魔法刑事たちの事件簿R(リターンズ)

アンジェロ岩井

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首都内乱編

波乱の序章

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無所属の新人、田中翔也はその日の演説を終え、ビッグ・トーキョーの郊外に存在する自宅に戻ったばかりだった。くたびれた顔を浮かべた翔也は一人には大き過ぎる家の中で一人、居間のソファーの上でタバコをくわえていた。タバコをふかしながら、彼は国策を考えた。今後の策を練っていけば、自分が最も多い票を得ることは間違いないだろう。彼の夢は国政に踏み切り、弱者を救う事にあった。そのために、彼は長年勤めていた会社を退職し、家の中でタバコを吸っていたのだった。
翔也が部屋の中で、明日の演説の内容を考えていると、自分の襟首が掴まれている事に気がつく。彼は何事かと背後を振り返ると、そこには黒い覆面で顔を隠した男たちが彼の着ていたヨレヨレのスーツを掴んでいたのだ。男は翔也が行動を起こそうとするよりも前に、懐から注射を取り出し、彼の背中へと注射した。途端に翔也は意識を失って深い夢の中へと落ちていく。





翔也が次に目を覚ましたのは、見知らぬ部屋の中だった。部屋には換気口以外はコンクリート打ちっぱなしの壁と床しかない。彼はその部屋から立ち上がろうと試みたが、体が動かない。どうも手首を縛られているらしい。彼が途方に暮れて、目の前を見つめると、壁かと思った場所が音を立てて開いていく。扉を開けて姿を見せたのは、世にも希な美貌を持つ美男子だった。
美男子は口元を歪めて、
「やっとお気付きですか?あなたを拉致して、ここまで連れて来るのには骨が折れましたよ」
美男子は腕を組みながら、縛られて地面でうごめく翔也を見下していた。
翔也は人差し指を震わせて、
「お、お、お、お前は究明党の支持母体、宇宙究明学会の現教組、松中聡じゃないか!?」
「イェースゥ!その通りだよ!翔也さん!」
聡は誇らしげに胸を誇りながら言った。彼は指をパチリと鳴らし、
「では、正体も知った所ですし、あなたにはこれから宇宙に返ってもらいますか?」
「ま、まさか、私を殺すつもりか!?」
聡の叫ぶ声にも目の前の男は動じる様子は見せずに、むしろ顔に浮かべた笑いの色を更に強めていく。
「殺すなんて野暮な言い方はやめてくださいよ。あなたをこれから、んですから」
『宇宙に返す』その一言は目の前の男が放つどの言葉よりも彼の中に潜む恐怖を増長させていく。翔也はヒステリックな叫び声を上げて命乞いをする。
「わ、私が悪かったッ!今後は東京都知事選挙を辞退するッ!だから、命だけは助けてくれ!」
両手をこすり合わせて懇願する翔也の言葉にも聡は情けの色を見せようとはしない。彼は笑いながら、懐から革のケースを取り出し、そのケースから注射器を取り出す。翔也は注射器の針から液体が溢れて扉から差し込む僅かな光によって照らし出される姿を目の当たりにする。
翔也は叫び声を上げるが、誰も駆け付けようとはしない。聡は翔也の袖を乱暴にめくり、注射針を腕に打つ。注射針を打たれた翔也は顔色を失っていき、やがて、歯をカチカチと鳴らし、胸を抑えてその場に倒れ込む。
聡は倒れて、永遠に起き上がろうとはしない翔也を見下ろしながら、満足な笑みを浮かべた。
聡は注射器を元の革のケースに仕舞い、すれ違い様に入ってきた信者に死体を片付けるように指示を出す。
田中翔也の死亡事件は大きな影響を受けるに違いない。聡は顔に怪しげな笑顔を浮かべた。






「東京湾にて発見された死体は昨日から行方不明となっていた田中翔也さんに間違いがない事は警察の調べによって明らかになっております。警察はこの事件を死体遺棄事件ならびに殺人事件として捜査を固めていく方針で……」
テレビの女性アナウンサーの原稿を読む声が昨今の警察の無能さを皮肉っていた事が分かる。
孝太郎は休憩の余暇の時間を利用し、携帯端末に流れるニュースを眺めていた。
白骨起動団の凶刃により、辞退をやむなくされた宮木堤。そして、謎の犯罪者により犯行によって、殺害された田中翔也。これで、明美の語っていた有料候補と称される五人のうちの二人が消え、残るは三人となった。絶対に当選させては不味いと危惧させる三人に。
孝太郎が流れるニュースを眺めながら、今後の選挙の事を考えていれと、端末のデジタル時計の針は仕事を再開する時間を示していた事に気がつく。
孝太郎はこの一連の都知事候補を襲った事件の裏側に存在する黒幕の正体を考え始めた。だが、孝太郎の思案は二つの演説の音がぶつかり合う事によって潰されてしまう。
選挙車の候補同士が汚い言葉で相手をなじり合っていた。
「貴様らこそが国賊だッ!貴様らは日本の畜産業と農業を衰退させるために、他国から遣わされたスパイだッ!」
演説車の上に居座る骸骨の仮面を身に付けた男は自分たちの隣に位置する独特のマーチを流しながら、環境保護を訴える党を名指しで批判する。
だが、彼らも負けてはいない。果敢にゴロツキ達に反撃を試みた。
「そう言った人間のエゴこそが、自然を環境を苦しめている事が分からないのかッ!今は地球は滅亡の危機に瀕しているのだッ!国だの何だの言っている場合ではないッ!それとも何だ?貴様らは侍を自称しておきながら、大事な牛の赤ん坊に父を飲まそうとする母牛の乳からミルクを取り上げるのか!?或いは家族を引き裂かれる家畜達の涙を無にするのかッ!侍ならば、そんな下品な事はできない筈だッ!」
自分たちの結束のシンボルである「侍」と言う言葉を馬鹿にされたのが、カチンときたのだろう。演説車の上で演説を行なっていた骸骨の覆面を被った男は周りを囲んでいた仲間達に隣の街宣車の男を襲うように命令を出す。
同じように骸骨の覆面を被った男達は唸り声を上げながら、両手に棍棒を持って襲い掛かっていく。
孝太郎は急いで駆け寄り、両者の間に割って入った。孝太郎が両者の間に武器保存ウェポン・セーブから取り出した拳銃を見せた事も影響したのだろう。両者共に苦い顔を浮かべて、それぞれの場所に戻っていく。
そして、再び罵倒合戦を開始した。孝太郎は害虫同士の言い争いには興味がないと言いたげに罵倒合戦からそっぽを向く。そして、再び顔を両者の街宣車に向ける。
見張るのは自分の仕事なのだ。そう言い聞かせて、孝太郎は無意味な仕事に戻っていった。
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