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第四部『キャンドール・コーブ』

パート2 聖杯とキャンドール・コーブは表と裏の存在で

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聖杯。かつて何者かが日本のあちこちの城の奥深くに保管した時を駆けることのできる聖杯は日本史の中における過去から現在に至るまでのほぼ全ての政府の手により、厳重に保管され、城に見張りが置かれていた。
そして、23世紀を迎えた2329年にその聖杯の封印は一旦は解かれたかのように思われた。だが、聖杯はある人物たちを過去に送り出すなり、また元の場所へと空を駆けて戻っていく。
聖杯の欠片達は自分達の役割をわかっていたかのように。
「……。聖杯の最初の封印を解いたのはあなた達ですね?ミスター・中村」
孝太郎は目の前の赤いスーツの眼鏡をかけた女性の言葉を首肯する。
三年前、孝太郎達白籠市のアンタッチャブルは聖杯を巡り、宇宙究明学会の昌原道明やロシアの反体制派と激しい争奪戦を繰り広げたのだ。忘れる訳がない。
あの事件から矛先を逸らすために昌原が起こそうとした事件は三年後の今でさえ人々の脳裏から離れていない。
それくらい、あの聖杯は人を狂わせていた事を覚えている。
孝太郎が三年前の事を思い返していると、赤いスーツを着た女性は孝太郎の顔を覗き込み、
「あなたにお聞き致します。あの聖杯は何処にあるのでしょう?」
孝太郎は視線を逸らして答えない。
黙った孝太郎の様子を見て、赤いスーツの女性は眼鏡を外し、背広から取り出した眼鏡拭きを使用して、黙々と眼鏡を拭いていた。
眼鏡をかけ終えた女性は履いていた鋭いヒールの先で孝太郎の腹を思いっきり蹴り付けた。
剣に刺されたかのような鋭い痛みが孝太郎を襲う。
孝太郎は悲鳴を上げ、その場で意識を失いそうになるが、スーツの女性の髪を掴み上げられて顔を乱暴に殴られる事により、意識を無理矢理持続させられた。
「もう一度お伺いしましょう。聖杯の場所は何処にあるのでしょう?わたしに教えてください」
だが、孝太郎は答えない。女性はもう一度孝太郎の頬を殴る。
孝太郎は地面に倒れたくなるが、体を縄で縛られ、無理矢理正座をさせられている身としては厳しいだろう。
加えて、石川葵に連れて来られた場所は何処とも分からない狭い場所。
コンクリートの無機質な壁に覆われ、冷んやりとするような感覚のコンクリートの床の上に孝太郎は座らされていた。
家具と言えば、女性が先程まで座っていた木製の椅子があるばかり。
孝太郎は脱出の機会を伺ったが、それも難しそうな気がする。
女性はもう一度孝太郎に向かって問い掛けた。その質問にも孝太郎は小さく首を横に振る。
「オレは知らないッ!聖杯が完成した時には既にオレは1950年代に飛んでいたッ!」
女性は一枚の白黒写真を取り出して、その写真を孝太郎に見せる。
「ミスター・中村。この写真に見覚えが無いとは言わせまんよ。これはカヴァリエーレ家の奥深くから見つかった1950年代の画像の上にあなたとあなたの仲間と当時のカヴァリエーレ・ファミリーの面々が映った写真です。我々はこの写真をコラージュだと信じて疑いませんでしたが、あなたの話を聞けば、信じるようしか無いらしいですね」
「信じるも信じないも勝手だが、その前に礼儀があるんじゃないのか?人にものを尋ねる時には自分の名前くらい名乗ると言う礼儀を忘れたのか?携帯翻訳機ポータブル・トランスレーダーが機能しているんだったら、オレの話は上手いこと英語に訳されている筈だよな?なら、答えろ」
赤いスーツを着た金髪の女性は軽く咳払いをしてから、厳かな声で、
「おっと申し遅れました。わたしの名前はシャーロット・ペンドラゴン。ユニオン帝国竜騎兵隊の副隊長を務めております」
シャーロットは一度丁寧に頭を下げてから、険しい視線を向けて孝太郎に問い掛ける。
「さてと、もう一度あなたにお伺いしますが、聖杯の欠片は何処にあるのですか?わたしに教えてください」
孝太郎は否定の言葉を呟く。シャーロットは氷のように冷ややかな視線を孝太郎に突き刺し、同時にもう一度ハイヒールで孝太郎の腹を蹴り付ける。
蠢く声を上げる孝太郎に向けてシャーロットは鼻を鳴らす。
「教えなさい、黙っていてもあなたにいい事は一つもありませんよ」
「知らないものをどうして教えられるんだ?いいから、早くオレを解放しろ」
そうして息巻く孝太郎の腹をシャーロットは強く殴り付ける。
拳で殴られた衝撃と先程のハイヒールをぶつけられた時に開いた衝撃とが合わさり、もう一度大きな声で孝太郎は叫ぶ。
「早く、教えなさいな、お互いに良い事は一つもないわ、まだ黙っている気なの?」
シャーロットがもう一度拳を当てようと拳を握り締めるのと、小さくて狭い監禁部屋の扉が開くのは同時だった。
「シャーロット。悪いが、お前に来てもらいたい事がある。どうも、この近くを警察が嗅ぎ回っているんだ」
「しかし、お兄様……」
「悪いが、そのジェームズ・ボンドさんをいたぶっている時間はもう無さそうだ。我々には無作法な侵入者を迎撃しなければならない任務があるからな」
シャーロットの兄を名乗る男は鷹のように尖った瞳を孝太郎に向け、
「ジェームズ・ボンドさん、あんたで遊ぶのは今度になりそうだな?何分、今は忙しい……例の件を嗅ぎ回る小賢しいネズミ供を始末しなければならんからな」
男は体を縄で縛られ、項垂れる孝太郎を放置して妹のシャーロットを連れ、扉を閉めて出て行く。
孝太郎は拷問が中断された事を実感し、ホッとして一息吐く。
孝太郎は本来だったら、一服でもタバコを吸いたい気分であったが、それは難しそうだ。
孝太郎はやむを得ずに、何か切るものはないかと考える。
異空間の武器庫には困った事に刃物類を収容していない。銃器では孝太郎を縛る縄を切り裂く事は難しいだろう。
孝太郎がどうしようかと考えていると、コンクリートの壁に小さな配給菅が通っている事に気が付く。
その上、配給菅はもう使われていないらしく、先が尖っていた。
孝太郎はチャンスとばかりに考えたが、同時にこれは罠では無いかとも考え、実行に踏み切れずにいた。
孝太郎は何か別の方法がないかと思案しながら、手を開いては閉じていると、体の筋肉が弛んでいる事に気がつく。
孝太郎はこの法則を利用して逃げ出す手段を考えた。
筋肉のたるみを使うまで逃げ出すのは上等の手段と言えるかもしれない。
孝太郎は懸命に手を開いて閉じを繰り返し始めた。
孝太郎は二人が始末に手間取る事を祈りながら、自分の筋肉を緩め始めた。

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