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満月の夜の殺人鬼編

疑わしきは罰する事なく!

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中村孝太郎は目の前の男を睨む。男の態度はふてぶてしい。捕まった事など気にも留めていない様子である。あろう事か、この事件について喋る前に孝太郎に向かってタバコを要求した。孝太郎はやむを得ずにタバコの箱から一本を抜き、男に向かって差し出す。
男はタバコを引ったくる形で受け取り、孝太郎に火を要求する。孝太郎は背広のポケットに入れていたライターを取り出し、男の咥えていたタバコに火をつける。
男はタバコをゆっくりと時間をかけて吸い、吸っていたタバコを口から離し、人差し指と中指の間に挟む。吸われたばかりのタバコは未だに白い煙を立てていた。
孝太郎は男がタバコを吸い終わった事を確認し、昨夜の事を尋ねる。
「昨日の事だが、本当にタバコを買いに行っただけなんだよな?」
「あんたもしつこい人だな、タバコを吸わなけりゃあ、オレは落ち着かないんだ。分かるか?」
「作業をする時に気分を落ち着けたい気分はオレも分かる。それで、続きは?」
容疑者の男はヤニやら食べかすやらで汚くなった歯を見せながら明るい調子で続ける。
「その後は爆弾の製作にかかりっきりよ。首相をぶっ殺してやろうと思ってな、その次に竹部だッ!」
人差し指を掲げて得意げに笑う容疑者の男を無視する。
無視された容疑者は傷付いたのだろうか、冷たい目付きで孝太郎を睨む。
「お前は悔しくないのか?もう少しで、オレがこの国の首相と大統領を殺す所だったんだぜ」
拍子抜けしたような様子を装ってはいるが、その言葉の端に存在しているのは怒りの感情。自分が注目されていない事態に怒ったのだろうか。彼は握り拳を作り、歯を剥き出しにして叫ぶ。
「分からないのか!?え?こんな馬鹿げた容疑でオレを引っ張らなけりゃあ、ビッグ・トーキョーは今頃、火の海だったんだぜ」
孝太郎は初めて感情を見せた。彼は強く握り拳を机に向けて叩く。そして、険しい目付きを浮かべ、
「いいか、よく聞け、お前は犬の糞だ。国を変えたいなんて言っているくせに、時代遅れの方法でしか戦えない馬鹿げた考えだ。どうして、爆弾を作る労力を他の事に使おうとしなかった?えッ!」
孝太郎はもう一度強く机を叩く。あまりの剣幕に容疑者の男は肩を竦めた。
孝太郎がもう一度男に向かって尋問を行うとした所に、取調室の扉が開き、近所の男の部屋に犯行時刻に近所の住民が容疑者の男の叫ぶ声を聞いたと言う事で、彼の容疑は晴れたと言う事だ。
容疑者の男は得意そうな顔を浮かべて、両腕を組む。
「残念だったな、竹部の犬よ。オレをこの件で訴えるのは難しいそうらしいな?」
「だが、テロ未遂罪がお前につくぜ、判決の時を楽しみに待つんだな、……」
『犬の糞』と言う言葉に容疑者の男は憤慨し、大股で取調室を出て行く。
その様子を孝太郎は冷徹な視線で見送っていた。





「ったく、オレが捕まらなければ、ならない理由なんて何処にもねぇ、オレはこの国に革命を起こすんだ。それなのに……」
男が一人独房の中で自分自身に課せられた待遇に不満を呟いていた。拘置所の狭い部屋の中で敷き詰められたクッションはお世辞にも良い物とは言えない。それでも、体育座りをしながら、脚の中に顔を埋めるのには最適の空間ではあったが……。
容疑者の男が何気なく扉の方を眺めていると、靴の足音が聞こえた。ハイヒールの音らしい。カツンカツンという鋭いものがぶつかる音だ。容疑者の男が何事かと思って、耳を済ませていると、目の前に類稀なる美貌の女性が現れた。卵形の顔に昔ながらの女性を思わせるような長い黒髪とスラリと整った鼻、形の良いピンク色の唇、優しげな丸い瞳が付いていた。女性は優しげな微笑みを見せると、武器保存ウェポン・セーブから取り出したと思われる日本刀を取り出す。
彼女は日本刀の剣先を男に突き付けながら、満面の笑みを見せた。よく見れば、肌が紅潮しているようにも見える。
男はその姿を見て悟った。彼女は自分を殺そうとしているのだと。
容疑者の男は悲鳴を上げようとしたが、彼の意識はそこで途絶えた。永久的に。
女は日本刀を引っ込め、深夜の拘置所の中で一人呟く。
「わたしの使用する魔法は『七神の乱舞セブン・ラップスル』と言います。その魔法の特性は鞘から抜いた刀を抜くのと同時に、七つの斬撃を対象に与えます。対象の相手は今のあなたのように、七つの死体となって息絶えるんですよ」
彼女は足元の七つに体が割れた死体を眺めながら、一人で呟く。
「ああ、そうだったわ、そろそろ看守が戻ってくる時間だったわ、いけない、そろそろ戻らなくちゃ」
彼女は足を弾ませながら拘置所を後にした。




翌朝になり、白籠署は市民団体から責任を追及された。拘置所で捕らえられていた容疑者の一人がよりにもよってその拘置所で殺されたのだから。
白籠市の市民達にとっての恐怖の対象はバプテスト・アナベル教事件の大樹寺雫から正体不明の殺人鬼へと変わった。
殺人鬼の正体は謎が謎を呼ぶという事態になっていた。噂の火種は中高生達の絶好の話題の種となり、何処の学校でも、昨晩の事件の事が話題になった。
刈谷浩輔は孝太郎から謝罪のメールを受け取った後に、この事態を知り、昨日の出来事が本当であった事を理解した。
彼はてっきり、孝太郎があの場しのぎの言い訳をしたと少なからず思っていたのだが、どうやら、あの時の彼の対応はフェイクではなかったらしい。
そんな事を考えながら、今日の昼食の弁当を摘んでいると、教室で他のメンバー四人一緒にお昼を食べていた小川宏子が浩輔の弁当と顔を同時に覗き込む。
宏子は深刻な顔付きを浮かべながら、
「昨夜の事なんだよね?その人が死亡したのは……」
浩輔は首肯した。
「そう……孝太郎さんがあんなに慌ててたのも理解できるよ。今のあたしなら、すっごく有力な容疑者だったんだよね?その死亡した人……」
「先輩、それは違うよ」
淳太は箸を置いて、真っ直ぐに見つめながら言う。
「お兄ちゃんの話によると、昨晩の人は確かに無罪だったんだけれど、別の容疑で拘束されてたんだ。驚かないで、聞いてね。確か、爆弾製造とテロ画策の容疑だったかな、ここから先はボクの個人的な考えになるんだけれど……」
人差し指を掲げる淳太の瞳はいつもよりも真剣その物。他の仲間達の視線が彼の瞳に注がれていく。
探偵ドラマ好きの友人はそんな他の友人達の視線に負ける事なく、自身の推理を続けた。
「恐らく、彼の仲間が口封じに訪れたんじゃないかな?喋られたら、不味い事も多いからね」
「一理あるけど、多分違うよ……」
浩輔の言葉に再び全員の視線が集まっていく。
「じゃあ、誰がやったと考えているんだよ?」
孝弘は弁当の中の卵焼きを輪切りにしながら、尋ねる。
浩輔は考えるようにかぶりを振ったが、次に純然たる瞳を彼らに向け、
「……。分からない、分からないけれど、少なくとも、ぼくはそんな単純な動機じゃないと思うんだ」
重みを含んだ浩輔の言葉に全員は黙った。そして、ようやく火野陽子が発言して、話題を変え、この暗い空気を打破する事に成功した。
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