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第四部Ⅱ 『入江の中の海賊』

大阪・パニック!ーその⑤

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「この野郎ッ!大人しくしやがれッ!」
必死に大樹寺雫の両手を手錠によって拘束しようとしているのは彼の友人である柿谷淳一であった。
淳一は雫の華奢な両腕を必死にくっ付けて彼女を拘束しようと試みていた。彼女の周囲を囲むアナベル人形達もおろおろとするばかりで役に立ちそうに無い。
どうやら、主人の危機を目前にしてどうすれば良いのか分からないらしい。
雫は一向に自分を助けようとしないアナベル人形達に愛想を尽かしたのか、唇を噛んで両手を振り回して暴れ回っていたが、直ぐにルガーを持った右手と無防備な左手は淳一の手によって掴まれてしまう。
「嫌ッ!離してッ!」
淳一は雫の本気で嫌がるようにブンブンと大きく首を横に振る仕草と悲劇のヒロインであるかのように振る舞っているこの姿が気に入らなかった。
淳一は必死に目の前のテロリストの頬を殴り付けたい衝動を自制心という名の鎖で必死に抑えて、乱暴に彼女の両腕の手首を掴む。
「大樹寺雫!脱獄罪!並びにテロ等準備罪の疑いでお前を逮捕する!」
雫の顔に冷や汗が流れている事から、彼女も淳一によってこのような事態に陥ると言うのは予想外だったに違いない。
悔しそうな表情が淳一の顔には印象的であった。
だが、彼には同情や憐憫と言った表情は一切湧き上がらない。
淳一は乱暴に彼女の両手首に手錠を掛けた。
「お前は絶対に生きて罪を償わせてやるッ!お前の指示のために死んだ奴に一生かけて償わせーー」
淳一はそこまで言ったところで地面に倒れてしまう。淳一の背中が真っ赤に染め上がっていく。どうやら、血が流れていっているらしい。
孝太郎は犯人候補として咄嗟に雫を睨んだが、彼女も「えっ」とでも言わんばかりに目を見開いていた事から、銃を発砲したのは雫では無いだろう。
孝太郎が疑念の念を沸かせて、彼女を見つめていると、彼女の小さなお腹にも銃弾が直撃する。淳一を撃ったのと同じ背後からの銃声。
孝太郎が犯人を断定し、背後を振り向くと、そこには妖艶な笑顔を浮かべた石川葵の姿があった。
葵は手に持っていた銀色の自動拳銃を持ってニコニコと笑っていた。
「ウフフフ、悪いわね。あなた達二人はここでリタイアよ。背中とお腹を撃たれたら、もう助からないわ」
葵は狂気じみた笑顔を浮かべていた。
そんな葵とは対照的に雫は小鹿を思わせるような愛くるしい瞳から透明の液体を溢しながら孝太郎に向かって訴えていく。
「い、嫌だよぉ~死にたく無いよぉ~死ぬのが怖いよぉ~」
孝太郎は雫の言葉を聞くなり、「ふざけるな!」と怒鳴り付けてやりたい衝動に駆られた。
彼女の紺色のセーラー服の胸元を掴み、耳元で怒鳴り付けてやりたかった。
「お、お願い……た、助けて……あたしまだ死にたく無いの……」
孝太郎の中に残っていた僅かな理性はその言葉で完全に吹き飛んでしまったのだろう。彼はサメが獲物を睨む時よりも、サバンナの肉食獣が獲物を狙う時よりも鋭く尖った視線を彼女に向けて叫ぶ。
「ふざけるなッ!お前に殺された人達はお前が銃弾なんかに撃たれるよりももっと苦しかったんだッ!何が『痛い』だッ!何が『死にたく無い』だッ!お前のためにお前と同じ年頃の孫娘を失った老夫婦の言葉を聞かせてやろうか!?『何で、わたし達の孫が死んで、あいつが生きてるの?』だぞ!全員が死刑を望んでいるッ!ここでお前が死んだって誰も悲しまねぇ!さっさとーー」
孝太郎の言葉を遮る形で彼女の額が撃ち抜かれた。
彼女の額から一匹の赤い蛇が出ていく。彼女は恐怖に打ち震えた表情であの世へと旅立っていったらしい。
孝太郎は普通ならば、死者が相手ならたとえ誰であろうと一定の敬意を払う人間である。
だが、大樹寺雫の場合だけは別らしい。
彼女が倒れている姿を一瞥してから、「外道め、やっとくたばったか」と吐き捨てて今度は親愛なる友人の側へと駆け込んでいく。
孝太郎は意識の薄れかけている淳一の傷に覆われた背中を刺激した。
痛さのために彼はあの世へと旅立たずに済んだらしい。
「大丈夫か!淳一!」
「なんとかな……だが、まだ石川の野郎だけが残ってる」
淳一は呻き声を上げて答えた。
「良かった……オレは石川葵と決着を付ける。三年前からの因縁に今日ようやく決着を付けるんだ」
「やってこい。オレの事は心配するな、あんな奴の弾に死ぬのようなオレじゃねーよ」
淳一は孝太郎に向かって大きく親指を掲げていた。
孝太郎は淳一の動作にクスッと笑ってから、武器保存ウェポン・セーブからもう一度リボルバーを取り出す。それから、弾を補充して、弾が十分に満ち足りた拳銃の銃口を石川葵に向ける。
「どうする?ピストルの弾はちゃんと全部揃っている。それでも、オレと撃ち合うか?」
「アッハッハッハッ、今更過ぎる質問だわ!あたしはもう何人も殺しているのよ。今更、あなたに殺されようとも捕まえられようとも、どちみち死ぬのには変わらないわ……」
葵の表情に陰りが見えた。彼女も何かしらの闇を抱えているのだろうか。
孝太郎がそう考えていた時だ。葵はもう一度狂気じみた笑顔を浮かべて大きな声で笑っていく。
「アッハッハッハッハッハッ~!!!面白いッ!面白いわッ!この状況が面白くて仕方がないのッ!覚えてる?あのスケベジジイが死んだときの状況?今とそっくりだと思わない?身勝手な宗教団体の教祖がお腹を撃たれて惨めったらしく死んだって言う状況が瓜二つ過ぎるわ!」
葵は大きな笑い声を上げてから、話を続けていく。
「ただ一つ違うのは三年前の教祖はあたしとあなたとの戦いを止めたけれど、あいつはあたしとあなたとの戦いを始めさせたわ」
孝太郎はそう言って恐怖と言う感情を顔に塗りたくったような小柄な少女を眺めた。
彼女は新たなる争いを始めさせたと言う点では昌原道明以下なのかもしれない。
孝太郎がそう考えていると、石川葵は右手に持っていたアーミーナイフを構えながら、孝太郎に向かって突っ込んでいく。
孝太郎は落ちていた柿谷淳一の刀を拾い上げ、鞘を捨て去り、刀を構えて葵のナイフを迎え撃つ。
二、三合ナイフと刀が打ち合ったかと思うと、葵のナイフが孝太郎の持っていた刀をすり抜けて、目と鼻の先の距離にまで届いていた。
孝太郎は慌てて顔を後ろへと反り返らせて、葵のナイフを防ぐ。
孝太郎はもう一度反撃を試みた。刀(ただし峰の部分)を左斜め下から斬り上げて、葵をノックダウンさせようと試む。
だが、葵は小さなアーミーナイフで孝太郎の刀を受け止めた。
葵は二つの刃の間に生じる火花を肌で感じ取ってから、もう一度孝太郎に向かって斬りかかっていく。
孝太郎は葵のナイフをもう一度刀で受け止めた。大きな刃と小さな刃が重なり合っていく。
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