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第四部Ⅱ 『入江の中の海賊』

大阪・パニック!ーその⑦

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葵のナイフが孝太郎の首元の上で怪しく光る。いつ彼女が首の上にナイフを突き立てたとしてもおかしくはない。その上、今の彼には心理的な追い詰め状態に陥っていたと言っても良いだろう。彼女には挑発も効かないという事は先程判明したばかりだ。
孝太郎は足を動かして、自分の上で馬乗りになっている姫カットの女性に蹴りを浴びせてやろうかと考えたが、葵はそれすらも予想している事だろう。
恐らく、孝太郎が足を蹴り上げた瞬間に彼女は自分の首に間髪入れずにナイフを突き立てるだろう。
同時に大の字になっている今の自分がどちらかの腕を動かそうとしたとしても、彼女は何の躊躇いもなく手に持っているナイフを突き刺すに違いない。
仲間が助けてくれる可能性も考えたが、肝心の聡子は鉄の蛇に拘束されているし、明美が立った所で何の役にも立たないだろう。
孝太郎は部屋の端で釣り上げられている聡子の姿と小さな両足を震わせている明美の姿を見つめる。
倒れている孝太郎の視線からも明美の足が竦み、葵を心の底から恐れている事が分かる。
淳一は背中を撃たれて今すぐにでも黄泉の国のイザナミの元へと旅立ちそうな所を自分自身の鋼鉄のような硬い意志で現世に踏みとどまっている状態だ。
彼に助けを求めるのは無茶が過ぎると言う物だろう。
孝太郎はこの危機的状況を打開するのには、自分自身の努力で何とかするしかないと感じたらしい。
孝太郎は自分自身の両手を見つめる。この手には全てを破壊する最強クラスの魔法が秘められている。
仮に彼女が自分の喉笛にナイフを突き立てるよりも前に、彼女のナイフに向かわせたらどうだろう。
動揺した白衣を羽織った科学者を気取った淑女が孝太郎の掌にナイフを振り回すかもしれない。
だが、勇敢なる青年は自らを奮い立たせ、最後の賭けに出た。
元々ギャンブルと言うのは運任せなのだ。『当たるも八卦当たらぬも八卦』と言う言葉があるように。
孝太郎は両手で目の前の女性の持っているナイフを受け止める事に成功した。
『真剣白刃剣どり』と言う奴だろうか。
孝太郎は両手の掌から血を流しながらも、ナイフを破壊の魔法で成功する事に成功した。
それから、孝太郎は反対に葵の体に抱き付く。
孝太郎が勢いよく抱き付いた衝撃で二人はゴロゴリと畳の上を転がっていく。
孝太郎は乱暴に彼女の華奢な両手の手首を掴もうとしたが、彼女は動じる事なく空いていた孝太郎の左頬を強く打つ。
頬を打たれた光太郎は畳の上を転がっていく。
「ハァハァ、危なかったわ……まさか、あなたがここまでするなんて……本気で逮捕されるかと思ったわ」
「ちくしょう……後一歩の所で……」
孝太郎は足をよろめかせながら立ち上がっていくが、その足を葵は自分の魔法で拘束した。
孝太郎は足首を掴まれたためだろうか、畳の上に体をぶつけてしまう。
「アッハッハッ!あたしに勝てると思ったの?孝ちゃん。無駄よ。あたしの魔法に勝てる訳が無いでしょう!あなたは三年前と同じでひ弱な坊やなのよ……」
葵は倒れた孝太郎の元へと近付いていく。
葵は孝太郎の顎を乱暴に持ち上げ、彼の頬を強く握ると、強引に彼の唇を奪う。
「松中聡をあそこまで追い詰めてくれたご褒美よ。あなたを殺す前に一言礼を言っておきたかったの。正直言うとね、あの子があれ以上あの教団の上で裸の王様をしているのを見ていられなかったの」
「……。あいつを殺したのは昌原道明に恨みを持っていた爺さんだ。礼を言うんだったら、おれじゃなくてその人の方が良いんじゃあないのか?」
孝太郎の問い掛けに対して、葵は強く首を横に振る。
それから、もう一度サディスティクな笑みを見せた、綺麗な両腕を孝太郎の首に掛けていく。
彼女の両腕は強く孝太郎の首を絞めていく。孝太郎は鉄の蛇に拘束されて動けない足の代わりに、必死に手を動かそうとしていたが、動かない。
万事休すかと思われたその時に神の見えざる手が動いたとでも言うべきなのだろうか。
馬面の刑事ーー柿谷淳一が畳の上を這いつくばいながら、葵の背後に回り込もうとしていた。
葵も孝太郎の首を絞めるのに必死で気が付かなかったのだろう。
背中を撃たれた柿谷淳一が居ない事に気が付いたのは、その本人に羽織っていた白衣を力強く引っ張られた時だった。
白衣を引っ張り、淳一は彼女の両腕を強く拘束する。
そして、彼はジリジリと窓の方へと向かって行く。
孝太郎は悟った。淳一は死での旅への道連れに葵を巻き込むつもりなのだと。
孝太郎は武器保存ウェポン・セーブから六連発式のリボルバーを取り出し、慌てて葵に向かって銃口を向ける。
孝太郎は友の命を守るために羽交締めにされている石川葵に向かって何の躊躇いもなく引き金を引く。
孝太郎の銃弾は葵の左脇腹に直撃したらしい。葵は血反吐を吐いて地面にひれ伏す。
と、同時に淳一も地面に倒れる。孝太郎は淳一を助け起こす。
同時に大坂城広間の扉が開き、本物の白衣を身に纏った屈強な体格の医師達が現れた。
医師達は担架に淳一と葵の両名を乗せていく。
孝太郎が何故現れたのかと首を傾げていると、明美が携帯端末を見せる。
どうやら、彼女は自分達の戦闘を黙って眺めていた訳ではないらしい。
きちりと救急車を呼んでいたらしい。孝太郎はホッとしてその場に倒れ込む。
バタリと倒れた孝太郎の姿を見て、隊員達が慌てて救急車に積んでいる別の担架に孝太郎を乗せていく。
孝太郎は薄れゆく意識の中で、淳一が無事かどうかを願う。
彼と約束した事がまだ残っているのだ。彼に死なれては困る。
孝太郎は担架の上で小さく笑っていく。






「つまらん……最後の聖杯が仕舞われていると思われる高知城も蓋を開けてみればカスばかりではないか、もっと強い奴がいると思って期待をしていたが、期待外れだったらしいな……」
シリウス・A・ペンドラゴンは自分自身の手で始末した警察官の死体の山の上で、最後に用意されたと思われる聖杯の欠片を右手で弄りながら呟く。
「もう、お兄様は短期過ぎますわ!大人しくお二方を待つ筈であったのに、短気を起こして高知城に直に攻め入るなんて、無謀過ぎますわ!」
「済まなかったな、妹よ……」
シリウスはブスッと頬を膨らませる妹の唇を奪う。二つの瓜二つの唇が重なり合う中で、妹は頬を赤らめていく。
「お兄様……」
「妹よ。我々の求める欠片は後一つだ。我々はここで待つ事にするぞ」
「どうしてですか?お兄様」
シリウスは口元に優しい微笑に重ねて更に優しい口調で答えた。
「奴らは恐らく、ここに来るだろう。私を直に逮捕するためにな……」
「成る程、お兄様はお兄様の持つ聖杯の欠片を求めて現れる鼠共を一気に叩くつもりなのですね!?流石です!」
「シャーロット。そう言ってくれると嬉しいよ。オレはお前がいてくれるからこそ、頑張れるんだ」
シリウスはシャーロットの見事な金髪を撫でていく。
兄に髪を触られた妹は嬉しく笑う。兄はその様子を見て自分自身も優しく笑う。
恐らく、この世で最も恐ろしい兄妹が見せる可愛らしい姿の一つであろう。
そう、二人に付き従っていた老人は考えた。
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