魔法刑事たちの事件簿R(リターンズ)

アンジェロ岩井

文字の大きさ
上 下
131 / 365
フレンチ・ファンタジア編

饗宴のファルコーニエーリ

しおりを挟む
伝説的な殺し屋と対面したエミリオは自分の中に起きた震えを抑え、必死にオフィス街の端で経営していたカフェバーに誘う。
多くの企業のビルの間に建てられた小さな三階建ての小さなカフェは個人経営とは思えない程の小綺麗で清潔な店であった。壁にはイタリアやらフランスの古き良きヨーロッパの田園風景が貼られ、店の中には何処かに取り付けてあると思われる音楽専門の機械からクラシックの音楽が流れていく。
ベートーベンやらバッハやらと言う高尚な音楽はエミリオは執事と言う上流階級の人間をもてなす役目とその上流階級の人間との話を合わせるために多少は嗜んでいた。
だからこそ、リラックス効果を高めるために流れているこの音楽の名前は理解できた。
「バッハの『主よ、人の望みの喜びよ』か……フフフ、ここの店主も中々良い趣味をしているね」
トニーは目の前に店主から差し出されたブラックコーヒーを味わい、店主から差し出されたコーヒーに舌鼓を味わったから、言ったためだろう、彼から発せられた言葉の端には嬉しさが混じっていた。
エミリオはバーのような造りのカフェのスーチル製の赤いクッションの付いた椅子に座りながら、ブラックコーヒーの中にミルクを混ぜながら満足そうにコーヒーを啜るトニーの姿を眺めていた。
世界的な殺し屋はセンスとやらも一流らしい。
エミリオは南米産の豆をそのまま搾ったような苦い汁はミルクを飲みながらではないとやってられないだろうと考えた。
エミリオがトニーの苦いコーヒーを飲む様子を慇懃な目で眺めながら、話を切り出していく。
幸いにも目の前に座る喫茶店のマスターを務める白色で店の文字の書かれた青色のエプロンを着た40代と思われる男性は二人の客に構う事なく、バーの奥に引っ込む。
エミリオがコーヒーと共に店特製のプリンパフェを注文したためだろうか、美男子と街いく人々から眺められるエミリオに常連になってもらいたいと思ったのだろうか、バーカウンターの後ろの厨房で必死にデザートを作っているに違いない。
エミリオは店主が居ないこの隙を利用し、トニーにこれまでの経緯とある事を提案した。
だが、トニーはエミリオの申し立てを受けても、残念そうに首を横に振る。
「残念だがね、今の私は休暇で日本に来ているだけなんだ。日本には一週間程滞在していたが、その間はビッグ・トーキョーを離れ、水戸やら佐原やら日光やらを観光していたよ。その時に知ったんだが、日光に三匹の面白い猿が展示されていてね。キミは知ってたかね?」
エミリオは木製のバーカウンターの上に頬杖を付きながら、小さく溜息を吐き、殺し屋の質問に答えた。
「知ってますよ。見ざる、言わざる、聞かざるの三猿ですよね?日本語の面白いざると猿を掛け合わせた面白いオブジェクトだと三百年前から話題になってましたよね」
エミリオの解説にトニーは満足そうに首肯した。
「その通りだ。古代の日本人は何を考えてあんな物を日光に飾ったんだろうね?確か、日光にはこの国の有名な英雄が祀られていたな?それなのに、どうしてあんなふざけた物を置いたんだろうね」
「さぁ、一緒に納めておくと、その人があの世で退屈しないとでも思ったんじゃないですか?それよりも、ぼくの出した話ですが……」
トニーは身を乗り出して詰め寄って来そうなエミリオを手で静止させる。
「今は休暇中だよ。言った筈だよ……」
エミリオは小さな声でトニーに向かって休暇が終わる日を問う。
トニーはコーヒーを手に取り、口を付け、もう一度満足に温かいコーヒーを味わってから、三本の指を掲げ、先程よりも深刻な顔付きで「三日だと」告げた。
エミリオはミルクによって苦さの薄められたコーヒーを一気に飲み干してから、もう一度問う。
「三日ですね?」
「ああ、それからついでに言っておくが、私はこの店が気に入った。毎日訪れようと思っている」
エミリオは先程、彼の言葉を聞いた時に思い付いた考えは無駄ではなかったと思い直す。






部屋の中はまさに酒池肉林と言った比喩が似合っていたと言えるだろう。
日本進出のボスとして用意された男爵はボスの仕事を放棄し、ホステスと楽しげに酒を飲んでいた。側近にして相談役のマルコーニはそれを諫めるどころか、一緒になって酒を飲み、着飾った女性の頬にキスをすると言う始末だった。
エミリオはその正体を見て大きく溜息を吐く。三日の間に決着を付けようと試みたエミリオは応接セットの高価なソファーの上に寝転がり、胸元の開いたブルーのワイシャツと黒色のズボンを着た相談役と革張りの椅子の上で美女と戯れている顎の割れた男を見ながら、義憤に駆られる思いで主人を諫める事にした。
エミリオは大きく空咳を出し、怠惰の限りを尽くす二人に向かって一か八かの説教を口から出していく。
「いいですか、男爵閣下!ミスター・マルコーニ!あなた方がこうやって快楽にふけている間にもコーサ・ノストラは我々の拠点を襲っています!一週間ばかりに懸命に拡大していった拠点の殆どが襲撃され、その殆どが皆殺しにされているのです!警察の捜査の手も伸びています!我々の拠点のうちのコーサ・ノストラの手に落ちず、警察のガサ入れも入っていない拠点はたったの二箇所です!僅か二箇所です!分かっていますか?」
だが、エミリオの必死の言葉にも二人は耳を貸さずに、代わりに楽しい時間を邪魔されたファルコーニエーリはワインの入った酒をホステスの手から乱暴に奪い取り、エミリオに向かって紫色の液体を飛ばす。それから、エミリオに向かって掴みかかり、ギラギラと光る両眼を向け、
「何様のつもりだ。平民がおれに向かって指図か?おれを誰だと思っているファルコーニエーリ男爵家の当主、レオナルド・ファルコーニエーリだぞ!ロンバルディア王国の中では爵位は違えど、ボルジア家と同じくらいの期間を国王陛下のために尽くしておる。そのおれに向かって指図か?平民の小僧が……」
酒臭い息を吐きながらレオは言った。エミリオは諦めたように大きく溜息を吐く。
それから、レオから手を離させると暗い表情を浮かべながら言葉を返す。
エリミオはレオに掴まれてほつれた首元を正しながら、頭を下げ、もう一度落ち着いた声でレオに向かって言葉を返す。
「分かりました。もうぼくは何も言いません……ですが、この事はハッキリと覚えておいてくれると嬉しいですね」
「面白い、是非ともご拝聴願おうか」
レオは酷く太った腹をポコポコと揺らしながら言った。
「では述べさせていただきます。ボルジア家は古より毒を用いて、敵を消してきた一族です。身内ですら、毒牙にかけます。あなた方がボルジア家の毒牙に触れないと言う保証は無い事をどうかお忘れなく……」
エミリオはもう一度大きく頭を下げ、部屋を出ていく。
邪魔者が出ていったレオは部屋の中のメンバーに呼びかけ、宴会の続きを行う事にした。
彼には『フレンチ・ファンタジア』が日本で売れたと言う事実さえあれば後はどうでも良かったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完】三桁越えからの本気ダイエット。おばさんの記録帳。

桜 鴬
エッセイ・ノンフィクション
現在体重三桁越え。約十年ぶりのダイエット開始です。はい。題名通りです。約十年前には体重の約半分までのダイエットに成功!そして十年後の今……見事にリバウンド致しております。これはヤバい…… 本気でいかなきゃ! 約十年ぶりの大型ダイエット(予定)を始めました。無理なく報告ダイアリーみたいな感じで進めたいです。最初は前回のウンチクを、一気に語ります。と言うか吐き出します。 短期集中の無理はリバウンドを招く…… なぜリバウンドしたのか?それは一重に私の意思が弱いだけです。反省中…… 読んでくれる皆さまの……ぬるい眼差しに力を分けて戴きたいです。 経験者は語ります…… が! もちろんダイエットの専門家では有りませんので、おばさんの勝手なウンチクだと思ってくださいませ。 日記の様な感じですが、更新当日の話ではありません。数日はずれております。 再ダイエット……2020/11/16開始。 2021/2/1より【二桁突入からの本気ダイエット。おばさんの記録帳。】を、こちらの2/6完結にさきがけ、更新をはじめました。こちらは基本夜更新となります。よろしくお願いいたします。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

真琴という女

ツヨシ
ホラー
俺の右足になにかがとりついた。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

本当の仲間ではないと勇者パーティから追放されたので、銀髪ケモミミ美少女と異世界でスローライフします。

なつめ猫
ファンタジー
田中一馬は、40歳のIT会社の社員として働いていた。 しかし、異世界ガルドランドに魔王を倒す勇者として召喚されてしまい容姿が17歳まで若返ってしまう。 探しにきた兵士に連れられ王城で、同郷の人間とパーティを組むことになる。 だが【勇者】の称号を持っていなかった一馬は、お荷物扱いにされてしまう。 ――ただアイテムボックスのスキルを持っていた事もあり勇者パーティの荷物持ちでパーティに参加することになるが……。 Sランク冒険者となった事で、田中一馬は仲間に殺されかける。 Sランク冒険者に与えられるアイテムボックスの袋。 それを手に入れるまで田中一馬は利用されていたのだった。 失意の内に意識を失った一馬の脳裏に ――チュートリアルが完了しました。 と、いうシステムメッセージが流れる。 それは、田中一馬が40歳まで独身のまま人生の半分を注ぎこんで鍛え上げたアルドガルド・オンラインの最強セーブデータを手に入れた瞬間であった!

海道一の弓取り~昨日なし明日またしらぬ、人はただ今日のうちこそ命なりけれ~

海野 入鹿
SF
高校2年生の相場源太は暴走した車によって突如として人生に終止符を打たれた、はずだった。 再び目覚めた時、源太はあの桶狭間の戦いで有名な今川義元に転生していた― これは現代っ子の高校生が突き進む戦国物語。 史実に沿って進みますが、作者の創作なので架空の人物や設定が入っております。 不定期更新です。 SFとなっていますが、歴史物です。 小説家になろうでも掲載しています。

俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉

まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。 貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。

処理中です...