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首都内乱編

亡霊による亡霊のための幻想ーその⑤

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永遠とも思われる抱擁の中で、孝太郎は自分の上着のポケットの中で鳴り響く電子音の存在に気が付く。孝太郎は姉の体にくっ付けていた自分の体を離し、携帯端末の通話アプリを開く。
通話の相手は刈谷浩輔。孝太郎はよからぬことが起こったのだと考え、震える手で通話アプリのボタンを押す。
中学生組長は切羽詰まった様子らしく、可愛らしい声を必死に震わせながら、
『大変だよ!松中聡がぼくらのビッグ・トーキョーの警察署を襲って言ってたんだッ!しかも、そいつらは各地の警察網をパニックに陥れ後に伊勢皇国を狙うんだって言ってたッ!』
孝太郎の頭の中に最悪の事態が思い浮かぶ。かつて読んだ昌原道明の計画の最終目標、それは伊勢皇国と皇室。彼らを暗殺する事により、松中聡の父親、昌原道明は日本における権威と権力の地位を重ねようとしていたのだった。息子の松中聡もこの事態を狙っているに違いない。
松中聡は爆弾に頼らずに、自分自身の魔法だけで、伊勢皇国の皇室を狙うつもりなのだ。更に伊勢皇国そのものを人質に取ってしまえば、日本政府の対応は相当に遅れるに違いない。孝太郎は歯を軋ませる。孝太郎は姉に治癒魔法を使ってもらった後に、通話相手の刈谷浩輔に何やら叫んで指示を与え、飛び込むかのように勢いよく、パトカーに乗り込む。
孝太郎の仲間達ものっぴきならぬ表情を見せる孝太郎の様子に顔を見合わせて、彼に続いてパトカーに乗り込む。
一台のパトカーは白骨機動団の事情聴取を受けるよりも前に、伊勢皇国へと向かう道路を急ぐ。パトカーを動かしながらも、孝太郎は助手席の姉にある場所に連絡を入れるように指示を出す。姉は弟の指示に従い、大きく揺れる車に揺さぶられながら、ひっきりなしに電話を掛けていた。
彼らの早さはハヤブサのようだった。後にパトカーを目撃した人々はそう証言していた。



かつての警察署は無残な状態になっていた。警察署のあちこちが散らばっており、警察署の署員たちは拘束され、見せかけとばかりにこの署の署長を務めていた男は警察署の入り口の前に張り付けにされている。この事態を引き起こした主犯の青年は無残な状態になった警察署の入り口の前で、小馬鹿にしたように歯を見せながら笑い、
「はん、ここの署の奴らも終わりか、これなら刈谷組の方が強かったな?そうだな?加原?」
加原と呼ばれた初老の男は主人の質問に丁寧に頭を下げた。
そして、恭しく顔を上げてから、自分の言葉を述べる。
「恐れながら、油断は禁物かと、なにせ我々は未だにビッグ・トーキョーから足を出してすらおりません。我々の同志も多いとは言え、ここで気を抜くのは幾らなんでも油断が過ぎるというものが……」
だが、老臣の忠告にも若きプリンスは鼻を鳴らし相手にしようとはしない。
「今更、何を言っている。我々はこの渋谷署の署長と重役を一人残らず宇宙に返した。そんな、我々を誰が止められるんだ?あの女声の雷のちびっ子にしたって、未だに奴は白籠市でオレらの刺客をようやっと、片付けた所だろうよ。他に勝てる奴が……」
と、ここで足音が鳴り響く。信者の足音ではない。松中聡が背後を振り向く。
そこには、リボルバーを構えた赤銅色の肌を持つ端正な美男子とその仲間の三人の女刑事が立っていた。
聡は美男子を眺めるなり、ニヤニヤと笑い、わざとらしく両手を広げながら、
「これは、これは、孝太郎さん……終わりゆく最後の日まで任務を遂行なさるとはあなたは本当に警察官の鏡とも言うべき人物ですなぁ」
歯に物を着せない言い方に孝太郎の両眉が寄っていく。
だが、聡は孝太郎の気持ちなど構わないとばかりに得意げな表情を浮かべて話を続けていく。
「これから、日本共和国と伊勢皇国は崩壊し、我々宇宙究明学会の手による究明国が建国されるんですからなぁ。勿論、その際にお前達は重罪犯罪者として旧大統領官邸の前で吊るしてやるよ。この私の手でな」
右手を疼かせ、歯を見せる聡の言葉に手が動いたのは孝太郎ではなく、聡子。
彼女は両手で握った銀色のオート拳銃を聡に向かって放つ。
「何が重罪犯罪者だッ!教団を私利私欲のために使ったエロオヤジの息子がベラベラと喋ってんじゃねーー」
聡子が最後の言葉を喋り終える前に、聡が彼女に向かって右手の掌を向けている事に気が付く。孝太郎は慌てて聡子を肘で押し除け、彼女の前に立ち塞がり、自分自身の右手で聡の魔法を打ち消す。
孝太郎は改めて、松中聡の表情を見つめ直す。彼の顔にもう余裕を浮かべた表情はない。あるのは憎悪と復讐という名の業火に燃えた瞳と狼男のように怒り狂った表情。
孝太郎は目の前の男が父親の侮辱を知り、理性という名の鎖を引きちぎった事を察した。聡はもう一度聡子に向かって右手の掌を向ける。
再び孝太郎が彼女と聡の前に割って入り、聡の魔法を破壊する。聡は舌を強く打ち、
「ふざけんじゃねぇや!お前のようなヤクザな風をちらつかせた勘違い女に親父の何が分かるッ!親父は偉大な人間だったッ!この腐った日本をよくしようとしていたッ!大和民族を導くために、真の王様をーー」
「立てようとしていた……なんだ、今、散々テレビのワイドショーで取り上げられているバプテスト・アナベル教の大樹寺雫と全く同じ主張じゃないか?しかも、あいつより性質たちが悪いんだぞ、お前の親父は」
歯を剥き出しにして叫ぶ聡の主張に被せた冷静な声と話しかけてはならぬという空気が署内を包み込む。
松中聡はその空気に従い、憎しみの目を宿しながらも、孝太郎の次の言葉を待っていた。孝太郎は昌原道明の野望を打ち砕いた時の事を話していく。
「あの太った豚のような男は何と言ったと思う?『悪いのは、全部弟子だ』だってさ、しかも、激昂したお前の元婚約者に撃ち殺されると言う悲劇的な結末を迎えたな?」
「嘘だッ!」
松中聡は大きな声を上げ、この後も話を続けていた孝太郎の言葉をかき消す。
「黙れェ!黙れェ!黙れェェェェ~!!」
聡はそう言って、孝太郎に向けて右手を向ける。孝太郎は自分の右手の掌を掲げ、聡の魔法の効果を塞ぐ。
孝太郎は真っ直ぐに聡を組み伏せ、彼の左手に手錠をかけ、逮捕を宣告した。
「覚えておけよ。警察官殺しは重罪だぞ、しかも、この署で多くの人間を殺したな?重罪は免れんぞ」
「……。オレは未成年だぞ、それにな、いい事を教えてやろうか?オレの部下は既に伊勢皇国に侵入しようとしている……そこで皇室を人質に取れば、竹部は何もできない……詰んだな?」
孝太郎は聡を必要よりも多く小突き回しながら反論を行う。
「……。それも想定済みだ。白籠市内での抗争を終えた浩輔に伊勢の方に向かうように指示を出していた。それに、皇室警察にもパトカーに乗っている最中に電話を入れておいた。向こうで、お前の部下は挟み撃ちになるな?そんな事よりも、お前の一人称は「私」じゃなかったか?いつから「オレ」に変わった?」
孝太郎のニヤニヤとした顔に聡は視線を逸らす。孝太郎は勝利を確信した。
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