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第四部Ⅱ 『入江の中の海賊』

アンタッチャブルとイレギュラーズの転換点

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「……。そうか、やっぱり……」
孝太郎は沈んだ表情を浮かべて駆け付けた巡査の報告を受けた。
彼は病院のシーツを強く掴みながら、あの時の自分の行動を悔やむ。
何故、もう少し早くに石川葵を撃たなかったのだろう。どうして、石川葵を法の裁きに掛ける事に拘ったのだろう。
もし、彼女の処分をもっと早くに黄泉の国に存在するとされるイザナミの神に任せておかなかったのだろう。
孝太郎は柿谷淳一の容体を思い返す。彼は一命は取り止めたらしい。だが、彼は三年前の自分と同じでいつ目覚めるのか分からない状態に陥ってしまったらしい。孝太郎は淳一が病室のベッドから起き上がる時を待つつもりであった。
彼が自分達の仲間と共に三年間に渡って自分を待ってくれていたように。
淳一の身柄はビッグ・オオサカの病院に置かれるらしい。その証拠に隣の病室から彼の唯一の肉親が泣き叫ぶ声が聞こえてくる。
先程、彼が自分の歳の離れた親友とその顧問弁護士に連れられて自分の眠る個室病棟で軽い会話を交わしてから、最愛の兄が眠る病室へと向かったのを孝太郎はハッキリと眺めていた。
自分に何が出来たのだろう。孝太郎はもう一度病室のベッドに必ずと言って良い程掛かっている白いシーツを強く掴む。
淳一は本来なら、殺人課の刑事だ。それなのに、自分達の捜査を助けてくれたのは彼自身の意思によるものが大きかったのだ。
孝太郎は三年前に彼の事情も知らずに酷い言葉を投げ掛けた時の事を思い返していく。
『あんたが、刈谷阿里耶と繋がって、奴らの犯罪を黙認していた事実は変わらないんだ。それを忘れないでほしいね』
彼はあの時にどんな表情をしたのだろうか。怒っていたのか。それとも、沈んだ表情を見せていただろうか。
孝太郎は三年前に見た筈の淳一の表情が思い出せないでいた。
孝太郎が両手を抑えて頭を抱えていると、彼の運び込まれた病室の扉がノックされる音が聞こえた。
孝太郎はノックの主に対して入室の許可を与えた。
病室の扉が開く、彼の目の前に現れたのは待ち浴びたあの人。
彼と同じ赤銅色の肌に彼よりも長くて美しい黒い髪と一流のモデルを思わせるかのような端正な容姿。
間違いない。姉の折原絵里子だった。彼女は両腕にフルーツの沢山入った籠と赤いカーネーションが多く入った花束を抱えて入ってきた。
姉は孝太郎の近くのサイドテーブルにフルーツの籠を置き、それから、その隣置いてあった大きな瓶の中に持ってきた真紅のカーネーションを突っ込む。
それから、絵里子は孝太郎に向けて優しい笑顔を向けた。
「久し振りね。孝ちゃん……」
「姉貴こそ……もう傷の方は良いのか?」
絵里子は小さく首肯した。どうやら、心の傷も体の傷も何日かの入院ですっかり癒えたらしい。
孝太郎は優しく笑ってみせて、それから、姉から贈られた花の花言葉の意味を問う。
絵里子は優しい微笑を浮かべて、
「それはね、孝ちゃんにお礼を言いたかったからなの」
「オレにお礼を?」
孝太郎はキョトンとした顔を浮かべて尋ねる。
「うん、あの時にね。あたしをちゃんと受け止めてくれた……そのお礼がしたかったの。アンソニー・フォックスの手から落ちたあたしを受け止めてくれてありがとう。孝ちゃん……」
孝太郎は姉に向かってもう一度微笑む。
それから、彼は真剣な目を浮かべて絵里子に尋ねる。
「なぁ、あの子……柿谷淳太はどうなるんだ?」
絵里子は腕を組んで黙って孝太郎を見つめていた。何処となく彼への視線を逸らしたりもしていた。孝太郎はそんな姉の様子が気に入らなかったのだろう。横たわっているベッドを強く叩く。
弟の剣幕と勢いに肩を震わせた姉は海底に存在する岩盤のような重い口を開く。
「分からないわ、何せまだ義務教育も終わっていない年齢だもの……引き取りが無ければ、孤児院に行き着くでしょうね」
「ならないよッ!」
絵里子の言葉を突然乱入してきた少年が遮る。
“天使のような”と言う形容詞の似合う美しい顔の少年はどうやら、隣の病室を後にしたばかりだったらしい。彼の口からは息は一つも漏れてはいない。
その少年は愛くるしい瞳を限界まで強く見開き、「舐めるな!」と言わんばかりに主張していた。
「淳太くんはぼくと同じ家で暮らすんだ!絶対に孤児院には行かせない!」
「浩輔……」
孝太郎は年下の親友の思いも寄らない言葉と剣幕に自分自身の発すべき言葉を消失させてしまったらしい。
彼は強い言葉で自分の考えを口にしていく。
「ぼくと淳太くんは……いや、負け犬倶楽部イレギュラーズの面々は絶対に離れ離れになったりしないんだッ!だって、負け犬倶楽部イレギュラーズはーー」
浩輔はその場で声を失ってしまう。彼は思い出したのだ。彼の好きな小説『銀河英雄伝説』の最後に至った時に主人公の率いる不正規兵隊イレギュラーズの面々がどうなったのかを。
皇帝カイザーと勇敢に戦った自由の闘士達は次第に数を減らしていき、六人達の名前のあるキャラが死んでいく様を浩輔はしっかりと覚えていた。そして、終盤に近付くにつれて……。
浩輔がその考えに至ったのを見計らい、孝太郎の前に立っていた絵里子は彼に向かって話し掛けた。
「そうよ。どんなメンバーだってどんな集まりだってその集まりは一生続かない……どんな時にだってお別れはあるわ……」
絵里子は目の前で可愛らしい瞳を滲ませた少年に向かって優しい口調ながらも厳しい言葉を選ぶ。
確信を突かれた少年は視線を地面に向けていた。
だが、少年は大きく首を横に振って目の前の女性に向かって叫ぶ。
「そうだよ、そうだよね!例え、どんな事になったってぼくらの友情は変わらないし、それにーー」
浩輔は絵里子と孝太郎の二人の姉弟に向かって満面の笑みを向けて言った。
「絵里子さんはああ言ったけれど、絶対にぼくらの集まりは終わらないさ!ぼくらの友情は誰よりも強く結び付いているんだからッ!」
浩輔はそう言って太陽を思わせるような眩しい笑顔を浮かべて病室を後にした。
孝太郎と絵里子は浩輔が退出していくのを見計らって、聖杯の欠片の話に戻っていく。
「ええ、これでしょ?」
絵里子は懐から一つの欠片を見せる。
「三年前のあの時と同じだわ、同じ聖杯の欠片をあたしは握っているのね」
孝太郎は首肯する。
「ああ、三年前に昌原道明やイワン・トロツキーの連中と命を掛けて争った運命を左右する聖杯の欠片だ」
「不思議なものだわ、あの時は複数の欠片を持っていたのに、今はたった一つの欠片しか有していないなんて……」
「あぁ、あの時以上のスピードとパワーだ。恐らく、シリウスの指導力と魔法があの快進撃をもたらしているんだろうな……」
孝太郎の言葉に絵里子は肩を震わせてしまう。人をあのように大量に殺す事ができて、その上目的の達成のためには躊躇いも無い血も涙も無い連中に。
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