魔法刑事たちの事件簿R(リターンズ)

アンジェロ岩井

文字の大きさ
上 下
230 / 365
第五部『征服王浪漫譚』

水炎と火花ーその④

しおりを挟む
龍一郎の刀は一直線上に彼女の首を狙っていた。
酸素を奪われたと言っても、彼の意思はまだ死んでいるとは言えない。
龍一郎は懸命の思いで刀を振るうが、その刀はあっさりと交わされ、それどころか例の女に背後から蹴りを入れられ、もう一度屋根の上で転がってしまう。
苦しい息を上げている少年を見下ろしながら、乃木桃葉は言った。
「もしかしたら、あたしをその刀で斬り殺せるとでも思ったの?おめでたい子。でも、その意気だけは買うわ、だからーー」
彼女は少年の忍者が握っていた筈の刀を乱暴に奪い取り、彼の頭上に向かって刀を振り下ろす。
アホ毛の目立つ可愛らしい少年は観念したのか目を瞑ったが、彼の覚悟は一本の鋭い音の前に吹き飛ばされてしまう。
彼が恐る恐る目を開けると、目の前には十文字傷を負った少年がくノ一の刀を受け止めていたのだ。
十文字傷の少年は目の前で対峙している女に向かって険しい視線で相手を睨み、憎悪の炎を両眼に滾らせながら叫ぶ。
「勝手に龍一郎の人生を終わらせようとするじゃあねぇよ!おれや龍一郎はこれからまだまだやる事があるんだよ!それをどうしてテメェなんぞに奪われなけりゃあいけないんだァァァァァ~!!!」
少年は刀を強く握り締め、くノ一を吹き飛ばし、倒れている少年の忍者に向かって話し掛けた。
「おい大丈夫か?今すぐ、おれの妖魔術で助けてやるからッ!」
十文字傷の少年は人差し指から炎を作り出し、その炎を空中に移動させ、人差し指で彼の首をなぞるように動かしていく。
すると、彼の首はもう一人の少年の炎の前に蒸発してしまう。
ようやく酸素を得た少年は大きく深呼吸を行うと、もう一人の少年の手を握り締め、彼に向かって礼の言葉を述べた。
「ありがとう!お陰で助かったよ!」
「バカ、やめろよ……礼は後でいい!それよりも、目の前の二人の妖魔党の忍びどもから奴らの親玉の情報を聞き出すぞ!!」
少年が刀を握り締め、目の前の女と向き合うのと同時に、女はクスクスと笑って、自分の肩書を名乗っていく。
「妖魔党の地魔……だと?」
十文字傷の少年もとい弥太郎は目の前のくノ一に向かって問い掛ける。
「その通りよ。あたしも兄も妖魔党の地魔……最も、地魔と言っても普通の伊賀同心の忍びよりは強いから、そこを注意していただけると嬉しいわ」
丁寧に頭を下げた後に均整の取れた顔の女性はもう一度手に持っていた刀を振り上げて、二人に向かっていく。
上段から斬りかかる彼女の刀を二人は殆ど同時に刀を宙に掲げて、攻撃を防ぐ。
女性は次に印術を応用し、二人を襲うものの彼にとってその攻撃は恐ろしいものでは無い。
二人は落ち着いて自分たちの使える印術を使用し、彼女の印術をかき消す。
と、同時に二人の背後にもう一人の男が忍刀を持って上段から斬りかかっていた事に気が付く。
弥太郎は背後からの刀を防ぎ、龍一郎は目の前の女性に向かって中段の印術を放つ。
女は龍一郎が攻撃を繰り出すのと同時に、背後へと飛び上がり、もう一度印術を繰り出す。
猛風が龍一郎を襲い、彼を屋根の上から吹き飛ばそうとしていたが、その風を刀を受け止める傍に弥太郎が同様の風を起こさせる事によって防ぐ。
膠着状態に陥ってしまったのだろうか。龍一郎が不安げに左右を見渡すと、もう片方の男が自分の相棒に苦戦している様子を眺め、彼はこの戦いが弥太郎が自分に加わった事により、早期の決着が付けられるように思われた。
目の前の女が予想外の攻撃を仕掛けるまでは……。
女はパチパチと手を叩きながら、龍一郎に向かって言った。
「よくやったわね。お前達二人の健闘は実に尊敬に値するものね。子供にしては中々の出来だわ」
「そりゃあ、ご親切にどうも……けれど、アンタがいくらおれ達二人を褒めようとも、アンタら二人がここで死ぬと言う結末は変わらないんだぜ」
「ウフフフ、そうかしら……ねぇ、坊や、大人を舐めるとどうなるのかをお姉さんが教えてあげようか」
目の前の美しい顔立ちの女性はその顔と体型に相応しい細くて繊細な筈の人差し指を舐め、次に人差し指を龍一郎に向ける。
すると、龍一郎の目の前に壁の形になった水が現れ、そこからその壁を埋め尽くさんばかりの先が大工の使う釘のように尖ったものを付けた魚が現れた。
魚達は龍一郎に向かって勢いを付けて、襲っていく。恐るべきスピードで相手に襲い掛かっていく様は西洋製のライフル銃を思い起こすものだ。
龍一郎は風の印術で魚の群れを防いでいたものの、防御のために広げていた両手は恐怖のために震えていた。
龍一郎はその時に銃によってなす術もなく倒されていく奥越列藩同盟の士族達と現在の自分の姿を重ねていた。
政府軍の最新式の西洋の武器に身を固めた兵士達に撃ち殺される侍達は今、一人のくノ一と対峙している自分と同じ気持ちだったのだろうか。
龍一郎はその時までそう考えていたが、頭の中で別の考えが思い浮かび、先程の自分の考えを打ち消す。
いいや、侍達は卑劣な薩長の攻撃の前に自分達の家族や故郷を守るために、立ち上がって、そして死んでいったのだ。
その侍達と震えを起こし、目の前の妖艶な雰囲気を漂わせた女に怯えている自分とを比較するのはおこがましい。
龍一郎はそう言い聞かせて、目の前の女と得体の知れぬ魚の群れを睨む。
龍一郎は刀を掲げて、女の元へと斬りかかっていく。
女はその攻撃を先程と同じ魚の群れで迎撃していく。
龍一郎はその際に自分の両手のあちこちから糸を出し、繰り出してきた魚の口を結び、飛び上がった勢いのままに斬り刻む。
屋根瓦の上に龍一郎の斬ったダツが飛び散っていく。
流石の乃木桃葉もこの状況には焦りを感じたのだろう。
桃葉はもう一度龍一郎を窒息させようと、上段から飛び上がる龍一郎の顔に水の膜を貼って、彼の呼吸を奪う事に成功する。
桃葉は目の前の惨状から、龍一郎は自分に攻撃をしようとするのを諦めるだろうと踏んだが、龍一郎は彼女の予想よりも執念深かった。
龍一郎は迷う事なく、上段から桃葉に向かって刀を振るう。
弧を描かれて振り下ろされた刀を桃葉は自分の刀を盾に防いだが、それでも彼女にとっては容赦の無い事態であったと言っても良いだろう。
桃葉は刀から新たに水を放出し、そこからもう一度ダツを繰り出す。
龍一郎は飛び上がる中で、宙を蹴り、背後に反り返る事によってダツの群れと自分が接触すると言う最悪の事態を防ぐ。
背後から勢いを取った龍一郎はもう一度斬りかかっていく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

静寂の星

naomikoryo
SF
【★★★全7話+エピローグですので軽くお読みいただけます(^^)★★★】 深宇宙探査船《プロメテウス》は、未知の惑星へと不時着した。 そこは、異常なほど静寂に包まれた世界── 風もなく、虫の羽音すら聞こえない、完璧な沈黙の星 だった。 漂流した5人の宇宙飛行士たちは、救助を待ちながら惑星を探索する。 だが、次第に彼らは 「見えない何か」に監視されている という不気味な感覚に襲われる。 そしてある日、クルーのひとりが 跡形もなく消えた。 足跡も争った形跡もない。 ただ静かに、まるで 存在そのものが消されたかのように──。 「この星は“沈黙を守る”ために、我々を排除しているのか?」 音を発する者が次々と消えていく中、残されたクルーたちは 沈黙の星の正体 に迫る。 この惑星の静寂は、ただの自然現象ではなかった。 それは、惑星そのものの意志 だったのだ。 音を立てれば、存在を奪われる。 完全な沈黙の中で、彼らは生き延びることができるのか? そして、最後に待ち受けるのは── 沈黙を破るか、沈黙に飲まれるかの選択 だった。 極限の静寂と恐怖が支配するSFサスペンス、開幕。

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

リアルフェイスマスク

廣瀬純一
ファンタジー
リアルなフェイスマスクで女性に変身する男の話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

処理中です...