魔法刑事たちの事件簿R(リターンズ)

アンジェロ岩井

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第六部『鬼麿神聖剣』

天魔衆との対決ーその⑥

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時雨誠一郎は刀の鯉口に親指を当てたまま、目の前の男が近付いて来るのを見届けていた。
堂々とした態度で歩く、彼の姿は立場が違えば称賛に値するものかもしれない。
だが、誠一郎は妖魔党の忍びであり、頭領直属の天魔の忍びである。目の前の男と手を取り合うなどという行動をしてはならないのだ。
彼は目の前の赤い肌の男が近付いて来るのと同時に、勢いよく黒塗りの鞘から刀を抜く。
同時に鋭い一閃も光る。一閃が生じた瞬間、彼は青年の体が真っ二つに割られ、死亡しているのかもしれないと一度頭の中で考えたが、目の前で青年が一回転をして自身の攻撃を防いだために、彼の頭の中に過った考えが実行される事は無かった。
誠一郎は己の甘さを呪い、今度は真剣に刀を振るう。
彼の前に鋭い一閃が走る。同時に目の前にて地味な色の着流しを着た男が何処から取り出したのか分からない刀を使って自身の刀を防いでいる様子を確認した。
誠一郎は一度、その場から離れようと考えたが、目の前の男はそれを許そうとはしないだろう。
やむを得ずに誠一郎は討って出た。もう一度刀を振り、彼の体を一刀両断にしようと試む。
それに応対したのだろう。赤い肌の青年も刀を振って、誠一郎との勝負を受ける事にしたらしい。
互いにすれ違い様に刀を打ち、軽く火花と閃光を散らした後に、もう一度横目で互いの位置を確認し、刀を打ち合う。
刀を使った一対一の戦いの前に、他の忍びや他の人間達は手を出せなかったに違いない。天魔衆や羽倉教の面々、孝太郎の仲間である甲賀党の面々も黙って互いに刀と妖魔術を使用しての戦いを見守っていた。
何度もすれ違い様に、刀を振るうという動作が増えたためだろうか。傍目から見れば、二人の動きは巨大な機械が工場で音を立てているようにも思われた。
無限にも思えた戦いが続いていたが、決着は呆気ない形で迎える事となった。
すれ違い様に、時雨誠一郎は体を拗らせて回転運動を行い襟を掴んだ孝太郎の前にねじ伏せられ、地面に叩き付けらるという形で終焉を迎えたのだ。地面に男をねじ伏せるのを確認すると、孝太郎は異空間の武器庫の中に刀を仕舞い、男を無理矢理起こしてから、強い力で襟を掴む。
彼は妖魔党の天魔衆の中では一番の強さを誇っていたために、歌舞伎の芝居の最後のように呆気ない勝負の決着に耐え切れなかったのだろう。彼は惨めな自分を誤魔化すためか、はたまたその誇りを保つためなのか必死に両方の脚をバタつかせていく。
目の前で無感動に見つめる青年の姿を尻目に見ながら、彼は頭の中で打開策を考えていく。
頭の中に打開策を見出したのだろうか、彼は無駄に足をバタつかせ、惨めな抵抗を行う事を辞めて、目の前の男に向き直る。
「まさか、妖魔術の術式を封じてしまう人間がこの世にいるとは思わなかったよ……オレの負けかな?」
誠一郎はわざとらしく、口元に微笑を浮かべて、目の前で自分の襟首を掴む青年に向かって笑い掛けてやる。
そうする事で、彼の意識を自身の体全体から彼の顔のみへと意識させようとしていたのだ。
だが、孝太郎は誠一郎の思惑に乗せられる事は無いらしい。
彼の意識は常に襟首を握る右手に注がれ続けているらしい。
その後の結果は同じであった。いくら、彼の意識を逸らせようとしても、赤い肌の青年は寺の中央に祀られている仏像のように一切動じる事なく、ただ無感情で彼の襟元を握り続けていただけだ。
業を煮やしたのだろうか、誠一郎は待ち切れずに孝太郎の胴を狙う。
誠一郎の右足が孝太郎の腹を打ち、孝太郎は悶絶して欲しいと彼は願った。
だが、現実は非常である。現在の彼の右足は孝太郎の左の腕と脇の間に挟まれ、身動きが取れずにいる。
口を必死に動かして、続きの言葉を世に送り出そうとしている誠一郎の代わりに孝太郎はそれまで貝の口のように重く閉ざされていた口を開く。
「……舐められたものだな」
誠一郎の顔色が一気に悪くなっていく。自身の考えは全て悟られていたと言う事だろうか。
と、ここで誠一郎の疑問に答えるべく、孝太郎が引き続き考えを述べ続けていく。
「お前はあの場ではオレに襟元を拘束されていた。どうにかして逃れたいと思うのは当然の心理だろう?魚が食い付いた獲物を逃すまいと口をパクつかせるのと同じように、相手をやっとの思いで拘束していたと思っていた場合、相手を逃すまいという考えで一杯になるからな、あまり胴には意識を向けない。だからこそ、隙を伺えると考えたのだろう?」
孝太郎の推測は全て、先程まで自身が胸の内に秘めていた事ではないか。
誠一郎は叫びたくなる衝動を抑えて、代わりに歯軋りをする音を立てて、彼を不快な気分にさせようと試みていたのかもしれない。
だが、孝太郎は眉一つ動かさない。
「お前にはこの場では二つの権利がある。今、この場で斬り伏せられるか、それともお前達の仲間の情報をペラペラと吐いて見過ごされるかのどちらかだ。どっちが良い?」
誠一郎は相手を見下ろすかのような態度を取りながら、フンと鼻を鳴らす。
「どちらも嫌だと言ったら?」
孝太郎は何の表情も出さずに、ただ冬の寒い日に家の尾根に生じた氷柱を思わせるような冷たい声で、
「選択肢は消えて無くなる。お前の選択肢は前者一択になる訳だ」
孝太郎が更に強く揺さぶろうとした時だ。突如、目の前の男が不敵な笑いを浮かべている事に気が付く。
これまでのような煽るような邪悪な笑みではない。春の日の草原のような希望に満ち溢れた笑みだ。
孝太郎が咄嗟に背後を振り向くと、背後から一本のクナイが飛ぶ。
孝太郎は慌てて体を地面に転がせる事により、それを避けた。
咄嗟に彼自身が機転を利かせた事により、自身の命は助かったのだ。だが、良い事ばかりではない。
捕らえたはずの時雨誠一郎は地面から起き上がり、落ちていた自身の武器を拾い、もう一度孝太郎にその刃を向けていた。
「振り出しに戻った……と言う訳かな?」
誠一郎は両手に握っていた刀を光らせながら孝太郎に向かって問い掛ける。
「いいや、振り出しよりも更に不利な状況に陥ってしまったと言う方が正しいかな」
高いソプラノ声が背後から聞こえた。声の主は柿色の服を着て手に忍刀を持っていた。
刀を振りながら、彼はその刀を舌で舐める。
女性と見間違える程の美しい外見の少年は誠一郎に目配せを行い、二人で孝太郎を相手にする事を決意したらしい。
孝太郎は二人を見回しながら、戦闘準備を進めていく。
孝太郎が刀を異空間の武器庫から取り出し、その鯉口を切ったのが試合開始のゴングの代わりとなったのだろう。
二人の忍びが左右から襲い掛かる。
孝太郎は冷静に深呼吸を行い、慌てそうになる自身の心を押さえ付ける。
そうして、冷静な態度で二人を相手にしようと試みた。
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