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第五部『征服王浪漫譚』

悪鬼と未亡人とーその③

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「さてと、ぼくの妖魔術にキミは勝てるかな?」
お萩は大吾郎の問い掛けに対し、表情を見せない事で答えていた。
彼の問い掛けに答えずに表情を見せない事は表情を悟られないと言う点で良かったに違いない。
彼女は依然として不利な状況にあるのにも関わらず、表情を崩さない。
幻斎は彼女に忍びとしての特性が備わっていると言う事を悟った。
大吾郎は彼女の態度に痺れを切らしたのだろうか、彼が新たに作り出した分身と共に刀を振り上げて、お萩の懐へと潜っていく。
お萩はそんな大吾郎の刀を自らの刀を盾にして受け止めた。
彼女の顔に迷いは無い。歯を食いしばりながら、憎悪の炎を彼女の刃に纏わせていく。
大吾郎はそれを見て不味いと感じたのか、彼女の元から離れていく。
大吾郎は彼女の元から離れた後に、もう一度刀を振り上げ、彼女に向かって今度は自分自身は左斜め下から刀を、分身には右斜め下から刀を振り上げさせ、彼女の心臓に目掛けて刀を振るっていく。
そんな両方向からの刀を見ても彼女は眉一つ動かそうとはしない。
彼女は両手に握った自分自身の刀を二人の男に向け、炎を纏わせ、その炎を地面に向かって突き刺す。
突き刺さった刀の刃先から大きな火炎球が生じ、周囲を焼き尽くしていく。
正面から迫ってくる炎に対し、機転を利かせられたのは本物の大吾郎だけだったらしい。その証拠に偽物の大村大吾郎は彼女の炎に焼かれて、黄泉の国へと戻っていたのだから。
本物の彼は目の前から炎が迫るのと同時に、上空に向かって飛び上がり、お萩の炎に動じり、その炎に焼き尽くされるどころか、弧を描きながら上段から刀を振るってきていたのだ。
弧を描きながら、自分に向かって斬りかかってくる大吾郎に対し、彼女は至極冷静な態度で臨む。
彼女の瞳に迷いは無い。彼女は炎を纏わせた刀を宙に向かって突き上げ、その憎悪の刃先で大吾郎を突き殺そうとしていたのだ。
だが、大吾郎は顔に笑みを浮かべていた。彼にとっては地獄の針の山のように見えるお萩の刀の刃先も、その刃に纏わせている刀に炎さえも怖く無いのだろうか。
そんな事を考えながら、お萩が上空の彼を眺めていると、彼は刃先に突っ込む直前に彼は指を鳴らし、先程と同様の男の亡者を蘇らせ、次に体を反り返らせると、その亡者に自分を受け止めらせた。
その男はお萩の炎の前に焼き殺されてしまったのだが、それでも彼は満足そうな笑みを浮かべていた。
そして、大きく口元を歪めて、
「いいのかい?ぼくの周りに蔓延している炎を止めなくて?このままだったら、キミの仲間まで焼き殺されると思うんだけどなぁ」
大吾郎の指摘は的を射ていたようだ。彼女が舌を打った後に、自分の意思で炎を引っ込めさせた事が何よりの証拠と言うべきだろう。
彼は次に風の印術を刀に纏わせ、彼女に向かって行く。
風の印術は中段の印術であるので、地魔の忍びは全て扱えるのだ。
最も、彼らの実力不足のために、妖魔党の上位、天魔に扱える筈の上段の印術は使えないのだが……。
いずれにしろ、彼にとってその事は問題では無いだろう。
何故なら、ここで甲賀党の面々を全員斬り殺してしまえば、彼にとっての出世の道は簡単に開けるのだから。
大吾郎は風を纏わせた刀を彼女の正面から振るっていく。お萩は自分の刀を盾の代わりに使用して刀を防ぐ事によって、難を逃れた。
そして、彼が風を刀に纏わせているのなら、彼女が取るべき手段はただ一つ。
彼女は自らの刀に炎を纏わせ、大吾郎を牽制していく。
風と炎が大きく音を立てて打ち合っていく。
白い光が闇の中に光ったのかと思うと、そこに風の音と炎の燃える光景が同時に生じ、二人の戦いが妖魔術と印術によって行われている事に気が付く。
忍び同士の戦いとしてこれ程、熱い戦いは見られないかもしれない。
この場にたまたま居合わせていた彼らはそう確信した。
彼らがこの戦いを黙って見届けようと決めた時だ。男は指を鳴らし、もう一度自分の得意な魔法を繰り出し、彼女の刀を右手だけで受け止めると、死者の衣を着た男わ手招きし、彼を左手で触る。
すると、彼はまたしても大吾郎と瓜二つの男へと変貌したのだった。
お萩は刀を正面に構え、二人の攻撃に備えたらしい。
二人は真剣な顔を浮かべるお萩を見て、互いに顔を見合わせて笑い、首を縦に動かしてから、彼女に向かって同時の攻撃を喰らわせていく。
その様子を離れた所で見守っていた鬼麿は耐えきれなかったのだろう。
彼は拳に爪を食い込ませながら、隣に立っていた孝太郎に向かって叫ぶ。
「もう我慢できないよ!……オレはお萩さんに加勢するッ!いくら何でも、あんな……卑怯なやり方をオレは見過ごせないッ!」
彼の瞳に宿っていたのは強い正義感。
孝太郎は自分の主人を見て考えた。もし、彼が19世紀ではなく、23世紀の世の中に生まれていたら……と。
彼は恐らく、孝太郎に並ぶ立派な警察官になっていたかもしれない。
そんな事を考えてしまったが、彼は頑なに首を縦に振らない。
鬼麿は次に大きな声で主人として命令した。孝太郎は普段とは異なり、敬語を使って応対したが、それでも彼の命令を聞きはしない。
鬼麿はしょうがなく、両手の拳で足元の地面を大きな力で叩き、介入する事ができない理不尽な忍び同士の決闘に向かって呪詛の言葉を叫び続けていた。
だが、彼の呪詛は神には届かなかったらしい。相も変わらず大村大吾郎は妖魔術を用いて、二人掛かりで彼女を追い詰めていた。
最初は二つの刀に対しても、互角を保っていた彼女の刀であったが、次第に二つの刀に押されてきたのだろう。
刀を打つ音が少なくなってきていた。
その様子を見て、大吾郎は勝利の笑みを浮かべていた。
彼か或いは彼が作った分身は大きな力で彼女の握っていた刀を弾き飛ばす。
彼女の持っていた刀が地面に向かって突き刺さっていく。
大吾郎は地面に倒れた彼女の喉元に刀を突き付けた。
彼は口元を歪ませ、彼の態度とは似ても似つかない優しい笑顔を浮かべて、
「いやぁ~凄かったね?まさか、二体のぼくに対し、あそこまで攻撃を繰り出せれるなんて、感動しちゃったよ」
「思ってもいない事を口走らなくてもいいわ」
彼は意味深な笑顔を浮かべながら首と手を振っていく。
そして、その動作のために喉元から離れた刀を彼女の元に再度突き付けた。
「あなたは本当はあたしを見下していたに違いないわ?そうでしょ?こんな小娘が戦えたなんて哀れだ?こうも思っているんじゃあないの?」
「参ったなぁ~どうして、そこまで分かっちゃうんだろう」
大吾郎は朗らかな笑顔を浮かべながら一人で呟く。
「そうやって、人を見下して……色々な人の命やその人を大切にしている人の感情を奪ってきたッ!それが、お前だッ!」
お萩の言葉に大吾郎の顔が変わっていく。笑顔から、眉間に皺が寄ったような表情に……。

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