魔法刑事たちの事件簿R(リターンズ)

アンジェロ岩井

文字の大きさ
上 下
263 / 365
第六部『鬼麿神聖剣』

天魔衆との対決ーその⑥

しおりを挟む
時雨誠一郎は刀の鯉口に親指を当てたまま、目の前の男が近付いて来るのを見届けていた。
堂々とした態度で歩く、彼の姿は立場が違えば称賛に値するものかもしれない。
だが、誠一郎は妖魔党の忍びであり、頭領直属の天魔の忍びである。目の前の男と手を取り合うなどという行動をしてはならないのだ。
彼は目の前の赤い肌の男が近付いて来るのと同時に、勢いよく黒塗りの鞘から刀を抜く。
同時に鋭い一閃も光る。一閃が生じた瞬間、彼は青年の体が真っ二つに割られ、死亡しているのかもしれないと一度頭の中で考えたが、目の前で青年が一回転をして自身の攻撃を防いだために、彼の頭の中に過った考えが実行される事は無かった。
誠一郎は己の甘さを呪い、今度は真剣に刀を振るう。
彼の前に鋭い一閃が走る。同時に目の前にて地味な色の着流しを着た男が何処から取り出したのか分からない刀を使って自身の刀を防いでいる様子を確認した。
誠一郎は一度、その場から離れようと考えたが、目の前の男はそれを許そうとはしないだろう。
やむを得ずに誠一郎は討って出た。もう一度刀を振り、彼の体を一刀両断にしようと試む。
それに応対したのだろう。赤い肌の青年も刀を振って、誠一郎との勝負を受ける事にしたらしい。
互いにすれ違い様に刀を打ち、軽く火花と閃光を散らした後に、もう一度横目で互いの位置を確認し、刀を打ち合う。
刀を使った一対一の戦いの前に、他の忍びや他の人間達は手を出せなかったに違いない。天魔衆や羽倉教の面々、孝太郎の仲間である甲賀党の面々も黙って互いに刀と妖魔術を使用しての戦いを見守っていた。
何度もすれ違い様に、刀を振るうという動作が増えたためだろうか。傍目から見れば、二人の動きは巨大な機械が工場で音を立てているようにも思われた。
無限にも思えた戦いが続いていたが、決着は呆気ない形で迎える事となった。
すれ違い様に、時雨誠一郎は体を拗らせて回転運動を行い襟を掴んだ孝太郎の前にねじ伏せられ、地面に叩き付けらるという形で終焉を迎えたのだ。地面に男をねじ伏せるのを確認すると、孝太郎は異空間の武器庫の中に刀を仕舞い、男を無理矢理起こしてから、強い力で襟を掴む。
彼は妖魔党の天魔衆の中では一番の強さを誇っていたために、歌舞伎の芝居の最後のように呆気ない勝負の決着に耐え切れなかったのだろう。彼は惨めな自分を誤魔化すためか、はたまたその誇りを保つためなのか必死に両方の脚をバタつかせていく。
目の前で無感動に見つめる青年の姿を尻目に見ながら、彼は頭の中で打開策を考えていく。
頭の中に打開策を見出したのだろうか、彼は無駄に足をバタつかせ、惨めな抵抗を行う事を辞めて、目の前の男に向き直る。
「まさか、妖魔術の術式を封じてしまう人間がこの世にいるとは思わなかったよ……オレの負けかな?」
誠一郎はわざとらしく、口元に微笑を浮かべて、目の前で自分の襟首を掴む青年に向かって笑い掛けてやる。
そうする事で、彼の意識を自身の体全体から彼の顔のみへと意識させようとしていたのだ。
だが、孝太郎は誠一郎の思惑に乗せられる事は無いらしい。
彼の意識は常に襟首を握る右手に注がれ続けているらしい。
その後の結果は同じであった。いくら、彼の意識を逸らせようとしても、赤い肌の青年は寺の中央に祀られている仏像のように一切動じる事なく、ただ無感情で彼の襟元を握り続けていただけだ。
業を煮やしたのだろうか、誠一郎は待ち切れずに孝太郎の胴を狙う。
誠一郎の右足が孝太郎の腹を打ち、孝太郎は悶絶して欲しいと彼は願った。
だが、現実は非常である。現在の彼の右足は孝太郎の左の腕と脇の間に挟まれ、身動きが取れずにいる。
口を必死に動かして、続きの言葉を世に送り出そうとしている誠一郎の代わりに孝太郎はそれまで貝の口のように重く閉ざされていた口を開く。
「……舐められたものだな」
誠一郎の顔色が一気に悪くなっていく。自身の考えは全て悟られていたと言う事だろうか。
と、ここで誠一郎の疑問に答えるべく、孝太郎が引き続き考えを述べ続けていく。
「お前はあの場ではオレに襟元を拘束されていた。どうにかして逃れたいと思うのは当然の心理だろう?魚が食い付いた獲物を逃すまいと口をパクつかせるのと同じように、相手をやっとの思いで拘束していたと思っていた場合、相手を逃すまいという考えで一杯になるからな、あまり胴には意識を向けない。だからこそ、隙を伺えると考えたのだろう?」
孝太郎の推測は全て、先程まで自身が胸の内に秘めていた事ではないか。
誠一郎は叫びたくなる衝動を抑えて、代わりに歯軋りをする音を立てて、彼を不快な気分にさせようと試みていたのかもしれない。
だが、孝太郎は眉一つ動かさない。
「お前にはこの場では二つの権利がある。今、この場で斬り伏せられるか、それともお前達の仲間の情報をペラペラと吐いて見過ごされるかのどちらかだ。どっちが良い?」
誠一郎は相手を見下ろすかのような態度を取りながら、フンと鼻を鳴らす。
「どちらも嫌だと言ったら?」
孝太郎は何の表情も出さずに、ただ冬の寒い日に家の尾根に生じた氷柱を思わせるような冷たい声で、
「選択肢は消えて無くなる。お前の選択肢は前者一択になる訳だ」
孝太郎が更に強く揺さぶろうとした時だ。突如、目の前の男が不敵な笑いを浮かべている事に気が付く。
これまでのような煽るような邪悪な笑みではない。春の日の草原のような希望に満ち溢れた笑みだ。
孝太郎が咄嗟に背後を振り向くと、背後から一本のクナイが飛ぶ。
孝太郎は慌てて体を地面に転がせる事により、それを避けた。
咄嗟に彼自身が機転を利かせた事により、自身の命は助かったのだ。だが、良い事ばかりではない。
捕らえたはずの時雨誠一郎は地面から起き上がり、落ちていた自身の武器を拾い、もう一度孝太郎にその刃を向けていた。
「振り出しに戻った……と言う訳かな?」
誠一郎は両手に握っていた刀を光らせながら孝太郎に向かって問い掛ける。
「いいや、振り出しよりも更に不利な状況に陥ってしまったと言う方が正しいかな」
高いソプラノ声が背後から聞こえた。声の主は柿色の服を着て手に忍刀を持っていた。
刀を振りながら、彼はその刀を舌で舐める。
女性と見間違える程の美しい外見の少年は誠一郎に目配せを行い、二人で孝太郎を相手にする事を決意したらしい。
孝太郎は二人を見回しながら、戦闘準備を進めていく。
孝太郎が刀を異空間の武器庫から取り出し、その鯉口を切ったのが試合開始のゴングの代わりとなったのだろう。
二人の忍びが左右から襲い掛かる。
孝太郎は冷静に深呼吸を行い、慌てそうになる自身の心を押さえ付ける。
そうして、冷静な態度で二人を相手にしようと試みた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

処理中です...