魔法刑事たちの事件簿R(リターンズ)

アンジェロ岩井

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第四部Ⅱ 『入江の中の海賊』

大阪・パニック!ーその③

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「ッ!あの野郎何をやってやがるッ!」
柿谷淳一は「見てられない」と大きな声で叫ぶと、黒色の鞘に収まった立派な形の日本刀を携えて孝太郎の元へと向かって行く。
淳一は走りながら鞘から刀を引き抜くと、それを振り上げながら、白く光る日本刀の刃から刃状を飛ばしていく。
雫の周りを飛んでいたアナベル人形が淳一の刃状によって次々と地面に落ちていく。
雫は淳一が登場すると目を細めて、それから彼を見て微笑を浮かべた。
「初めまして……と言うべきかな?わたしの名前は大樹寺雫。バプテスト・アナベル教のかつての教祖で、現在はユニオン帝国竜騎兵隊の隊長を務めています」
雫は着ていた紺色のセーラー服のスカートの両裾を持って良家の令嬢のように恭しく頭を下げて淳一に向かって挨拶を述べる。
だが、淳一の眼光は彼が手に持っている日本刀と同じくらい、いや、それ以上に彼女に対して鋭かった。斬られるかもしれないと雫がたじろいだ程だ。
暫く目の前の少女を睨んでから、淳一は持っていた日本刀の刃先を彼女に向かって突き付ける。日本刀の刃が妖しげな光を放つ。
「テメェ、どんな面を下げてそんな風に平然としていられるんだ?テメェには良心の欠如ってもんがねぇのか?聞かせてやろうか?お前のテロで死んだ母親の死体に小さな女の子が迫っていた話の事をよォォォォ~!!!」
馬面の刑事が右手で握っている刀がブルブルと音を立てて震えている事に雫は気が付く。
どうやら、彼は怒りと言う名の業火に体を焼かせているらしい。
雫は彼に向かって憐憫の情を浮かべ、哀れむような視線を向けた。
雫は少女らしい可愛らしい声で、彼に向かってかつての教祖らしくイエス・キリストの教えを説いていく。
「可哀想に……あなたは『憤怒』と言う悪しき感情に支配されているんだね。そんなに怒っていたら、天国にはいけないよ。あなたのご両親だってきっと悲しんでいるよ」
「ざっけんなッ!テメェの行動を省みた場合に、テメェの親はテメェに向かってどんな反応をするのか考えた事はねぇのか!?」
雫は淳一の問い掛けに対して訳が分からないと言う風にきょとんと首を横に傾げた。そして、瞳から目の前から迫ってきた馬面の刑事に向かって疑念の念が含まれた瞳が注がれていく。
「何を言っているのか分からない」と言う言葉が淳一の頭の中に入っていく。
淳一はパクパクと口を開けてから、そのまま大きく口を開けて目の前の相手を見つめる。
彼女には“悪い”と言う感情が無いのだと悟った。彼女は自分は悪だと認識しているのは確かだろう。
だが、自分が正しい事をしたとも思っている。彼女は心の内に“悪”と言う感情を抱きながら、同時に“善”と言う感情も心の中に同居しているに違いない。
淳一は彼女の取り調べの事を思い返していく。
どれだけ泣き叫ぶ人々の話を聞かされたとしても、一切反省の色を見せない若き教祖の姿を。
青山俊一郎氏の遺族が泣いている映像を見せたとしても彼女は眉一つ動かさない。彼女と同じ年頃の孫娘を失った老夫妻が雫に向かって訴える姿を見たとしても、雫は青山俊一郎氏の一件と同じで微動だにしない。
淳一は彼女の事をこう断定した。自分を悪だと認識していながらも、『全ての行動は全て善だと考えているどんなドス黒い悪を足しても到達できない最悪の悪』だと。
目の前から迫る悪は口元に相変わらずの笑みを浮かべながら淳一に向かって来ていた。
淳一は恐怖による震えを抑えて、刀を抜いて目の前の相手に向かって日本刀の剣先を突き付ける。
「……オレは悟った。大樹寺雫……お前はこの世に存在してはいけない人間だ。いや、お前なんか人間じゃあねぇ!おれ自身の刀でテメェを叩き斬ってやる」
「時代劇の主人公を気取っているのかな?でも、カッコいいよ。そんなあなたがわたしは好き」
大樹寺雫が彼を称賛する言葉を発するのと同時に雫の周りを囲っていた多くのアナベル人形が彼に向かっていく。
淳一は日本刀を弧を描いて振り回し、自分を包囲せしめていたアナベル人形を叩き落としていく。
淳一の刀によって真っ二つに胴体を斬られたアナベル人形が空中で大きな音を立てて粉々になっていく。
それと同時に空中に振動が伝わって来たのか、淳一もバランスを崩して倒れてしまう。
バランスを崩して地面に仰向けに倒れた淳一が起き上がろうとすると、彼の喉元に一体のアナベル人形が小さな剣を突き立てようとしていた。
淳一は咄嗟に右横に落ちていた自分の愛刀を手に取ろうとしたが、アナベル人形の剣がより一層深くなっていく。
その上、正面には金色に施されたルガーピストルを構えた大樹寺雫の姿。
側から見ても「カッコいい」と言わせられるようなデザインをした銃の銃口はハッキリと淳一の額を狙っていた。





孝太郎は頭の中に渦のように湧き出る後悔の念に頭が押し潰されそうになっていた。
バプテスト・アナベル教の事件だけではなく、それ以外の事件の事。
自分だけが助けられなかった人々の顔。そして、アンソニー・フォックスの手によって大きく精神を抉られた最愛の姉の顔。
孝太郎は自分の贖罪の思い出が頭の中に流れていく。
同時にそれまでに捕らえた犯罪者達の顔が思い浮かんでいく。
犯罪者達の顔は常に自分を激しく責めていた。心の中で彼らは叫ぶ。
政府が警察がしっかりとしていれば、自分はこんな目に遭わなかった。
全ては政府と警察の仕業だと。そして、自分達を捕らえた孝太郎を激しく弾劾していく。
何故、捕らえたのだと。心の中で孝太郎は言葉を返す。
お前達が犯罪を犯したからだと。
憎悪に彩られた犯罪者達は全員が指を突き刺して叫ぶ。
おれ達は政府や社会が悪いために暴走した被害者だと。
孝太郎はその言葉を聞いて言葉が返せなくなってしまう。
多くの人々に囲まれる中で、孝太郎は頭を抱えながら否定の言葉を叫び続ける。
「違う!」と叫ぶ声が頭の中で反芻していく。
だが、孝太郎に捕らえられた犯罪者達は容赦なく孝太郎の責任を追及していく。
孝太郎が頭の中で悩んでいると、悩む彼の目の前に一人の少女が現れた。
少女は優しい声で言った。
「あなたは何も悪くない。勿論、あの人達も悪くない」
少女は自分を取り囲む犯罪者達を小さな人差し指で指差す。
「悪いのは全て社会……金儲けに追われ、本質を忘れたわたし達……だから、誰の責任でもない」
闇の中で少女は孝太郎に向かって言った。
孝太郎はもう一度少女と向き直り、彼女に向かって問い掛けた。
「お前はかつておれに向かって言ったな?わたしとあなたは光と影のような存在。決して交わる事のない平行線』だと……」
「そうだよ。わたしとあなたは決して交わる事のない平行線……けれど、どちらかが相手の話に耳を傾けるようになったら、話は別だよ。平行線はその時点で交差する。今がその時なんじゃないかな?」
紺色のセーラー服を着た少女はそう言って自分の右手を差し出す。
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