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フレンチ・ファンタジア編

饗宴のファルコーニエーリ

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伝説的な殺し屋と対面したエミリオは自分の中に起きた震えを抑え、必死にオフィス街の端で経営していたカフェバーに誘う。
多くの企業のビルの間に建てられた小さな三階建ての小さなカフェは個人経営とは思えない程の小綺麗で清潔な店であった。壁にはイタリアやらフランスの古き良きヨーロッパの田園風景が貼られ、店の中には何処かに取り付けてあると思われる音楽専門の機械からクラシックの音楽が流れていく。
ベートーベンやらバッハやらと言う高尚な音楽はエミリオは執事と言う上流階級の人間をもてなす役目とその上流階級の人間との話を合わせるために多少は嗜んでいた。
だからこそ、リラックス効果を高めるために流れているこの音楽の名前は理解できた。
「バッハの『主よ、人の望みの喜びよ』か……フフフ、ここの店主も中々良い趣味をしているね」
トニーは目の前に店主から差し出されたブラックコーヒーを味わい、店主から差し出されたコーヒーに舌鼓を味わったから、言ったためだろう、彼から発せられた言葉の端には嬉しさが混じっていた。
エミリオはバーのような造りのカフェのスーチル製の赤いクッションの付いた椅子に座りながら、ブラックコーヒーの中にミルクを混ぜながら満足そうにコーヒーを啜るトニーの姿を眺めていた。
世界的な殺し屋はセンスとやらも一流らしい。
エミリオは南米産の豆をそのまま搾ったような苦い汁はミルクを飲みながらではないとやってられないだろうと考えた。
エミリオがトニーの苦いコーヒーを飲む様子を慇懃な目で眺めながら、話を切り出していく。
幸いにも目の前に座る喫茶店のマスターを務める白色で店の文字の書かれた青色のエプロンを着た40代と思われる男性は二人の客に構う事なく、バーの奥に引っ込む。
エミリオがコーヒーと共に店特製のプリンパフェを注文したためだろうか、美男子と街いく人々から眺められるエミリオに常連になってもらいたいと思ったのだろうか、バーカウンターの後ろの厨房で必死にデザートを作っているに違いない。
エミリオは店主が居ないこの隙を利用し、トニーにこれまでの経緯とある事を提案した。
だが、トニーはエミリオの申し立てを受けても、残念そうに首を横に振る。
「残念だがね、今の私は休暇で日本に来ているだけなんだ。日本には一週間程滞在していたが、その間はビッグ・トーキョーを離れ、水戸やら佐原やら日光やらを観光していたよ。その時に知ったんだが、日光に三匹の面白い猿が展示されていてね。キミは知ってたかね?」
エミリオは木製のバーカウンターの上に頬杖を付きながら、小さく溜息を吐き、殺し屋の質問に答えた。
「知ってますよ。見ざる、言わざる、聞かざるの三猿ですよね?日本語の面白いざると猿を掛け合わせた面白いオブジェクトだと三百年前から話題になってましたよね」
エミリオの解説にトニーは満足そうに首肯した。
「その通りだ。古代の日本人は何を考えてあんな物を日光に飾ったんだろうね?確か、日光にはこの国の有名な英雄が祀られていたな?それなのに、どうしてあんなふざけた物を置いたんだろうね」
「さぁ、一緒に納めておくと、その人があの世で退屈しないとでも思ったんじゃないですか?それよりも、ぼくの出した話ですが……」
トニーは身を乗り出して詰め寄って来そうなエミリオを手で静止させる。
「今は休暇中だよ。言った筈だよ……」
エミリオは小さな声でトニーに向かって休暇が終わる日を問う。
トニーはコーヒーを手に取り、口を付け、もう一度満足に温かいコーヒーを味わってから、三本の指を掲げ、先程よりも深刻な顔付きで「三日だと」告げた。
エミリオはミルクによって苦さの薄められたコーヒーを一気に飲み干してから、もう一度問う。
「三日ですね?」
「ああ、それからついでに言っておくが、私はこの店が気に入った。毎日訪れようと思っている」
エミリオは先程、彼の言葉を聞いた時に思い付いた考えは無駄ではなかったと思い直す。






部屋の中はまさに酒池肉林と言った比喩が似合っていたと言えるだろう。
日本進出のボスとして用意された男爵はボスの仕事を放棄し、ホステスと楽しげに酒を飲んでいた。側近にして相談役のマルコーニはそれを諫めるどころか、一緒になって酒を飲み、着飾った女性の頬にキスをすると言う始末だった。
エミリオはその正体を見て大きく溜息を吐く。三日の間に決着を付けようと試みたエミリオは応接セットの高価なソファーの上に寝転がり、胸元の開いたブルーのワイシャツと黒色のズボンを着た相談役と革張りの椅子の上で美女と戯れている顎の割れた男を見ながら、義憤に駆られる思いで主人を諫める事にした。
エミリオは大きく空咳を出し、怠惰の限りを尽くす二人に向かって一か八かの説教を口から出していく。
「いいですか、男爵閣下!ミスター・マルコーニ!あなた方がこうやって快楽にふけている間にもコーサ・ノストラは我々の拠点を襲っています!一週間ばかりに懸命に拡大していった拠点の殆どが襲撃され、その殆どが皆殺しにされているのです!警察の捜査の手も伸びています!我々の拠点のうちのコーサ・ノストラの手に落ちず、警察のガサ入れも入っていない拠点はたったの二箇所です!僅か二箇所です!分かっていますか?」
だが、エミリオの必死の言葉にも二人は耳を貸さずに、代わりに楽しい時間を邪魔されたファルコーニエーリはワインの入った酒をホステスの手から乱暴に奪い取り、エミリオに向かって紫色の液体を飛ばす。それから、エミリオに向かって掴みかかり、ギラギラと光る両眼を向け、
「何様のつもりだ。平民がおれに向かって指図か?おれを誰だと思っているファルコーニエーリ男爵家の当主、レオナルド・ファルコーニエーリだぞ!ロンバルディア王国の中では爵位は違えど、ボルジア家と同じくらいの期間を国王陛下のために尽くしておる。そのおれに向かって指図か?平民の小僧が……」
酒臭い息を吐きながらレオは言った。エミリオは諦めたように大きく溜息を吐く。
それから、レオから手を離させると暗い表情を浮かべながら言葉を返す。
エリミオはレオに掴まれてほつれた首元を正しながら、頭を下げ、もう一度落ち着いた声でレオに向かって言葉を返す。
「分かりました。もうぼくは何も言いません……ですが、この事はハッキリと覚えておいてくれると嬉しいですね」
「面白い、是非ともご拝聴願おうか」
レオは酷く太った腹をポコポコと揺らしながら言った。
「では述べさせていただきます。ボルジア家は古より毒を用いて、敵を消してきた一族です。身内ですら、毒牙にかけます。あなた方がボルジア家の毒牙に触れないと言う保証は無い事をどうかお忘れなく……」
エミリオはもう一度大きく頭を下げ、部屋を出ていく。
邪魔者が出ていったレオは部屋の中のメンバーに呼びかけ、宴会の続きを行う事にした。
彼には『フレンチ・ファンタジア』が日本で売れたと言う事実さえあれば後はどうでも良かったのだった。
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