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第五部『征服王浪漫譚』

水炎と火花ーその⑤

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ダツの群れを生み出した彼女は龍一郎が斬りかかってくるのと同時に、彼女は別の方向に向けていた群れを自分の正面に置き、攻撃用に繰り出した群れを防御用へと転換させていた。
転向したとは言え、元々は相手を仕留めるために、彼女の繰り出す小さな海の中から作り上げられた存在である。
依然として彼らは鋭い口の端を美少年に向けていた。
少年は魚の群れが発射されるのと同時に、彼は自分の右手から新たに糸を作り出し、彼らの最大の武器である口の端を紡いでいく。
それどころか、彼は刀を握った右手を動かし、縛り付けていた魚を反対に本来の主である乃木桃葉へと向けていく。
乃木は中段の印術を繰り出し、繰り出されてきた魚の群れを吹き飛ばす。
彼女が魚を吹き飛ばしている間に生じた隙を突いて、龍一郎は上空から飛び上がり、乃木桃葉の頭上を狙う。
今度こそ仕留められるかと思ったものの、彼女は飛び上がる少年の目の前に例の水の膜を作り出し、今度は大きな牙を持った大型の魚を繰り出す。
あまりにも大き過ぎて、目の前に広がるコップ一杯分くらいの水では足りないのだろう。
少量の水から飛び出したと思われる大きな鮫の頭のみが龍一郎を狙う。
アホ毛が特徴の少年はその頭に向かって自分の妖魔術を繰り出す。
蜘蛛の糸のように絡み合った幾重もの糸が目の前の巨大な魚のような怪物の口を強引に閉ざす。
糸の操り主はここぞとばかりに声を振り上げて、魚の真上から刀を振り下ろす。
少年忍者の刀を受けた巨大な魚は悲鳴を上げ、次に頭が真っ二つになった後に、元の水の中へと顔を戻す。
桃葉は舌を打ち、真上から弧を描いて刀を振るう少年の刀を自分の手に持っていた刀を盾にして防ぐ。
二つの刃が重なり合うと同時に金属がぶつかり合う独特の音が夜の街の中に響いていく。
縦に、横に、刀の打ち合う音が響いていく。
二人の剣舞に隙は見えない。だが、疲労の色が先に現れたのは龍一郎の方らしい。彼が口から吐き出す呼吸の音が徐々に荒くなっていく事を乃木は見逃さなかった。
「ウフフフ、流石に限界が来たようね。坊や……やはり、子供が大人相手に粋がるものじゃなくてよ?」
くノ一は刀を勢いよく振るいながら言う。
「……。うるさい。オレは絶対にお前達、妖魔党を討ち滅ぼし、里のみんなの仇を取るんだッ!」
少年の刀の塚を握る力が強くなっていく。幼い少年の家族を殺された怨念が刀を通して聞こえてくるかのようだ。
すると、美しい顔の女性は隙が生じてしまったのだろうか。
彼女の握っていた刀が地面に劣勢だった筈の少年によって弾き飛ばされ、刀が音を立てて転がっていく音を彼女は耳にした。そして、冷や汗をかいて背後を振り返ると、そこにはとっくの昔に地上に落ちていた自分の刀の姿が見えた。
その上、更に悪い事には悪い事が重なるものだ。
暗い街の中に一人の顔の整った青年が姿を見せていた。
だが、その青年は普通の人達は異なり、ペンキで塗ったかのような赤い肌をしていたのだ。乃木は確信を得た。
彼こそが、頭領直々に始末を命じられている赤い肌を持つ若造だと。
彼女がこっそりと懐に忍ばせていた手裏剣を真下から天井に登っている自分達を見上げる青年に向かって放り投げようとしたが、彼女は手に持っていた手裏剣を放り投げる前に彼女の右手に大きな激痛が走ったために、彼女は処分される寸前の牛のような大きな悲鳴を上げ、負傷した右手で持っていた手裏剣を乱暴に放り投げていく。彼女の右手から解放された四つの刃に分かれた手裏剣が瓦の上で転がっていき、地面の下に落ちていく。
桃葉は真下の青年を眺めると、青年が手に何かを持っている姿を見つけた。
彼女は青年が握っているものを見て、思わず口を大きく開けてしまう。
その少年が持っていたのはかつて、自分達の新たなる頭領が就任した際に不満を口にした忍び、村田三蔵を殺害した時と同じ物だったから……。
放心する桃葉の姿を見た龍一郎は隙を突いて、背後から乃木桃葉を狙う。
白い閃光が暗闇の中で光るのと同時に彼女は先程よりも大きな悲鳴を上げて屋根瓦の上に倒れ込む。
龍一郎は倒れている彼女の目の前に刀を突き付け、小さな声で囁く。
「お前の負けだ。降伏を認め、新たなる頭領の秘密を教えてくれるのなら、お前の命だけは助けてやってもいいぞ」
「誰が話すもんですか……」
言葉とは対照的に弱々しい口調であった。龍一郎は哀れなる女性の忍びを冷たい視線で突き刺すように眺めていた。
彼の目には『憐憫』や『憐情』と言った表情は一切ない。
本当に彼女が憎いと言わんばかりの視線で突き刺す表情に乃木は戦慄した。
この少年には得意の武器も通用しないだろう。彼女は諦めの感情を理解し、目を閉じたが、その前に彼女と龍一郎の間に弥太郎との戦いを抜けたと思われる彼女の双子の兄である乃木桃矢が現れ、彼女に目で合図を送る。
兄の指示に従い、彼女は右手の代わりに、左手で小さな水を宙に作り出す。
その水の上に電気鰻を作り上げ、その水ごと彼女は龍一郎の目の前に放り投げる。
そして、その水と少年が接触する寸前に、彼女の兄が粉を放り投げ、水の中に入れてその水を爆弾に変えて爆発させた。
龍一郎は水が迫るのと同時に忍びらしく勢いを付けて背後に転がったために、怪我をした訳では無かったが、爆風のために窮地に立たされたのは事実である。
双子の兄は妹を助け起こし、彼女の手を優しく握って笑う。
「大丈夫ですよ!姉上!ぼくが付いてますから、あんな奴らは直ぐに片付けてご覧にいれますよ。姉上も直ぐにご準備をーー」
双子の兄が彼女に向かって話しかけていた時に、彼の妹が受けたのと同様の苦痛を負って倒れてしまう。
「……。兄上?」
桃葉の問い掛けには桃矢は応じない。それもそうだろう。彼は地面の青年から腹に向かって撃たれた銃弾を喰らい意識を失いかけていたのだから。
茫然自失とする桃葉を他所に、背後から刀を振り上げた十文字の傷を持つ少年が現れ、彼女の兄である乃木桃矢の首を跳ね飛ばす。
その様子を桃葉は見て、彼女は信じられずに叫ぶ。桃葉は最愛の兄が死んだと言う事実を確認すると、戦闘を放棄し、三階建ての土蔵建築の建物の上から飛び降り、地面を伝って逃亡を試みたが、それも彼女は断念した。
彼女の目の前には大勢の西洋風の洋服を着た巡査達が立っていたのだから。
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