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第五部『征服王浪漫譚』

悪鬼と未亡人とーその①

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「楽しみだよ。あなた達全員の骨髄やら内臓やらをこの手で抜き取る事ができるなんてね」
彼の顔は明らかに狂っていた。だが、その事については誰も指摘はしない。
最早、目の前の男は『狂気』と言う二つの漢字のみで動いている事を悟ったのだろう。
全員が顔を見合わせる中で、一人、それも女性が彼の前に足を踏み出す。
彼女は楽器に偽装させていた忍刀を取り出し、目の前の男にその刃先を向けた。
「お前、甲賀党の忍びなんだな?それに、大村大吾郎……そう名乗ったな?」
女性の言葉に一瞬の間だけ、首を傾げた後に、彼は満面の笑みで肯定の言葉を呟く。
すると、彼は刀を振って、彼女の刀に炎を纏わせていく。
「大村大吾郎ッ!ようやく、貴様を見つけたぞッ!このまま死んでもらうッ!」
「死ぬなんて、随分と物騒な言い方をするね?それで、どうしたんだい?どうして、ぼくを殺そうなんて事を言うんだい?」
女は丸くて純黒の宝石のように美しい両目に燃えるような闘志を宿らせて目の前の男に向かって叫ぶ。
「惚けるなッ!あたしはハッキリと覚えているんだッ!お前があたしの亭主を殺したあの夜の日の事を……」
女のいや、お萩と言う名の女の頭の中にあの日の事が思い出されていく。
あの日は甲賀の里にて、家族全員で夕食を摂っていた。
夕食を食べ終え、家の中央に存在する囲炉裏を囲んで大事な夫と束の間の団欒を楽しんでいた。
夫は優秀な忍びであり、稽古の場では彼女の師匠でもあり、その修行はとても辛いものであったが、家で過ごす時間は師匠としての顔を忘れ、夫として大切な人としての顔を彼女に向けていた。
彼女はそんな厳しくも優しい夫といつまでもこんな毎日を過ごしていたいと思っていた。
だが、その幸せは一夜の内に破られた。奴らが家の中に押し入ってきたのだ。
彼女の夫は彼らが里にやってくる気配を感じると、彼女に床下の隠れ家に隠れるように指示を出し、何があっても一晩は出ないように指示を出す。
指示を出す際の顔は夫としての顔や大切な人に向ける優しい顔ではなく、修行の時の厳しい顔だったので、彼女は嫌々ながらも首肯した。
だが、床下に隠していた扉を閉ざす際に彼女に向かって笑顔を向けたのは彼がせめてもの思いとして愛する女性に最後は自分の笑顔を覚えて欲しいと言う思いだったのだろう。
彼女は狭い床下の隠し部屋の中で耳を澄ませていた。
最初は何度か刀や武具、印術、妖魔術を打ち合う音が聞こえたが、夫の叫び声と大きな音と共に、この里の人間とは異なる男の声が聞こえた。
男の声は街で評判の役者のように透き通った声であった。
声の主は明るい音色で夫に詰問している。
「ねぇ、本当にこの家にはあなた以外の人はいないの?ぼくはね、頭領から甲賀同心は皆殺しにしろと命じられているんだ。一人でも逃すと、ぼくの首が飛んじゃうんだよ。可哀想だとは思わないの?」
「ふざけるな……多くの人々の愛する人を殺し、里を焼いた貴様が生きながらえるために、わしに他の人間を売れと言うのか!?」
「そうだよ。あなたは殺すけれど、あなたの家族の居場所を吐いてくれれば、楽に殺してあげるよ。キミだって痛い思いをしながら死ぬのは嫌でしょ?」
「そうか……」
「早く喋ってよ。ぼくはもう待ち切れないんだ」
男の詰問に対し、口元に微笑みを浮かべていた事から、夫は愛するべき妻の居場所を売ろうとしている、もしくは夫が他の仲間を売ろうと思案している様にも見えるだろう。
だが、夫は甲賀の忍びとしての誇りを持っていた。
彼は大きく笑いながら、
「誰が言うものかッ!わしは何一つ喋らん!わしは死の恐怖よりも、甲賀の忍びとしての誇りを優先するッ!さぁ、このワシの首を持って手柄とするといいッ!」
夫の態度に堪忍袋の尾が切れたのか、はたまた眉間に何本かの青筋が立ったのかは隠れていたお萩には分からない。
だが、直後に彼女の愛する夫が大きな悲鳴を上げて地面に叩き付けられる音がしたために、夫が男を怒らせたのだと床下に隠れていた彼女は悟った。
「そうか、じゃあ、死んでよ」
無情な一言が彼女の耳にハッキリと聞こえた。床下に隠れていたお萩は耳を防いでも、すり抜けるようにその後の男の言葉と愛する夫の断末魔が聞こえてくる。
そして、最後の断末魔と同時に、男の名前と所属先をハッキリと聞いた。
「全く、たかが一忍びの分際で、伊勢同心の大村大吾郎に逆らうからこんな目に遭うんだ……。ちょっとは身の程って言うのを弁えろって言うのにさ」
それから、何かが折れる音が聞こえた。
グシャと言う嫌な音だ。彼女は両目から涙を流しながら、先程、男が口にした言葉を心の中で復唱していく。
大村大吾郎、伊勢同心と。
心の中で何度も復唱していると、彼女は眠ってしまったらしく、眠っている間に彼女は夢を見た。
夫と大切な夜の時間を過ごし、翌日に畑仕事を終えてから、忍びとしての技量を身に付けている時間。
18と言う年齢である彼女を気遣っていたのか、夫は鍛錬の時と仕事の時を除けば、本当に優しく接してくれていた。
厳しい時間もあったが、彼女はその時間も好きだった。
ありもしない夢から目覚め、彼女が引き戸を開くと、そこには焼かれた他の家々と無数の死体の山。
そして、数少ない焼け残った家に残されていたのは愛する夫の無残な死体だった。
彼女は朝日の中で叫び、復讐を決意した。大村大吾郎と伊勢同心への復讐を。
彼女は朝日の中の自分と今の自分の姿を重ねていく。
目の前の敵を見ても、彼女は怖気付く様子は見えない。
むしろ、殺意や敵意を高めただけである。
彼女は両手で刀を持って、目の前の顔色の悪い男に向かって斬りかかっていく。
男は彼女が斬りかかってくるのと同時に、下段の印術を使用し、土で作られた拳で彼女の顎を殴り飛ばす。
殴られた衝撃のため、お萩は地面の上に叩き付けられたのだが、即座に起き上がり、今度は自分自身も印術を使用しながら、大吾郎へと斬りかかっていく。
大吾郎は小さく息を吐いてから、自分の刀に風を纏わせ、彼女の刀に対抗する。
大吾郎は風を纏わせた刀によって彼女をもう一度大地の上に叩き付けた。
大吾郎が例の冷たい視線で彼女を見下ろしながら、刀の剣先でお萩を斬り殺そうとした時だ。
お萩は目を見開き、下段の印術を唱え、大吾郎の腹を殴るように指示を出す。
腹を殴られた衝撃によって、彼は後方へと大きく吹っ飛ばされ、先程の彼女同様に地面に叩き付けられたが、その顔は大きく笑っていた。
「いいぞッ!いいぞッ!これこそがぼくの求めていた『痛み』だッ!この『痛み』を知る事ができたのなら、ぼくは絶対にあのお方に追いすがることができるッ!」
大吾郎の狂気じみた笑みと言葉にお萩は顔を曇らせたが、直ぐに理性を取り戻し、もう一度刀を構えた。
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