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第五部『征服王浪漫譚』

伊賀同心の新たなる頭目

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明治のある年、苦難の相次いだ伊賀同心の中に嬉しいニュースが舞い込む。
嘉永元年以来24年も不在であった伊賀同心の新たなる頭目が決まった事である。
だが、消滅しつつある他の忍者達からはこの新たなる頭目は認められなかった。
何故なら、彼らが新たに選んだ頭目は外国人であったからだ。
外国人は自分の名前をジョン・スミスと名乗った。彼の妻を名乗る長い金髪の髪の女性はジェーン・ドゥを名乗っていた。
伊賀同心の一人は西洋文化に詳しい長崎の男から自分達の頭目の名前について尋ねた所、異国においてもそれは身元不明者を扱う際の名前だと言う事を知った。
それを知った伊賀同心達は狼狽したらしいが、二人の力は圧倒的であり、それに逆らう事など考える事も出来ない。
こうして、二人の身元不明の外国人に長い歴史を誇る伊賀同心は乗っ取られる事になったのだ。
と、後に歴史小説家は書に記している。
現在の調査においてもこの二人が誰なのかは見当が付かないらしい。
東洲斎写楽同様に謎に包まれた存在だと噂する学者や小説家もいれば、実は外国人の名前を名乗った日本人では無いかと言う論争も巻き起こっていた。
いずれにしろ、二人の夫妻の正体は23世紀に於いても決着は付いていない。
ただ、近年において発表された歴史小説『両手銃奇譚』において彼らの正体はタイムトラベラーなのでは無いかという説も新たに導入された。
明治末期のとあるお雇い外国人の視点から描いた人気の時代小説であり、その小説内においては伊賀同心と同じ名前を名乗る二人の見た目麗しい男女が大久保利通に内務省の設立を進言しに向かう場面が強調されて書かれていた。
『両手銃奇譚』の作者はこの二人の存在が無ければ、日本における内務省の設立は大きく遅れていたであろうと証言した。
つまり、大日本帝国時代に統制機関として睨みを利かせていた内務省は大久保利通や当時、洋行をしていた参議達による案では無いと作者は言ったのだった。
最も、この匿名の男女のエピソードは大久保利通の夫人が薩摩身内にこっそりと漏らした話らしく、作者は夫人が『話しを盛った』と言う事実から目を背けていると、非難も業界の間で巻き起こった。
いずれにしろ、四百年も昔の時代の事を知るのは現代人には不可能だと知らされる出来事であった。
謎が謎を呼ぶジョン・スミスとジェーン・ドゥの二人の謎は未だに解き明かせそうには無い。








シリウスは長い悪夢から目を覚ます。長い夢であった事を彼はハッキリと覚えていた。夢の中に現れたのは一体の巨大な竜。その後に現れたのは黒い甲冑を身に纏った不気味な人形の存在。
竜王スメウルグを名乗る彼は自分に征服王の計測ザ・ルーラーを与えた張本人であると言う。
彼はシリウスに向かって言った。この世は全て竜王の子孫であるお前の物だと。
シリウスは竜王を名乗る男に向かって抗議の言葉を飛ばすが、目の前に現れた竜王は聞く耳を持たずに、彼に自分が今いる時代よりも前の時代に飛んで、ある人物の子孫を殺すように指示を出す。
シリウスが暗黒の空間の中で踵を返そうとする竜王に向かって静止の言葉を叫ぼうとしたが、途端に景色は暗黒の空間から、日本家屋の中へと姿を変えた。
シリウスが辺りを見渡す。彼は粗末な板の上に敷かれた藁の敷物の上に置かれた虫の食った穴だらけの白色のマットレスの上で寝ていたらしい。彼の体の上に布団がかかっている事から、これは日本文化における布団である事を悟る。
シリウスが家の中を見渡すと、痛んだ障子と呼ばれる日本式の引き戸が自分が今、眠っている部屋の前に設置されている事に気が付く。
眠っていたシリウスの鼻腔を良い物が刺激している事から、この引き戸と自分の眠っている部屋を仕切っている部屋は台所で間違いないだろう。
眠っていた男はもう一度自分の格好を見てみた。
着流しと言う地味で寝心地の良いパジャマのような存在である事は分かる。
シリウスがそんな事を考えていると、その障子が勢いよく開かれ、眠っているシリウスの前にシャーロットが現れた事に気付く。
だが、顔は同じであるものの、シリウスの記憶に存在する妹の服とはどれも一致しない。
何故なら、妹はロングスカートのような服を二枚着ていただけなのだから。
一番肌と密着している着物は白い着物で、シリウスの記憶が正しければ〔襦袢』と呼ばれるこの時代の女性の下着で間違いないだろう。
彼女はその上にあちこちの部分につぎはぎが貼られている胸元に蜻蛉の飛ぶ姿が描かれている淡いオレンジ色の着物を着ていた。
シリウスは大きな溜息を吐いてから、最愛の妹に向かって目を遣る。
「シャーロット。心配かけて済まなかったな……」
その言葉を聞いたシャーロットはずっと風呂に入っていなかったと思われるシリウスの胸の中に飛び込む。
「良かったです!お兄様……シャーロットは二週間の間、ずっとお兄様の身を案じておりましたから……」
「二週間だと?」
シャーロットはシリウスの片眉が動いた事に気が付く。
「ええ、お兄様は二週間の間、ずっと寝ておりました。その間、様々な人がお兄様のお世話をしておりました。お兄様に流動食をこしらえてくださったり、お兄様の安眠のために布団を用意してくれたり、勿論、お兄様のお体はわたくしが拭かせていただきましたが……」
「成る程、どうやら、わたしはあの忌々しい刑事から受けた傷のために、ずっと寝ていたと言う訳だな?」
「ええ、わたし自身もここに迷い込んでからは一週間の間はあの口の悪いお嬢さんから受けた傷の療養に励んでおりました」
シャーロットの言葉からすると、自分と妹は何処かの田舎の村落にでも迷い込んだに違いない。
『三国志』や『水滸伝』では大した活躍をする場面が無い退屈な場所と言う印象の強い村落であるが、助けてくれた事には感謝をしようと考えていると、日本の伝統衣装に身を包んだ妹が眠っていた兄の耳元で囁く。
「お兄様、ここだけの話ですが、わたし達の迷い込んだ場所は複雑な場所なのですよ」
シリウスは彼女と同じような小さい声で言葉を返す。
「例えば?」
「お兄様もニンジャをご存知でしょう?この村落はニンジャを育成するので有名な場所なのです。その上、ニンジャのリーダーは不在と言う事で、現在、我々の居る村では跡目争いが起ころうとしております。お兄様もそれに同調してみては?」
妹のもたらした情報にシリウスは唇を大きく歪めて答える。
「良いだろう。お前の案に乗るとするか……」
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