魔法刑事たちの事件簿R(リターンズ)

アンジェロ岩井

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フレンチ・ファンタジア編

フランス幻想をめぐる争いーその⑤

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ダニーはもう一度空中に右手を掲げ、自分の分身を呼び出していくが、それももう意味がないように思えて他ならない。
幾ら、胞子を呼び出したとしても彼らの前には撃ち殺されてしまうだけだろう。
ダニーは止むを得ずに時間を稼ぐ事にした。キノコには時間効果があるのだ。
キノコは最初はただ単に生えているだけであるのだが、後にキノコは体の養分を吸って更に成長していくのだ。
その時が見ものだ。ダニーは時間を稼ぐために、もう一度分身が武器を拾ったり、拾ってから殺されたりする様子を眺めていた。
ダニーは常に胞子を空中に掲げ続け、多くの分身を召喚していくが、その目的は二人の男女を殺すためでは無い。
時間を稼ぐためだ。ダニーは車にもたれかかりながら、タバコを吸って相手の様子を伺い続けていた。
二人の顔からはこのイタチごっこのために笑顔が消えていたが、それでも表情を変えずにこの作業とも言える流れを繰り返していた。
気が付けば、太陽がもうてっぺんに登っていた。そろそろだろうか。ダニーが二人の様子を眺めると、二人は突然武器を落として悶え苦しんでいた。
ダニーはそれまで二人の相手をしていた分身達を下がらせ、目の前で崩れ落ちている二人の目の前のしゃがみ込む。
ダニーはキノコのダメージで苦しむ赤銅色の肌を持つ美男子の顎を持ち上げ、唇の右端を吊り上げ、
「どうだ?私の大いなる混乱ヘルタースケルターの威力は……このキノコは特定時間を得てから、ようやく真の威力を発揮すると言っても良いだろう。キミは気が付かなかったか?私の行動が明らかに時間稼ぎであると……」
「不覚だが、目の前の相手を倒すのに精一杯でな、考える暇が無かった」
ダニーはニヤニヤとした嫌らしい笑顔を孝太郎に向け、
「フフフフ、キミは賢いと思っていたらしいが、私の意図にも気付かなかったとは大間抜けもいい所だなッ!何なら、私を放ってそのキノコを摘出するために病院にでも行けば良かったのに、私を逃さまいと向かってきた。考えれば、考える程、無様だなァ~」
ダニーの嘲笑が孝太郎の頭の中にへばり付いて離れない。嫌らしい笑顔が頭の中に響き渡っていく。
だが、耳を防ごうにも両手は膝やら肘に生えたキノコを摘出しないように握り拳を強く握るばかり。
だが、そんな賢明な孝太郎の努力もダニーからすれば劇場の上で行われる喜劇にしか映らない。
ダニーはキノコを抜きたい誘惑に駆られる孝太郎の頑張りを嘲笑うかのように自らの手でキノコを孝太郎の膝から引き抜く。
孝太郎は言葉にならないような叫び声を上げ、地面に倒れようとするが、ダニーは孝太郎の黒髪を掴み上げ、伏せさせないように仕向ける。
「おっと、お楽しみはまだ始まったばかりだぜ、お前の体の中に存在するキノコをオレが一本一本引き抜いていく、お前の体から血が抜け切るまでな……」
ダニーの言葉に孝太郎はすっかりと顔を青ざめてしまっている。
そんな孝太郎の懇願など彼には映りすらしないらしい。容赦なく彼の体のあちこちからキノコを引き抜いていく。
鼓膜が破れそうな程の大きな声が駐車場に響いていく。
聡子は平日という日を恨んだ。もし、平日でなければ、多くの人が集まり、孝太郎の悲鳴に耳を貸し、病院には連絡を入れてくれた筈だ。
だが、平日という事が邪魔し、長浜城前の駐車場には誰一人集まって来ようとはしない。
聡子は心の中でダニーを罵倒するくらいしか時間はない。
やがて、あれ程、続いていた悲鳴が止む。聡子は自分の右横を恐る恐る覗き込む。
そこには頭の上から赤い色のペンキをぶっ掛けられたかのように体を血に塗れさせた孝太郎が倒れていた。
聡子が這いつくばって、孝太郎の元にまで行こうとすると、聡子の体を動かしていた右手をダニーは革の靴で踏む。
叫び声を上げる聡子の頭上に拳銃を構えながら、
「おいおい、その男はもう終わりだぜ、お前が何を考えているのかは知らんが、出血多量で虫の息だろうしな」
「諦めて……諦めて……諦めてたまるもんかよッ!」
聡子は腹の底から声を振り絞って叫ぶ。
ダニーは聡子の大きな声に両眉をしかめたが、聡子としては知った事ではない。
仁王像のように燃える瞳をダニーに向けて、
「おい、おっさん……あたしは英語を喋れないけれど、お互いに身に付けている携帯翻訳機ポータブル・トランスレーダーは有効な筈だから、言っておくぜ、あたしは孝太郎さんが生きている限りは諦めねーぞ、あの人はあたしを清潔なリンゴの中に分別してくれた人なんだよ。そして、あたしの……」
聡子がそこまで言い掛けた所で、男はもう一度強く革靴を履いた足で聡子の右手を踏む。
「なら、その時に公開しておくべきだったな、その男に見出されなけりゃあ、お前はここで死なずに済んだんだからなッ!」
ダニーは這いつくばっていた聡子の体を乱暴に裏返し、彼女の膝に生えていたキノコを乱暴に引っこ抜く。
「強がりはよせよッ!そろそろ、お前もあの男も地獄に行く潮時だぜ、死ぬ前に神への懺悔でも唱えておくんだな」
聡子は悲鳴を上げる事なく、反対にダニーに向かって言い返す。
「なら、怨霊になって化けて出てやるよ!お菊より怖い幽霊なって、お前の家の前で毎日キノコの数を数えてやるッ!」
ダニーはその言葉に彼の心の中の怒りが刺激されたのだろうか。鼻の穴を膨らませながら、聡子の膝に生えていたキノコを乱暴に引っこ抜く。
悶え苦しむ聡子の額に向けてマシンガンの銃口を向けようとしたダニーだったが、やむを得ずに予定の変更を余儀なくされた。
何故なら、彼の背後で『フレンチ・ファンタジア』を載せた黒塗りのベンツが爆破したのだから。車の爆発に巻き込まれ、部下の男が軽い火傷を負って倒れる姿もダニーは目撃した。
彼は聡子に向ける筈だった銃口を背後の車の焼け焦げた跡に向ける。
焼けた跡から黒色の革ジャンを着た金髪の美男子が現れた。
長い金髪をかき上げ、登場した美男子はエミリオ・デニーロと名前を名乗った。
「日本市場における薬の販売は中止ですね。あなた方はよくやってくれましたよ。ですが、これであなた方も終わりですね?『フレンチ・ファンタジア』はもう影も形も無くなってしまったんですから……」
エミリオの残酷な言葉にダニーはたちまちのうちに頬を紅潮させ、マシンガンを放っていくが、エミリオは自分に向けられたマシンガンを全てイナゴへと変換させ、逆にダニー・ジョーンズを襲わせた。
ダニーは慌てて胞子を降らせ、自分の分身を盾にイナゴの襲来を防ぐ。
エミリオは一息を吐いているダニー見てニヤニヤと笑いながら、携帯端末を開き、警察と救急を呼ぶ。
エミリオはピアニストのように繊細で細くて長い人差し指を突き付けながら言った。
「さてと、ここでゲームをしましょうか、警察が来るまでの間にあなたがぼくを倒せたら、あなたの勝ち、警察が来るまでに倒せなかったら、あなたの負け……簡単でしょう?」
エミリオの残酷な宣言をダニーは何万のもの苦虫を噛み潰しながら聞いていた。
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