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フレンチ・ファンタジア編

トニー・クレメンテの口添え

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「良いですか?ぼく達の目的を忘れないでくださいね?これからぼくらが相手をする日本市場は三年前に一度進出に失敗している場所なんです。ですが、我々の新たなるボルジア家の当主が新たなる市場を開拓しろとの仰せですので、そのために、我々が飛行機に乗っている事を忘れないでくださいね?」
黒色の革の繋ぎを着用した金髪の美男子は隣に座る愚鈍そうな顎の割れた男に向かって念を押す。顎の割れた中年の太った男は大きく首を動かし、エミリオの言葉を肯定したらしい。
エミリオは大きく溜息を吐き、飛行機内の狭い椅子で手を挙げ、機内のサービスを求める。
CAと思われる薄い化粧の先程咲いたばかりの薔薇のように美しい顔とみずみずしい肌の女がエミリオの前に現れ、エミリオの前にオードブルと思われる食事を置く。
エミリオが会釈するのと同時に、薄い化粧の美女が頬を少しばかり赤く染めるのを目撃した。エミリオが続いて彼女に向かって笑い掛けようとすると、野太い声の男が大きな声で酒を要求する声が聞こえた。
「おい、オレの酒がねぇんだけどよぉ~バーボン持ってこい!バーボン!」
腕を振り上げて酒を要求する客の横暴にCAは困った表情を浮かべ、酒は出せないと拒否したのだが、顎の割れた男は大きく腕を振り上げ、
「この野郎ッ!オレが誰だか分かって言っているのかッ!ボルジア家の……」
「レオッ!」
エミリオの言葉が被さり、同時に鋭い視線で睨まれたレオと呼ばれた男はブルッと肩を竦め、機内の席にもたれ込む。
エミリオは相棒が大人しくなったのを確認すると、CAに非礼を詫び、目の前に運ばれたエスカルゴの料理に口を付けていく。
CAはエミリオが食べ始めるのをゆっくりとロバートの食事を給仕する事によって見届けた。一口、一口を丁寧に食べていく姿はルネサンス期の絵画のように美しいと言えるだろう。青年(少なくとも、CAの女性には青年にしか思えなかった)の動作はどれを取っても一流と言っても良いだろう。
レオの料理を長い時間をかけて給仕し、CAの女性は次の料理が出来るまでの時間を厨房に戻って、他の客に給仕するまで待たなければならないかと考えて、大きく溜息を吐いた。




「エミリオ・デニーロが?日本にもう一度やって来るだと?」
孝太郎の問い掛けに絵里子は確かに首を縦に動かす。
「ええ、確かな情報よ。愛車の白色のスポーツカーと共にやって来るんですって、それも長期間に渡って日本の競馬界の役に立つらしいわ!」
絵里子の言葉によって孝太郎は三年前にエミリオ・デニーロと競馬で戦った事を思い返す。
あの時のエミリオとの戦いは激戦と言っても過言ではなかっただろう。
エミリオは本気で優勝を狙っていた。そのために、わざわざ留学と言う愚かな真似を犯してまでかつての百目竜の前身組織、九頭竜が大金を賭けた金を取り戻させようとしていたのだから。
孝太郎はタバコを吸い、一度エミリオ・デニーロの事を頭から追いやり、次に伝説的な殺し屋、トニー・クレメンテと対峙した時の事を思い返す。
姉は今もトニー・クレメンテが世界の何処かで暗殺稼業を行なっている事は分かってはいるが、この三年間で依頼を受け日本に来日した事は無いそうだ。
何か理由があるのだろうか。そんな事を考えていると、聡子が手に郵便物を抱えて公安部の部屋に入室していた事に気付く。
聡子は包装された一冊の本を孝太郎に手渡す。
「これ、C・Tって人からあんたにだって、それにしてもC・Tって誰なんだ?孝太郎さん聞き覚えある?」
孝太郎は聡子の質問に答える事なく、慌てて包装を解き、自分自身に宛てられた本を見つめる。孝太郎は本を手に取った瞬間に思わず生唾を飲み込む。
何故なら、送られた本のタイトルには『マロニエの木の下で』と書かれていたのだから。
孝太郎は恐る恐る本をめくっていく。本には何も仕掛けられてはいない。
孝太郎が安堵の溜息を吐くと、本から一枚の紙が落ちていく。
孝太郎は地面に落ちた紙を手に持ち、中身を確認する。どうやら、手紙らしい。
文字は日本語で書かれているが、機械で書かれた規則性のあるものではない。綺麗だが、少しのズレが確認できるため、このメモを書いた人間が手書きで書いたらしい。綺麗な文字が一枚の紙の中に連ねられていた。
孝太郎はメモに書かれた内容を確認する。
『親愛なる中村孝太郎殿へ。
日本語の手紙の書き出しはこれであっているかな?聞いたよ、妙な女に刺された傷が元で三年間も昏睡状態にあったんだってね、災難だったね。
『マロニエの木の下で』は私からの全快記念としておこうか、この本に書いてある内容は実に興味深いものだ。特に今のボルジア家とコーサ・ノストラの現状を考えれば、この本がいかに真実味を帯びているかを君は知る事になるだろうね。
あなたの真の友人、C・Tより』
孝太郎はこのメモと本の送り主の正体を悟った。間違いない。トニー・クレメンテである。彼は間違い無く、日本に来てこの手紙と本を送ったのだろう。
何を伝えたかったのだろう。孝太郎は胸に手を当てて本の内容を思い返す。
『マロニエの木の下で』は二年前にユニオン帝国でベストセラーを記録した本であり、内容は高性能の麻薬を巡っての警察とコーサ・ノストラとの繋がりを暗喩したものと次々と作り出される高性能の麻薬に苦しむ家族の物語であった。コーサ・ノストラの多くのボスはこの本のために皇帝の不興を買い、裁判無しの死刑に処されたらしい。
しかし、その結果はボスの下の部下達が跡を継ぐだけになってしまい、殆どのボスが前のボスよりも優秀だったために、各地のコーサ・ノストラは前よりも大きくなってしまい、FBIは頭を悩ませているという。
孝太郎は何故、その本をトニー・クレメンテが送り付けたのかと首を傾げたが、手紙の本の内容を思い出し、アッと大きな声で叫ぶ。
孝太郎の叫ぶ声に部屋の中の仲間達が次々に孝太郎に視線を向けていく。
「エミリオの野郎だッ!間違いない……あいつはこの来日を記念し、ロンバルディア王国のボルジア家と日本とを繋ぐコネクションを作り上げるつもりだッ!」
孝太郎の言葉に聡子は鋭い視線を向け、自分の意見を淡々と述べていく。
「要するに、ボルジア家がもう一度麻薬を輸出しようと企んでるって事だろ?」
「前と違って、現地の犯罪組織を利用するって事はないだろう。エミリオは一から土壌を作り上げるつもりだ」
孝太郎の意見に全員が顔を見合わせた。
「その証拠は何だと思う?エミリオが新車を連れて来日した事だよ。車の中に麻薬を隠してるだろうな……同様に最近、妙な動きがあってな、刈谷組の意向に従わないチンピラが増えているらしい。彼らが言うには『刈谷組よりも恐ろしい連中が来る』からだそうだ」
孝太郎の示した結論に全員が立って、この事件の捜査に向かう。


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