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首都内乱編

白骨起動団

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元、共和国軍の幕僚を務めたカリスマ、神楽坂伸彦は自身の熱烈な支持者から声援を受けながら、演説台に現れた。彼は大きなジェスチャーを使用し、政府の惰性を訴えた。同時に彼はアニメと漫画の有害さを訴え、その規制を呼び掛けた。規制の対象は現代の作品に留まらずに、既に著作権の切れた300年以上前のアニメにも伸びていた。だが、彼はそのアニメの中でも子供の娯楽を奪うのはならないと、1960年代後半から1970年代前半のアニメだけは良いと主張した。
神楽坂の演説に出席していた白骨起動団の団員ならびに神楽坂の所属政党、国家結集党の支持者達は熱烈な支持を送る。
神楽坂は演説台の上で、自分の支持者たちに大きく手を振って、和かに笑っていた。神楽坂の演説に続いて現れたのは白骨起動団のリーダー、菅谷正人であった。菅野正人は自由共和党の外交政策と彼の拠り所である神楽坂の喋るアニメと漫画の規制を続けて訴え、次に彼自身の主張である奴隷制論を唱え始めた。
彼によれば、奴隷は幸福な存在であり、日本にも奴隷を取り入れるべきであると話していく。菅谷正人は中年の腕を振り絞って演説を続けていく。
「良いですかッ!皆さんは世間を覆う陰謀に騙されています!奴隷と言うのは元々幸福な存在なのです!」
その後に続く、菅谷正人の演説は支離滅裂というものであったが、これが支持される世も末というものだろう。
そもそも、彼の主張自体には多くの矛盾が含まれていた。だが、口を巧みに動かす正人の言葉に聴衆は洗脳されているのだろう。白骨起動団の支持者たちは菅谷正人の演説に熱烈な拍手を送っていた。





「全く、こんな馬鹿げた選挙は初めてだッ!選挙だと言うのにあの事件以来、多くの政党が警察の護衛の他に、個人的にガードマンを雇っているんだからな」
孝太郎は署に帰ってから、開口一番に愚痴を交えた独り言を呟き始めた。
「そもそも、お互いが暴力に訴えたら、完全に戦国の世で刀を交じり合って狭い領土を奪い合っていた時代と変わらないじゃないか」
絵里子は憤る孝太郎に相手に優しく水を勧めていた。孝太郎は水を飲んだら、少し落ち着いたらしい。グッと水が喉を通っていくのをメンバーの全員が目撃していた。と、同時に口の周りにかかった水飛沫を拭く姿も。
孝太郎は落ち着いたらしく、溜息を一つだけ吐いてから、この部屋の中のメンバーに向かって問い掛ける。
「そう言えば、今回の都知事選挙の目玉は一体誰なんだ?」
孝太郎の問いに一目散に答えたのはチームの会計士で丸渕眼鏡が特徴のあどけなさを残した倉本明美。
明美は快活な声で、
「はい!今回の東京都知事選挙の台風の目となると思われている候補は五人いますね。一人は先の事件で重傷を負った宮木堤さんでした。二人目は孝太郎さんの嫌悪する白骨起動団のリーダーにして、日本結集党の党首、神楽坂伸彦ですね。三人目は驚かないでくださいよ」
孝太郎は明美が焦らすために、思わずに目を細めてしまう。
明美は明るい声で、
「大丈夫ですって、そんなにもったいぶりませんから、松中聡ですよ。と言っても彼は未成年なので、代わりの幹部を立候補させるそうですけれど、その幹部の応援演説に彼自身も毎回駆け付けているから、僅かな信者の票と彼個人の顔と性格に惹かれた人たちによる投票を期待しているらしいですね」
「なるほどね、じゃあ、四人目は誰なんだい?」
明美は手元のキーボードを打ち、四人目の候補者である大きな黒色の四角い眼鏡をかけた中年男性のホログラムを彼らの目の前に表示させた。
「四人目は地球救済党の清元慎吾さんです。清元さんは昔から環境活動を続けていましたが、一年ほど前に環境活動を政治にも反映させようと、仲間と共に活動を開始してますね」
「具体的にはどんな主張をしてるんだ?」
ホログラムを覗き込みながら尋ねる聡子の言葉に明美は苦笑しながら答えた。
「とっても過激な言動を繰り返しているよ。例えば牛乳は牛の赤ちゃんが飲む物だから、人間は飲むなとか」
明美の言葉に聡子は間の抜けた表情を浮かべて、
「じゃあ、そいつが都知事になったら、あたし牛乳飲めなくなるのかよ。なんか嫌だぜ、あたしはお昼にチョココロネを食べながら、牛乳を一気飲みするのが一日の中で一番好きな時間だしなー」
聡子の言葉に明美は何度目かの苦笑いを上げながら、髪をかき上げていた。
「確かに、ちょっと困るかもね、そうそう、五番目の人はこの人だよ」
明美は最後のホログラムを出す。ホログラムに現れたのは頼りなさそうな中年の着物を着た男性だった。
「こいつは誰なんだ?」
聡子は目を細め、五番目に現れた人間を指差して尋ねる。
「この人の名前は田中翔也さん。ずっとサラリーマンをしたきたけれど、国政の不味さを感じて、今回の東京都知事選に無所属で立候補したんだって、予想ではこの人と他の台風の目が票を奪い合う事になるそうだよ」
明美の言葉に聡子はふーんと間の抜けた声で答える。
明美の説明で納得し終えた聡子に代わり、孝太郎は明美の示した台風の目に疑問を挟む。
「どうして、自由共和党の推薦候補が抜けてるんだ?前回の候補も確か自由共和党の推薦じゃなかったか?」
「問題はそこなんですよ!今回の東京都知事選では他の候補者ばかりが目立って、自由共和党の推薦する候補が目立たないんです。一波乱来そうな気がしませんか?」
明美は眼鏡の底から真っ直ぐな瞳を孝太郎に向けて訴え掛けていた。孝太郎も彼女の言葉に同意して首を縦に動かす。
「明美の言う通りだ。今回の選挙では大きな動きが来そうな気がする。特に問題なのは松中聡と神楽坂伸彦だな、この二人は勝つためならば、何でもしそうな気がする……」
後にこの言葉が現実味を帯びる事になろうとは誰も思いはしないかっただろう。
その日の都知事候補の説明は終わり、全員がそれぞれの仕事に戻っていく。
やがて、終業時間になり、孝太郎が帰宅しようとすると、倉本明美が席を立とうとする孝太郎の袖を掴む。
目に庇護欲を掻き立てられそうな可愛らしい瞳を浮かべて相談を始めた。
「あの、孝太郎さん……『キャンドール・コーブ』って知ってますか?」
孝太郎はこの時の明美との会話をよく覚えていた。何故なら、彼女の発した都市伝説の内容は有り得ないものであったのだから。
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