を失ったのか、それは道端のカエルを踏み潰すかのようにあっさりと実行された。
荷物を持って暗い山の中を降りる信者達を甲賀の忍び達は憐憫の目で眺めていた。
孝太郎は彼らの少しばかり悲しげな表情を思い出しながら、目の前で焚き上げられた小さな光を眺める。
プスプスと炎が燻り、小さな灰色の煙が地面へと向かって上がっていく。
孝太郎は不意に炎を眺めていると、元の時代に置き去りにして来た仲間達の事を思い返す。
彼らは元気にしているのだろうか、もう半年以上も顔を見ていない。
そもそも自身に帰る手段はあるのだろうか。最悪の場合、何も分からない明治の日本でこれからの生涯を過ごさなくてはならないのだろうか。
孝太郎がチリチリと燃える炎を眺めながら、そんな事を考えていると、瞳が小さな暗幕によって覆われるのを感じた。
孝太郎が咄嗟に背後を振り返ると、そこには可愛らしく舌を出した鬼麿の姿が見えた。
「驚かすなよ。てっきり、奴らが来たのかと……」
「ごめんね。つい暇だったから……」
照れ臭そうに頭を描く鬼麿を見ていたら、孝太郎は彼の姿にかつての歳の離れた友人の姿を重ねてしまう。
小鹿のように可愛らしく笑う彼の顔が忘れられない。孝太郎はかつての記憶を振り払うべく、強く頭を振ったが、それでも姿は消えようとしない。
落ち着かない下男の様子を見兼ねたのか、彼は主人らしく優しく彼の体を抱く。
「キミも疲れてるんだよね?今日はもう何もしなくていいよ。一緒にいよう?」
彼は優しい顔と声で言った。そんな優しい少年を孝太郎は勢いよく抱き返す。
鬼麿は短い悲鳴を上げたが、直ぐに彼の頭を撫でていく。
孝太郎は抱擁を重ねる中で、自身の居場所はここでは無いのかと思っていく。
彼は無理に23世紀という時間に戻る必要が消えたとさえ思い始めた。
一生、彼に仕えて過ごしたい。そう思い始めた矢先の事だ。
不意に鬼麿が彼の体を離し、近くの草陰に向かって懐から取り出した星型の手裏剣を放り投げる。
すると、どうだろう。背後から忍刀を持った男が鬼麿と自分に向かって斬りかかってきたのだった。
孝太郎は男の攻撃を受ける前に、彼の主人に突き飛ばされ、事なき事を得た。
だが、代わりに主人はあの小さな体で一人、得体の知れない男を相手に戦わなければならないのだ。
孝太郎は直ぐさま、応援に向かおうとしたが、彼は大きな声で命令を出す。近付かないように、と。
孝太郎は君命を守り、代わりに他の甲賀の忍び達を呼ぶ事にした。
走っていく孝太郎の姿を細い目で眺めながら、鬼麿は安堵の笑みを口元に浮かべていたが、その笑みは上段から大きな忍刀を振られた事によって中断されてしまう。
「ハッハッ、キミも男だねぇ~自らの下男を逃すために、自分の体を張るなんてね。東京の方で椅子にふんぞり返って扇子を仰いでいる伯爵だの男爵だのと威張っている連中に見せてやりたい光景だ」
「……確かに、彼らはこんな風に身を呈して使用人を守ったりしないだろう。けれど、お前だってどうなんだ?」
予想外の問い掛けに、男の目が大きく見開いている事に気が付く。
「お前は似たような状況になった場合はどう対処するつもりなんだ?まさか、真っ先に逃げたりしないだろうな?」
鬼麿は強い口調でそう告げると、男の刀を正面から受け止め、盾代わりに使用している自身の刀に先程よりも強い力を込めていく。
そして、盾の役割として使用していた刀を本来の役割に戻す。
そう、大きく刀を振る事によって、男を弾く事に成功したのだった。
男は背後の木に激突しそうになったが、そこは忍びというべきだろうか、彼は背後の木を思いっきり蹴り付け、もう一度鬼麿に向かって刀の剣先を振るっていく。
鬼麿は刀を斜めに構え、そして、左下に向けていた刀を思いっきり振る事によって、彼を弾く事に成功した。
弾かれる最中に彼は空中で宙返りを行い、地面に着地するのと同時に、手に持っていた刀を舐める。
「いやぁ、殺し甲斐のありそうな子供だ。キミの死ぬ姿が見たいなぁ~内臓を抉り出され、目玉をほじくり返され、その痛み苦しみを耐え抜いた時に見るキミの顔がッ!オレは見たいッ!」
男の言葉に鬼麿は歯を軋ませ、刀の塚を強く握り締めて叫ぶ。
「冗談じゃないッ!そんなに死ぬ光景が見たかったら、お前が死ねッ!クソ野郎!」
鬼麿は刀を振って、男の前へと向かっていく。
男はその姿を見て唇を舐め回し、鬼麿の振った刀を高く飛んで避ける。
そして、彼の背後に回り込み、忍刀を振るう。
背後から弧を描き振るわれた刀を鬼麿は自身が弧を描いて振るわれる刀の前に立つ事によって、刀を盾にして防ぐ。
もう一度刀同士の斬り合いが始まるかと思ったのだが、孝太郎が仲間の忍びを全て連れて来た姿が見え、彼は安堵していた。
だが、男は甲賀党の忍びが全て揃った姿を見たとしても、慌てる様子を見せたりはしない。それどころか、余裕のある笑顔を浮かべていた。
「さてと、守備は上々って所かな、もういいぞ!弥一殿ッ!」
男が上空に向かって叫ぶのと同時に、上空から西洋風の大きな城が姿を見せ、駆け付けた甲賀党の忍びと鬼麿、男の全員を飲み込む。
彼らは浮遊する大きな西洋の城に吸い込まれ、城の最深部にあると思われる西洋風の城の中にある地下の牢屋と思われる場所に全員が叩き付けられてしまう。
鬼麿が全員の安否を確認すると、全員が応答の声を出す。
彼は仲間達が全員が安全だったという事を知り、安堵の溜息を吐く。
だが、直ぐにその表情は不安なものへと変わっていく。
彼らの目の前には先程の男が刀を構えて立っていたのだから。
男は相変わらず得体の知れない笑顔を浮かべて、刀を舐めていた。
「さてと、こいつの餌食になりたいのは誰かな?どの子も可愛いけれど、オレの刀はキミを所望しているよ」
男はそう言って刀をこの中で唯一の女性の忍びであるお萩へと向ける。
お萩は背中に下げていた忍刀を抜き、それを構えながら問い掛ける。
「どうして、あたしを狙うの?あたしとあなたに何か因縁でも?」
その言葉を聞いて、目の前の男は大きな声で笑い出す。
「アッハッハッハッ、因縁?因縁だって?そんなものある訳ないよ。オレはキミが好きなだけなんだ。ねぇ、お友達になろうよ?今までの罪を償ってさ」
男は眉間に青筋を寄せる彼女を他所に、舞台俳優のような大袈裟な動作を見せて、
「申し遅れたね。オレの名前は降魔霊蔵。伊勢同心の精鋭妖魔党のさ」
『党首』を強調した男の言葉に、彼女は突き動かされた。彼女は確かに後押しされていたのだ。復讐という名の炎に。
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