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第五部『征服王浪漫譚』

竜王との再会

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中村孝太郎は四国における戦いの傷に耐えながら、必死の思いで山の中を歩いていた。傷と疲労が蓄積したこの体では山を歩くのは自殺行為と言えただろう。
エメラルドの宝石のような綺麗な緑の光に包まれる山の中で、孝太郎は倒れてしまう。
自分はここで死んでしまうのだろうか。孝太郎の頭の中に走馬灯のような物が浮かんでくる中で、聞き慣れない声が聞こえてきた。
孝太郎は朦朧とした意識の中で声のした方向を見る。孝太郎の目の前に薄い着物一枚を着た可愛らしい顔の少年が立っていた。
少年は可愛らしい瞳で洋服を着た若い男を見下ろす。
「兄ちゃん大丈夫か?おれが製造した軟骨使うか?」
孝太郎は薄れゆく意識の中で彼が煎じたと言う軟骨を受け取ろうとしたが、意識を失う方が早かったらしい。
孝太郎は山の土の上に大きく倒れ込む。
少年の慌てる声が朧げな意識の孝太郎の耳の中に響いていく。
孝太郎が目を覚ましたのは先程の生き生きとした山とは対照的な暗黒の空間であった。
辺りを見渡しても暗黒の空間が広がる以外は何も見えない場所。孝太郎が声を出して人を呼ぼうとした時だ。彼の目の前に見慣れた人物が現れた。
人物の正体は異世界『オリバニア』を大昔に支配しようと目論んだ竜王スメウルグ。
彼は孝太郎にとっては忘れられない敵であった。
孝太郎は銃を突き付ける代わりに、険しい右目を突きつけて目の前の怪物と対峙していく。
「何の用だ?どうして、お前がここに?」
兜に隠された表情は答えないが、声の調子から彼は機嫌良く答えている事が分かる。
「ふん、おれは竜王。肉体は無くとも、精神は不死身よ。こうして、貴様の意識の中に潜り込む事もできるからな」
「何の用でおれの元に尋ねてきた?今更、そんな強がりを言うためにでも戻って来たのか?」
竜王は首を横に振って孝太郎の提案を即座に否定した。
「いいや、おれが再び姿を見せたのはこの世界で再び復活できるかもしれんという可能性をお前に提示するためだ。ヴィトにしろアランゴルンにしろ、おれを完全に倒す事は不可能なのだ。肉体を殺したとしても精神を殺す事は誰にも不可能なのだよ!」
「そんな亡霊の脅しにおれが乗るとでも、おれが何処にいるのかは分からんが、必ずお前の野望を阻止し、竜王スメウルグの復活を阻止してみせる!」
竜王スメウルグはゴテゴテとした小手に覆われた人差し指を左右に揺らして、孝太郎の考えを否定した。
「甘いな、先程も言ったが、かつておれは『オリバニア』とこの世界を繋ぐ道具を見つけ、移動したのだ。そこで、おれは家庭を持った。あれは丁度、1700年代の後半だったな、開拓民の女と関係を持ち、五人の子供を産ませた」
「その五人の苗字は?」
孝太郎はスメウルグの言葉を聞いて、頭の中に「まさか」と言う言葉が重複しているのを確かに聞いていた。
孝太郎はただの偶然であって欲しいと願ったが、目の前の竜王は孝太郎の期待を小さな子供が飛ばした風船を破裂させるように簡単に壊したのだった。
「ペンドラゴンだ。立派な苗字だろう?勿論、様々な理由があって苗字を変えた家もあるだろうが、五人の子供の誰かはまだペンドラゴンの苗字を名乗っている筈だ」
孝太郎はスメウルグの言葉を聞いて確信を得た。やはり、ペンドラゴン兄妹は非常なる竜王の子孫だったのだ。
孝太郎は四国の戦いの際に殺せなかった自分の甘さを悔いていく。
あの二人は法の裁きなんてものは通じないのだろう。
そんな孝太郎の後悔を嘲笑うかのように、竜王は大きな声を上げて彼に向かって不都合な真実を話していく。
「他にも教えてやろうか?お前達が解決に躍起になっていたキャンドール・コーブ計画の真の発案者はこのおれだ。1970年代の前半に奴らの世界に危険なパラサイトをばら撒き、大勢のガキの人生を狂わせた」
「お前のばら撒いた例のパラサイトに目を付けたのが、トマホークや例のロサンゼルス伯だと言うのか?」
「その通り、乗り気になった彼らの後を押すように、私はキャンドール・コーブの入ったテープを彼らに渡した。そして、それを利用して計画を開始した」
「この外道がァァァァァァァ~!!」
孝太郎は怒りに突き動かされ、スメウルグに向かって殴り掛かっていく。
だが、殴り掛かろうとした孝太郎の腕をスメウルグは自らの人差し指を動かす事によって止めた。
「精神世界のおれは無敵だ。貴様如きの拳などに負けはせん。まぁ、この時代で貴様は我が子孫が世界を変えようとする様を黙って見ておれ」
踵を返して暗黒の空間を歩いていく竜王に向かって孝太郎は罵声を浴びせていたが、竜王の姿は消えて無くなっていく。
同時に孝太郎が先程まで立っていた暗黒の空間も消失し、孝太郎は何も無い空間へと叩き出されていく。
孝太郎が悲鳴を上げると、一瞬で景色は変わり、木製の質素な小屋で彼を目を覚ます。
孝太郎が辺りを見渡そうとすると、その前に小柄な少年が彼の胸に飛び付く。
バランスを崩した孝太郎は両手を動かしてバランスを取ろうと試みたが、結局は重力には逆らえずに布団の中に倒れてしまう。
可愛らしい顔の少年は孝太郎が意識を失う前に、軟骨を渡そうとした少年と同一人物なのは間違い無いだろう。
孝太郎は礼を言って少年の立派な黒い髪を撫でていく。
と、布団の上で戯れあっている二人の様子に気が付いたのだろう。
襦袢を付けていない若い女性が戯れあっていた少年を優しく抱き抱えて、孝太郎の元から離す。
「あーダメだよ。鬼麿。この人は疲れてんだから……」
「鬼麿?」
予想外の名前に孝太郎が首を傾げていると、一枚の着物では隠しきれない程の胸の女性が明るい声で言った。
「ええ、あたしの息子。カッコ良さそうだろう?ちなみにあたしの名前は雪。お雪って里のみんなは呼んでいるよ」
孝太郎は雪を名乗る女性に丁寧に礼を述べてから、ここが何処で今が何時なのかを問う。
「ええと、ここはあたしと鬼麿の家で、鳥見の山の山頂だね。時間は確か、夕七つだね」
夕七つと言う事では現在の時間に直せば、15時から16時の間と言う事だろう。
孝太郎が山の中で倒れた時に、眩しい程が日が照っていた事を覚えている。
その時間を11時頃と推測すると、自分が眠っていたのはそう長くないのだろう。
孝太郎はもう一度自分は時間を超えたと言う事を実感すると、深い眠りに襲われて布団の上に倒れ伏す。
面倒くさい事を置いておいて、今の彼はとにかく眠りたかった。
それだけ、高知城の天守閣での死闘は彼の体に響いていたのだ。
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